国民的プロレスラーの“燃える闘魂”アントニオ猪木さんが1日、命日を迎えた。

 2022年10月1日に79歳で亡くなった猪木さん。

命日には墓所がある横浜市の総持寺には、多くのファンが墓前を訪れ猪木さんをしのんだ。

 久しぶりに太陽が都会を照らした10月1日。午前中には、猪木さんを取材し時には対峙、時には共犯関係を結んできた元週刊プロレス編集長のターザン山本!が墓所で手を合わせた。

 山本が墓所を後にした時、一台の車が駐車場に止まった。助手席のドアが開くと「ターザンさ~ん!」と呼び掛ける声が…。車から下りてきたのは北斗晶だった。週プロ編集長時代に北斗を「女・猪木」と表現し、その闘い、カリスマ性にほれ込んでいた山本。続けて運転席から夫の佐々木健介が下りると「お久しぶりです!」と丁寧にお辞儀をして山本にあいさつした。

 毎年、健介&北斗夫妻は毎年、命日に墓所を訪れ花をささげている。夫妻は猪木さんが実行した95年4月の北朝鮮・平壌でのプロレスイベントで知り合って結婚した。

 猪木さんへの絶大な感謝を抱く健介&北斗夫妻。墓所に献花し、墓前で両手を合わせ猪木さんへの感謝をささげた。

 2人の猪木さんへの思い、何よりもあまりの奇跡的な再会に山本は感動。今年4月に80歳を迎えた男は「こんなことってあるのか!まさに猪木さんが導いてくれた神通力!ですよぉぉぉ」と太陽に向かってほえた。

 まるで猪木さんが仕掛けたような大ハプニング。ひとつのプロレス興行を見終えたような心地いい疲れを全身で感じた山本は、お気に入りの定食チェーン「大戸屋」に入ると「さばの炭火焼き定食」を注文。そして亡くなってから4年。五回忌を迎えた猪木さんへの「定食店トーク」を展開した。

 「亡くなって4年経ったよね…一番のキーワードは、井上編集長の言葉です。『不在証明』。猪木さんが不在であることがどうであるか?ということが我々に問われている」

 井上編集長とは専門紙「週刊ファイト」で編集長を務めた井上義啓さん。同紙でプロレス記者人生がスタートした山本にとって2006年12月13日に72歳で亡くなった井上さんは師匠にあたる。プロレス記者で最も猪木さんについて考え、定義し、読者に訴えてきた井上さん。「不在証明」は94年12月に刊行した単行本のタイトル。

猪木さんが亡くなってから4年。山本は猪木さんを考える上でのキーワードを「不在証明」と明かした。その理由を説いた。

 「猪木さんが亡くなってから生きている我々には、ふたつのパターンがあるんです。ひとつは、亡くなったことをいいことに勝手に語る。それで『アントニオ猪木』が改ざんされていく。もうひとつは、猪木さんが忘れ去られていく。そこで大切なのが不在の意味を問わなきゃいけない。そのキーワードが不在証明なんです」

 そして続けた。

 「重要なことは『アントニオ猪木』とプロレスは、イコールじゃないんです。プロレスは普通名詞。猪木は固有名詞。

普通の人は、プロレス イコール 『アントニオ猪木』と考える。だけど、猪木さんは完全に異質な存在です。普通名詞としてのプロレスを超えている。つまり『アントニオ猪木』というジャンルなんです。ありとあらゆるものとは、完全に別個の存在なんです。だから、プロレスと切り離して考えないといけない。これを理解してないと人たちが勝手に語っているんですね。つまり、あの時の試合がどうだ…ああだ…とかプロレスの中での猪木さんを語っている。これは完全に間違い。僕たちがやらなきゃいけないことは『アントニオ猪木』自身、ジャンルについて語らないといけないんです。これが不在証明なんです。僕は猪木さんとプロレスを切り離してい考えている。
それは村松友視さんも切り離している」

 猪木さんを「不在証明」する中で山本には、新たに見えてきたものがあった。

 「猪木さんが亡くなり、不在となり消えていったことで、あらゆる俗世間なのものが消えて純化されてきたんです。純化された『アントニオ猪木』が現れてきた。亡くなって時間がたてばたつほど純度が高くなり透明になってきた」

 さばの炭火焼きを食べながら口調は熱を帯びた。

 「猪木さんは、アントニオという名前は、イタリア語、スペイン語圏での男性の名前なんです。スペインの代表的な文化は闘牛です。闘牛は、と闘牛士と闘牛の闘いでそこには、生と死がある。だから観客は熱狂するんです。あの真っ赤な闘魂タオルは、闘牛士のムレータですよ!そして、猪木さんは入場時から死のにおいを発散している唯一のレスラー。それを、みなさんは殺気と言った。だけど、猪木さんは、そのことを自覚していないんです。無意識のうちに潜在的に死が入ってきたんです。

これがアントニオという名前の呪縛なんですよ。しかも猪木さんは、リング上で受け身を取ってやばくみせる。生と死を観客に見せている。これは、猪木さんが試合の中に芸を盛り込んでいるということなんです。単なる勝ち負けじゃない。物語を見せてきた。だから我々は興奮したんですよ。そこに猪木さんの哲学があるんだけど、これも猪木さん自身はまったく自覚していない。計画性ゼロです。芸は全部本能なんです」

 本能でリング上で「生」と「死」を訴えた猪木さんを山本は、漢字一文字で表現した。

 「猪木さんは、俗世間にまみれまくった人です。だけど、最後のイノセントがあったんです。

今、それがよみがえってくる。それが猪木さんの中にあった仏教的な『空』なんです。99パーセントは俗にまみれまくっているんだけど、1パーセントの『空』が猪木さんにはあった。猪木さん自身が俗を超えたいという自意識があった。リング上で一瞬、そこが見えるんですよ。それが『空』なんです。猪木さんの中に潜んだ『空』という存在感に僕たちは救われた。そんな人はプロレスラーでいません。だから『アントニオ猪木』は、完全に別個のジャンルなんです」

 猪木さんの中にあった1パーセントの『空』。山本、井上編集長ら猪木さんの戦いをリアルタイムで取材した多くの才人は、その一瞬を活字、あるいは言葉として表現しようともがき、葛藤し、その行為を喜びとし、多くの読者、視聴者に「アントニオ猪木」を伝えてきた。だからこそ『燃える闘魂』は今も語り継がれている。現在、80歳の山本。猪木さんを語り尽くした後、自身について明かした。

 「僕は、カネはないけど人生を限りなく楽しむ。遊ぶ。自分の時間を自分のためだけに生きて自分を遊ぶ」

 そして健介&北斗夫妻との奇跡的な再会に浸った。

 「俺たちは猪木に愛されたんですよぉぉぉ!北斗が猪木さんを愛してるから猪木さんも愛してくれるんです。現場主義にしか神は降りてこない」

 (福留 崇広)

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