巨人のOBで米大リーグでも活躍した上原浩治氏が23日放送のテレビ朝日系「浜田雅功とアスリート幸福論」(日曜・午後1時55分)に出演。大学受験に失敗した過去を振り返った。
トップアスリートとして活躍したゲストが人生を“幸福度”という独自の切り口で可視化した「幸福度グラフ」を作成。テレビ朝日に残る膨大な貴重映像をひもときながらアスリートの栄光と挫折、そしてその裏に秘められた“悔しさ”“涙”“岐路”“家族”“選択”といった人間ドラマに深く迫っていく同番組。上原氏は年表の中で、1994年に「教師を目指し大学受験も失敗 浪人人生」と記して、幸福度を「ー90」と表した。
浜田は「これはやっぱりアホやったってことですか?」と遠慮なしにズバリと聞くと、上原氏は「はっきり言いますね~!」と苦笑いしながらも「高校の時って野球ばっかりやってたんで、ちょっと勉強おろそかになってましたね」と正直に告白。浪人時代は予備校に通い、警備員や引っ越し業者、スーパーの店員も経験。スーパーでは「野菜売り場担当で、エプロンをして陳列とかバーコード貼りとかしていました」と振り返り、「浩ちゃん」と呼ばれて親しまれ、「おばちゃんに呼ばれて割引きシール貼ったりしてました」と笑った。
一方で当時は「プロ野球の意識はまったくゼロですね」と野球選手としての夢は意識していなかったと吐露。「高校もレギュラーではないですし、大学4年間やってもう野球は終わろうと思っていた」と明かし、「近所のおっちゃんらがやってる早朝野球に呼ばれて一緒にやるくらいだった」と野球からも離れる時間が多かったと振り返った。
それでも「浪人中に勉強ばっかりやっていたら頭おかしくなると思ったんで」とジム通いを続けていたことも告白。「ボディービルダーばかりが集まるジムだった」と笑ったが「球速がめっちゃ速くなってたんですよ。10キロくらい」とまさかの効果を実感。浪人時代の積み重ねが、大体大合格後、1年時からプロ注目投手になった要因でもあったと振り返った。
巨人で「平成エースの証し」と言われる背番号「19」は、「浪人時代を忘れないように」と意味を込めて選んだと背番号の裏話も語ると、浜田は「なるほど、そういう意味の19でもあったんか」と驚いていた。










![Yuzuru Hanyu ICE STORY 2023 “GIFT” at Tokyo Dome [Blu-ray]](https://m.media-amazon.com/images/I/41Bs8QS7x7L._SL500_.jpg)
![熱闘甲子園2024 ~第106回大会 48試合完全収録~ [DVD]](https://m.media-amazon.com/images/I/31qkTQrSuML._SL500_.jpg)