まだ、沖縄は暑かった。だが、いい時間だった。

第2回を迎えた「沖縄県招待スプリント選手権」(那覇・奥武山水泳プール)。私自身、取材を通してこの仕事をする上での原体験を、思い起こすような1日になった。2016年リオから、五輪を2度経験した塩浦慎理(ReCORE)が沖縄水泳の発展を願い、立ち上げた同大会。夏の愛知・名古屋アジア大会でも活躍した日本代表選手が、沖縄のジュニアスイマーに本気の泳ぎを見せた。

 小学1~4年生男子で、平泳ぎと自由形を制した島袋蒼太(ニライSC)。10歳の島袋に憧れの選手を問うと「村佐達也です!」と、返ってきた。現役トップと地元選手の交流を目的とした同大会には、男子自由形の日本記録保持者、村佐達也(イトマン東京)らが招待選手として出場した。平泳ぎの表彰式では村佐から直接、賞状を受け取り、憧れの本気の泳ぎはプールサイドで見た島袋。昨年の第1回大会に続き、水泳少年はその姿を目に焼き付けた。

 日本の男子自由形を引っ張る19歳、村佐の印象は「かっこいい」と言う。理由は「誰にでも、優しいから」だそうだ。村佐から選手カードをもらうなど、触れあった中で人柄を感じたのだろう。

そして、スイマーとしても「ストロークとか、ちゃんとしているところが好き」と、目線は鋭い。将来は「有名な日本代表選手になって、世界に出たい」と、野望を抱く。

 17歳で24年パリ五輪に出場した村佐は、25年世界選手権で200m自由形銅メダル。アジア大会では、男子のリレー3種目での日本記録更新をけん引した。今大会は、最終レースの50m自由形決勝で、22秒14の自己新をマークして優勝。「皆が声をかけてくれて。写真を撮ってくださいとか、そういうのが嬉しくて。水泳を楽しむ、そういう姿も見せられたかな」と白い歯をこぼした。

 レース後の取材で、10歳の島袋のことを伝えた。「自分が、与えられる立場になれていることが嬉しい」と、また一つ口角が上がった。男子個人メドレーで世界のトップを走った五輪王者の萩野公介さんや、世界王者の瀬戸大也、そして男子自由形短距離の第一人者、塩浦の姿を見てきたという村佐。自身は、高校生の時に出場した日本選手権で、初めてトップ選手を目の当たりにし「うわ、すげぇ」と思ったという。

そして数年後、自身が見られる立場になっている。「自分も、そうやって見てきたので。そういう存在に自分がなれていたら、水泳をやっている意味というか…。水泳をやっていて、良かったなと思います」。真っ直ぐに、その立場を受け止めている。

 村佐は50m自由形のレース後、場内インタビューで言った。「何か一つでも、僕たちから学んで頂けることがあれば、すごく嬉しい。いつか、10何年後とかでも、僕は代表に入り続けているので。一緒に代表に入ったり、リレーを組んだりして。日本を引っ張る選手が出てきてくれたら、僕たちも嬉しいです」。次の次、もしかしたらその次。今は10歳の島袋と、村佐が日の丸を背負ってリレーを組んでいるかもしれない。

そんな姿を、思わず想像した。

 2001年の世界水泳福岡。イアン・ソープ(豪州)の世界新を目の当たりにしたことが、今の自分、そして今の仕事につながっている。だから10歳の島袋に、25年前の自分を、勝手に重ねてしまう。この1日が、もしかしたら彼の水泳人生にとって、大事な1日となるかもしれない。そう想像するだけで、ちょっとエモい感情になる。「世界に出たい」。この熱い思いを、納得するまで持ち続けて欲しい。(大谷 翔太)

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