DIY自由・原状回復不要というルールのもと、住人が空間を育て、長く住み継がれる“伝説”の賃貸アパート「アップル&サムシングエルス」。壁一枚を隔てて暮らす美大生と医師、個性が炸裂する二人の創造性豊かな空間と、歴代の住人が残した痕跡が響き合う、このアパートの日常を覗いてみた。
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「住み継ぐ」人たちの今。壁の向こうで響き合う、異なるクリエイティブ
東京都町田市・相原駅から徒歩5分。黄色い外壁が印象的な全31室のアパート「アップル&サムシングエルス」は、2021年にSUUMOジャーナルで紹介し、大きな反響を呼んだ。DIY自由・原状回復不要というユニークなルールのもと、歴代の美大生たちが自由に手を加えながら暮らしてきた、いわば“住み継がれる実験場”のような場所だ。
あれから5年を経た現在、住人たちや部屋の様子にはどのような変化が置きているのか、再取材を試み、4つの部屋を訪問した。この記事では、隣り合う2つの部屋をご紹介する。ひとつは多摩美術大学絵画学科油画専攻の伊藤健仁(いとう・けんじ)さん、もうひとつはICU勤務の医師でありながら、画家・詩人・シンガーソングライターとしても活動する須田さんの住まいだ。壁一枚を隔てて暮らすふたりは、それぞれに個性的な世界観を見せていた。
玄関からスキップダウンする須田さんの部屋。天井が高く、窓が中庭に面している開放的な空間を、住居とは別のアトリエとして利用している(写真撮影/相馬ミナ)
須田さんの部屋に隣接するIさんの部屋も同じ天井高。
「多摩美 アパート」の検索が引き寄せた、必然の出会い
多摩美術大学で油絵を学ぶIさんがこのアパートに越してきたのは、約1年前。きっかけは、ごく現実的な悩みだった。
「前の住まいは隣り合う部屋からの音が気になってしまって。それで引越しを考えました」
検索窓に打ち込んだのは「多摩美 アパート」。すると、すぐにこの物件が見つかったという。
内見で案内された部屋は、決して条件が良いとは言えなかった。日当たりは控えめで、設備も新しいわけではない。それでもIさんは、この空間に直感的な魅力を感じた。天井の高い空間には、以前の住人がつくったというロフトがあり、立体的に広がりのある暮らしが可能だった。
「こういう面白い部屋に住める機会は、なかなかないな、と思って」
ロフトには前の住人が残していったソファが置かれており、自分がそこで過ごすイメージがすっと浮かんできたという。
ロフトは主に就寝やくつろぐ空間として使用。奥に見えるソファを気に入ったことが、入居を決めるきっかけになった(写真撮影/相馬ミナ)
そのとき住んでいた部屋の家賃に数千円足すだけで、空間の自由度は格段に高くなることから、破格に感じられた。油絵学科専攻で立体的な作品もつくるIさんにとって、作品を広げたり保管したりできる余白のある環境は大きな意味がある。
ロフトをくつろぐ場としたことで、下のフロアは創作活動や作品の保管がしやすい環境になっている(写真撮影/相馬ミナ)
階段はアパートオーナーによるDIYだそう。上り下りのとき、ちょっとゆらゆらするのはご愛嬌。広い壁面は、好きなものを飾れるキャンバス(写真撮影/相馬ミナ)
室内には、イベントで手に入れた器や、住人同士のやり取りで巡ってきた家具やアート作品、旅先で購入した雑貨などが並ぶ。どれもが存在感を放ちながらどこか肩の力が抜けており、Iさんの美意識や世界観がにじみ出ている。
Iさんは過去の住人から引き継いだデスクと椅子で、制作のアイデアを描きとめる。そうした連なりもまた、このアパートの個性のひとつだ。
「デスクと椅子はアパートの住人から譲られたものです。デスクはこの部屋に以前住んでいた方がつくったもの。一度は別の部屋の方に譲られたらしいのですが、その部屋にマッチしなかったようで結局この部屋に戻って来ました」(写真撮影/相馬ミナ)
「汚してもいい」から生まれる、選び取る意識と空間への愛着
入居当初、Iさんは歴代の入居者たちに倣ってこの空間を「面白くしてやろう」と意気込んでいたという。しかし暮らすうちに、その感覚は少しずつ変化していった。
「最初は気に入らないところもあったから、手を加えようと思っていたんですが、だんだん“何もしなくてもいいかも”と思うようになってきて」
DIYを前提とした自由な環境だからこそ、あえて無理に手を入れる必要もないと思えているのかもしれない。その背景には、空間との距離の変化があった。
「ここって、“いくらでも汚していい”って思える場所なんですよね。
余白があるからこそ、そこに何を置くかを丁寧に吟味するようになる。視界に入る回数が増えることで、ものとの関係が自然と深まっていく。
「ものとの距離が近くなるというか、ちゃんと向き合う感じになりました」
左手にあるキッチンとの境界をつくるカウンターも、過去住人のDIY。ロフトへは可動式の階段で上がる(写真撮影/相馬ミナ)
Iさんは陶器にも興味があり、陶器市に行って器を買ったりもするそう。コーヒーにもこだわるなど、この部屋を自分の好みで満たすことの喜びが伝わってくる(写真撮影/相馬ミナ)
子どものころからのお気に入りや、友達の作品、アートイベントなどで購入したものなど、ひとつひとつ思い入れのある品が並ぶ(写真撮影/相馬ミナ)
さらに、この環境は創作のあり方にも変化をもたらした。
ある日、隣室からギターの音が聞こえてきた。触発されるように、自身も好きなスペイン語の音楽を流した。その体験が、そのままインスタレーション作品へとつながっていったという。
なによりこの部屋は、心のゆとりをもたらしてくれた。
「自分の部屋でも制作できる、と思えるようになったのは大きいですね。大学だけに頼らなくてもいい、という安心感ができました」
偶然の出会いからの再入居。15年間絶えることのないときめき
一方、隣室に暮らす須田さんのこのアパートとの関係は、より長い時間軸の中にある。
最初の出会いは15年前。研修医時代、旅行中に偶然この前を通りかかったことがきっかけだった。
「ぱっと見た瞬間に、すごく印象に残ったんです」
そのときはそれで終わったが、1年後、ちょうど研修期間を終えて寮を出るタイミングに、再び偶然前を通った際に「入居者募集」の看板を目にしたことが、須田さんの気持ちに火をつけた。すぐその足で中庭に降り立つと、「当時の中庭はもっとイタリアの廃園みたいな雰囲気があって、胸がときめきました」
須田さんが「イタリアの廃園のよう」と異国情緒を感じた中庭。15年前当時は中心にリンゴの木が植えられており、それが「アップル&サムシングエルス」の由来となった(写真撮影/相馬ミナ)
その場で看板の電話番号に連絡し、オーナーの青木さんに空き部屋の有無を確認すると「ひと部屋だけ空いていたんで、即決しました。それが今、Iさんが暮らしているお部屋だったんです」。このアパートの時の重なりを感じさせるエピソードだ。
須田さんはその後、海外での研究や勤務先の都合で一度アパートを離れることになったが、帰国後もこの場所が気になり続けた。「仕事帰りにふらっと寄ってみたら、やっぱり胸がときめいて。“もう一度ここで暮らしたい”という思いが強まりました」
再入居したのは別の部屋だったが、ここが空いたタイミングで移ることに。「絵を描いたり、音楽を作ったりするんだったら、絶対この部屋がいいと思って」。アパート内で4部屋目となるこのアトリエを拠点に、制作を続けている。
玄関/キッチンから部屋を見下ろす。庭に向いた明るいデスクと、その横のキーボードがクリエイティブの中心。(写真撮影/相馬ミナ)
カラフルなタイルがあしらわれた玄関/キッチン。下のフロアとの高低差がもたらす空間の変化が、インスピレーションを掻き立てる(写真撮影/相馬ミナ)
この部屋には元々ロフトがついており、創作に疲れたときなど横になることができる(写真撮影/相馬ミナ)
平日深夜の2時間。疲れていても、まずこの部屋で感性を取り戻す
須田さんのアトリエは、Iさんの部屋同様、天井の高い半地下空間だ。そこに、ギターやキーボード、ドラム、レコード、画材、本などがところ狭しと並ぶ。まるで須田さんの頭の中を可視化したようなカラフルな空間で、心地よい密度がある。壁は借りた当時紫色だったそうだが、白をベースに、水色を差し色にした爽やかなイメージに自力で塗り替えた。
自力で塗り替えた壁に並ぶのは、『星の王子さま』から医学書、哲学書など。医師を続けながら早稲田大学文学部を卒業し詩や児童文学も創作する須田さんの、幅の広さがうかがえる(写真撮影/相馬ミナ)
レコードやCDのコレクション。ご自身でもシンガーソングライターとしてインディーズレーベルからCDを出したことがあるそう(写真撮影/相馬ミナ)
ギターと絵が隣り合う風景が須田さんの多彩さを象徴する。
「絵は独学で、描くのは小さいころから好きでした。いつかはアカデミックな教育を受けてみたいという気持ちもあります」(写真撮影/相馬ミナ)
須田さんが平日にこの空間にいられる時間は、わずか2時間ほど。それでも帰宅後は必ず立ち寄るようにしているという。「帰ってすぐ住居の方に入ると、完全に休息モードになってしまうんです。だから、まずこのアトリエに来ます」
音楽を流し、手を動かす。その行為が、次の創作の呼び水となって情熱を呼び覚ます。
「何かをつくりたいというより、“何かが降りてくる場所に行く”という感じですね」
医療の現場で働く日常と、創作に没頭する時間。その切り替えを可能にしているのが、この場所だ。
「創作はもう、生きがいですね」
その言葉からは、尽きない喜びが伝わってきた。
壁に残る痕跡がつなぐ、過去の入居者との無言のセッション
須田さんが語るこのアパートの魅力は、「創作の気配が共有されていること」だという。
「みんなが何かをつくっている。その空気が自然に伝わってくるんです」
それは現在の住人同士だけでなく、過去の住人との関係にも及ぶ。壁に残る色の重なり、手を加えられた痕跡。それらに触れるたび、見えない対話が生まれる。
「前の人の選んだ色に、自分が重ねていく。音楽のセッションみたいな感覚があります」
取材中、Iさんの部屋のロフトについて、須田さんがその成り立ちを語る場面があった。かつての数名の住人が試行錯誤しながら空間を拡張し、それが現在の形につながっているという。
「ずっと不思議だったことがつながりました」とIさん。
Iさんと住人の方が、取材に乗じて須田さんの部屋を見学にやってきた。同じクリエイター同士話が弾み、新たな交流が生まれた(写真撮影/相馬ミナ)
「部屋って、人の気持ちに影響を与えるじゃないですか。ここにいると、自然と何かをつくりたくなるんです」と須田さん。
住むことで育てられ、同時に住むことで更新されていく空間。
5年前に「住み継ぐアパート」として紹介されたこの場所は、今もなお、次の物語を静かに紡ぎ続けている。
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●取材協力
アップルアンドサムシングエルス

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