ライムスター宇多丸がお送りする、カルチャーキュレーション番組、TBSラジオ「アフター6ジャンクション」。月~金曜18時より3時間の生放送。


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宇多丸、『アルプススタンドのはしの方』を語る!【映画評書き起こし】

『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。
今週評論した映画は、『アルプススタンドのはしの方』(2020年7月24日公開)です。

宇多丸:
さあ、ここからは私、宇多丸がランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞して評論する週刊映画時評ムービーウォッチメン。今週、扱うのは7月24日に公開されたこの作品、『アルプススタンドのはしの方』。

(曲が流れる)

第63回・全国高等学校演劇大会で最優秀賞に輝いた兵庫県立東播磨高校演劇部の名作戯曲を、城定秀夫監督が映画化。夏の甲子園1回戦に出場している母校の応援のためアルプススタンドに集まった、夢破れた2人の女性演劇部員、元野球部員、成績優秀な帰宅部女子の4人。さまざまな思いを抱える彼女たちの心の変化を、試合の展開に重ねて描く。出演は去年、浅草九劇で上演された舞台版にも出演した、小野莉奈さん、⻄本まりんさん、中村守里さんに加え、モデルとしても活躍している平井亜門さん、などでございます。

ということで、この『アルプススタンドのはしの方』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「とても多い」。

今年最多クラスということで。ああ、そうですか。公開規模から考えれば、これはかなりな人気ということじゃないでしょうかね。賛否の比率は、褒める意見が7割近く、ということです。

主な褒める意見は、「今年のナンバー1!『桐島、部活やめるってよ』に並ぶ青春映画の傑作。登場人物すべてが愛おしい」「自分の学生時代を思い出して号泣してしまった」「今の高校生に見てほしい」「夏の定番映画として毎年公開してほしい」などがございました。一方、否定的な意見としては「舞台がどう見ても甲子園に見えない。また、炎天下で汗ひとつかいていない。舞台ならそれでもいいが、映画でこのリアリティーのなさは致命的」。

たしかにね。汗を全然かいていないっていうのは……僕、個人的にはこれ、映画版は「甲子園」っていうことにしなくてもよかったんじゃないかな?って。地区予選とか、そういう感じにしてもよかったんじゃないかなと。

この指摘はたしかにごもっとも、という感じもしますね。あとは、「俳優たちの演技やセリフの多さ、間の取り方などが演劇的すぎる」などがございました。

■「映画を見ている私にもエールを送られているようで、涙しました」byリスナー
代表的なところをご紹介しましょう。ラジオネーム「ありばる」さん。「立川シネマシティで見てまいりました。もう自分には遠い昔の話だし、キラキラしている青春映画だからあんまり乗れないかも……というのはまったく思い違いでした。『しょうがない』と諦めようと思ったのに、納得いかないモヤモヤと、真ん中には行けない諦めと憧れの気持ちを多く説明しないで75分にまとめた脚本が素晴らしいと思います。

動機は別々でも、決してひとつにならなくても、声援を送るみんなを見ることが今の自分にこんなに刺さるなんて。試合の経過と共に『しょうがない』自分にどう落とし前をつけるのか?野球部を応援してる姿がお互いに、そして映画を見ている私にもエールを送られているようで、涙しました。中でも端っこ優等生と真ん中女子のエール交換は予想外で、真ん中のつらさなんて考えたこともなかっただけに心に残りました。

『しょうがない』とぼやきながら、でも目の前の問題と格闘している人には私も『頑張れ』と応援します。大声は出さず、心の中だけかもしれないけれど」といったあたりでございます。

あと、ちょっとね、批判的なご意見もご紹介しておきますかね。ちょっとね、批判的な意見の方は、割と黒めの、いっぱい書いていただいてるメールが多くて。ちょっと省略させていただきますが、ラジオネーム「てつお」さん。「ムービーウォッチメン、初投稿です。普段は聞くだけリスナーですが、意を決してメールさせていただきました。『アルプススタンドのはしの方』、鑑賞しました。まず初めにとても良い作品であったことを強調させてください。だからこそ、自分にとってあまり納得がいかなかったのはクライマックスの展開と作品の方向性についてです。

登場人物がポジティブな方向に一体化されていくという展開があまりにも素朴に思えてならなかったのです」という。いろいろと書いていただいているんですが、ちょっと省略をさせていただきますが。「端の方が中心に糾合されていく過程にほかなりません」とか、いろいろ書いていただいて。

「一昔前の中心への団結という形の青春が成立しえない時代になって、そこから弾かれ、そのような青春を実感できない、端の方の人々にスポットライトを当て、新たな青春を描き出という方向性であったはずが、結局は個人を投影し中心に自ら参与していくという形で中心・周縁のヒエラルキーを強化していってしまう。

その過程で中心たる熱意や努力……いかにも学校道徳的なそれはいともたやすく無前提に肯定されていくという終盤の展開は、自分には違和感がぬぐえないものでした。

自分は学校教員なのですが、だからこそそこに敏感になってしまうのかもしれません」といったご意見です。さらもうちょっと激烈な、「ワーストだ」というようなご意見も一応、ありましたという。そちらも目を通させて頂いております。ありがとうございます。

■元は2017年の全国高等学校演劇大会で最優秀賞を受賞した高校演劇
ということで『アルプススタンドのはしの方』、私もシネマカリテで2回、見てまいりました。昼間の回にも関わらず、なかなか入ってたんじゃないですかね。要所要所でしっかり笑いも漏れる、というような感じでございました。まあ、先ほども言いましたように、元は高校演劇なわけですね。2017年の全国高等学校演劇大会で最優秀賞を受賞した、兵庫県立東播磨高等学校の作品という。

で、僕もこのタイミングで、NHKで放送されたやつの録画を、当番組の高校演劇特集などでもおなじみ、TBSラジオの澤田大樹記者から借りて、このタイミングで見たわけですけど。メインキャラクターの生徒4人しか出てこないとか、設定やセリフが当然のことながら全て関西ベースであるとか、今回の映画版との違いはもちろんあるんだけど、基本的な要素は、概ねそのまま残ってもいて。

まずはこの、大元の原作である東播磨高等学校の高校演劇、この戯曲が、非常に完成度の高い優れた作品であった、というのはもちろん、大きいかなという風に思います。

劇中で説明される、あの全国高等学校演劇大会特有のシステム……要するに全国大会は翌年の夏だから、その作品に出演していた3年生は、翌年のその決勝には出れないという。以前、澤田記者も説明していましたけども、その独特のシステムとかが説明されたりとか。あと、これは水曜パートナーの日比麻音子さん、高校演劇をやられてました日比麻音子さん曰く、後半に出てくる「あの中屋敷法仁さんは高3で『贋作マクベス』を書いた」っていうあの話も、実は高校演劇ではよく引用されるエピソードだそうで。

要は高校演劇として、しかもその総文という大会で上演される時は、ちょっと自己言及的な意味合いが強いというか。その場にいるオーディエンスにとってはみんな、「あるある」でもあるというような、そういう要素も強い作品だったのかな、というのは実際、その舞台をやってる反応なんかを見てても思ったんですけど。

■高校演劇から商業舞台を経て、ある程度のレベルまで練られていた上での映画化
それでですね、今回の映画化に至る経緯っていうのがちょっと入りくんでいるので説明しますと……『SRサイタマノラッパー』シリーズなど、日本のインディ映画を数々手掛けてきたあのSPOTTED PRODUCTIONSの直井卓俊さんが、「なにかワンシチュエーション物のネタはないのか?」って探してる時に、今回の映画版でも脚本としてクレジットされていた奥村徹也さんから、この今回の高校演劇を紹介された。というのは、奥村さんが、この原作を書いた東播磨高等学校演劇部顧問の籔博晶さんと、大学時代の演劇仲間だったという。

で、そのパンフに載っている座談会によれば、最近はたまに連絡を取る程度だったのが、東播磨高等学校演劇部の顧問になっていきなりドーン!と全国優勝したっていう。で、テレビで見たっていう……要は奥村さんにとって、ある意味、劇中の「矢野」そのものっていうか、そういう存在だったのかもしれませんね、この籔さんがね。

で、まずはその奥村さんの演出で、去年、商業演劇としてさらにアレンジされたバージョンが上演された。これは浅草九劇でやった、「浅草九劇バージョン」っていう感じですけども。

あの暑苦しい教師・厚木役っていうのはこのバージョンから加わったものでもある、という。で、それを演じる目次立樹さんという役者さんであるとか、メインの女生徒3人のキャストなどは、そのまま今回の映画版にスライドしてもいるという。

なので、つまりこの時点で、そもそも完成度の高い原作と、それをさらにプロのエンターテイメントとしてブラッシュアップして、公演もある一定期間やって……要するにちゃんと練られた、アンサンブルもちゃんと練り上がった舞台版、そのキャストたちまで含めて、ある程度のレベルまで出来上がった、ある程度の高いレベルまで出来ていた素材ではあった、ということは言えるかもしれません。この『アルプススタンドのはしの方』は。

ただですね、まあ演劇であれば観客の想像力を喚起する、非常に有効な仕掛けとして機能する、このワンシチュエーション物、ソリッドシチュエーション物。それを映画に置き換えた場合、下手な扱いをすれば、ただ単に単調になってしまったり、あるいは舞台でなら成立していた諸々がスクリーンだと嘘臭くなりすぎたり、わざとらしくなりすぎたり。まあ演技なんかもそうですよね。これ、日比さんが指摘してましたね。「演劇であればたぶん大声で張ってるところを、映画版だと小声の演出もできるから。それは映画的な演出だと思う」って日比さんが指摘してましたけども。

あるいは、逆に映画的に広げようとしすぎて、元々あったソリッドシチュエーションの良さまで消してしまう、ということもあり得るわけで。というか、むしろありがちなわけですね。そこでSPOTTED PRODUCTIONSの直井さんが白羽の矢を立てたのが、監督の城定秀夫さん。4月22日に『映画秘宝』編集長の岩田和明さんにも解説していただきましたけど。

■監督は、100本以上のフィルモグラフィーを誇る“怪物的監督”城定秀夫
とにかくですね、2003年に監督デビューして以来、100本以上……オリジナルビデオなんかも含めて、ピンク映画とかも含めて、100本以上を撮っていらして。しかも、その全てで脚本・編集も手がけていらっしゃる。で、2日撮り、場合によっては1日撮りだったりするという、とにかく最低限の条件でも、常に一定の高クオリティの娯楽作品に仕上げてくる、という。ちなみに今回の『アルプススタンド』は、一応最初は5日間の予定だったんだけど、1日取りこぼして、追加撮影を2ヶ月置いてから1日取ったという。まあ、6日ということですよね。それでも十分にすさまじいですけどね。

「職人監督」という言葉をはるかに超えた……だって脚本・編集までやってるわけですから。ほとんど怪物的と言っていいような活動を続けてこられている方。非常に業界のリスペクトも高い。で、僕はですね、とはいえ本当にすいません! 毎度毎度不勉強で申し訳ない。情けない話なんですが、その100本以上あるフィルモグラフィー中、岩田さんをお招きした時点では「3本しか見てない。すいません!」と言いましたけど、今回の『アルプススタンド』を除くと、その後……この1週間でいろいろ見ました。

岩田さんお勧めの『新宿区歌舞伎町保育園』『ホームレスが中学生』とか、いろいろ見ました。で、ようやく13本まで来ました、というね。100本中13本です。すいませんね。まあ、どれも70分から90分という、割と見やすい尺っていうのもあるんですけど。しかもですね、識者の皆さんが、割とリストなんかでおすすめされてる時にはかならず入ってるような重要作を、まだまだいくつか見逃している。結構見逃してたりするので。ということでまあ、そのレベルの人間が言うということなのでね。これからたぶんこの後、何度も言い訳がましく「13本の人間ですが……」っていうのが出てくると思いますが(笑)。ご容赦いただきつつ、聞いてほしいんですが。

もちろん、資料としてはですね、やはりダントツで『映画秘宝』ですね。特に岩田さんが胸を張ってるのは、やっぱり2018年11月号、「城定秀夫クロニクル」。このあたり、よろしいんじゃないでしょうか。まあ見ていただきたいんですが。ただ、僕が見た中で言いますとですね、やはりご自身で常に脚本も手がけられてるだけあって、まあ職人監督的にこれだけそのジャンルやトーンも本当にさまざまな作品群を手掛けていらっしゃいますけども。

ざっくり言えば、「人生の目的が見つからず、もしくは見失って、ぼんやりと生きていた主人公が、人との出会い、そしてそこから一歩踏み出す経験を通して、生の充実を見出していく」話、というところでですね、一貫したテーマ的なものはたしかに実はあるんじゃないか、という風に、13本の男は思った次第です。現状、13本の男はそう思った次第です(笑)。

だから、どんな話でも結構、まあエグい話でも、最終的な後味は常に結構さわやか、っていうのは、たぶんこの一貫したテーマ性、一貫したストーリーの傾向といったところに関係してるかな、という風に思います。さらに言えばですね、『ホームレスが中学生』っていう作品であるとか、あとは『いっツー THE MOVIE』の『1』『2』と私、見たんですけども、などにおける、両方とも実は、「学生が映画を作る」話なんですね。

それとか、『ガチバン』っていう、モロにヤンキー喧嘩物かなと思いきや、これもですね、演劇をやる、という展開になっていったりする。学生が主人公の、いわゆる青春映画、実は多く手掛けられていたりしますし、それも文化部的な活動を通じて主人公が何かを見出していく、というものが結構多いんですね。意外とそこを得意ともされているという。まさに文化部、「はしの方」っていうね。

なので、要はテーマ的にも題材的にも、『アルプススタンドのはしの方』は、城定秀夫監督に実はそもそもどんぴしゃな存在だった、と言えるのではないかと、現状13本の男は思うわけです。

■舞台の良さを活かしつつ、手練れならではのスマートで確かな映画的演出
で、実際に、本当にそうだったからこそ、城定秀夫さんご自身もですね、これはインタビューなどでも仰ってますけど、「この企画だけは何とかポシャらせずに実現させたい」という非常に強いモチベーションを持って臨まれた、という風に各種インタビューなどでも仰ってますし。

城定作品としては極めて例外的に、脚本が完全に他の人、さっき言った奥村徹也さん……いつもなら、共同脚本になってても、大幅に全く変えちゃったりするというのが、今回はほとんどノータッチ、そのまま使っているという。これ、非常に異例なんですって。つまり、それだけご自身に最初からぴったりとハマる題材だった、という風に城定秀夫さんが確信していたからこそ……ということではないかと思います。

とはいえですね、先ほども言いましたし、岩田さんとのお話でも出てきましたけど、まあタイトル通り、基本その野球場の客席の一角のみで展開するという、ここがキモの作品なので。これを、映画としてどう処理するのか?まあ、非常に細心の注意と、たしかな演出力がものすごく要るあたりなんですね。しかし、ここはさすが、文字通りの百戦錬磨、城定秀夫さんというべきか。岩田さんも仰っていた通り、まあそもそもあまりカットバック、切り返しを使わない。カットを割らずにシーンを撮る、という城定さんのスタイルとの相性もあって。

元のその演劇のソリッドシチュエーションならでの良さは、割とそのまま生かしている部分は多くありつつも……たとえばその主要キャラクター 4人の座り位置、立ち位置を、彼らの感情のフェーズが変わる度に入れ替え、画面内で出し入れして。最初はバラバラなわけです。感情と同じくね。たとえば通路を挟んで、遠慮がちに座っていたりする、っていうね。で、そういうプロセスが、だんだん、ひとつひとつ……近づくプロセスを経ていくわけですね。感情がひとつ近づくたびに、座り位置とか立ち位置もひとつずつ近づいていく、という。

そういうプロセスを経て、最終的に、一列にギュッと並ばせ、感動のクライマックスへのセッティングを完了させる、というところまで至る。まさに手練ならではの、ひとつひとつが本当にスマートな……役者の動かし方、そして空間の生かし方、縦の空間、横の空間の生かし方、本当に手練の、スマートな演出力というのがあったりとかですね。あとはですね、一方で、ここぞ! という時に放り込まれる、映画的な……まさしく映画的なショットですね。

たとえば時折挟まれる、あの広い画。ちょっと引いた画。それで、軽く陽炎的なもやもやが立ち上っていたりとか。あるいは他の客席みたいなのを映る範囲で映す、みたいな感じで、ちゃんと空間的な広がりみたいなものも見せていたりもしますし。たとえば冒頭。小野莉奈さん演じる「あすは」というキャラクターが、その時点では観客には意味が分からないんだけど、「しょうがない」という、実は物語全体を貫く重大なキーワードとともにですね、肩を叩かれ、憮然と立ちすくむ、そのスローモーション。

で、その真の意味が、会話としては軽い調子の中から浮かび上がる時にですね、フッとこの、最初に見たショットの場面が挟み込まれて。観客にその意味を……つまり「あっ、このキャラクター、さっきからなんかやさぐれた感じだったけど、実は非常に深く傷付いていたんだ」っていうことを気づかせ、胸を打つ、という。つまり、これが前半部のあの緊張感を保つ仕掛けにもなっている、というあたりで。まあ、フッとさっきのカットを入れてくるという、非常に映画的な演出であるとかですね。

■画面内のエモーションを高める「風」。撮影や音響の各セクションも最高の仕事をしている
あるいは、キャラクターの感情が不意に動く、その瞬間。カメラもまた、手持ちのですね、まさに揺れ動き込みでですね、そこだけやっぱりグーッとキャラクターに寄っていく、という、その緩急の見事さであるとかですね。もしくは、たとえばさっき言ったその「しょうがない」っていうのを背負った、その悲しい2つの背中。あすはさんと平井亜門さん演じる藤野くんというこの2人の悲しい背中を、フッと手を添えるように、背中側に一瞬カメラが、ワンカット、回ったカットが入るという、あの苦くて優しいショットであるとか。

極めつきは、物語というより、そのキャラクターたちの感情が、最も劇的に揺れ動き、ざわつき、そして変化していく、ある局面があるわけです。「“しょうがない”なんてこと、あるか!」っていう、こういう場面。そこで、さっき言ったように、ここぞとばかりに投入される手持ちカメラ。グーッとカメラが寄った状態。ここで、さっきから軽くはそよいでいた風が、やおら強まって、後ろの木々のざわめき、そして風に吹かれる髪やタオル、全てが画面内のエモーションを、更にググッと熱く高めていたりするわけです。これ、まあ手前のところは風を当てていたりするのかもしれないですけどね。

全体にですね、撮影の村橋佳伸さん、非常に美しく格調高い画づくり、本当に素晴らしかったですし。音の演出もね、詳しくは『映画秘宝』の監督インタビューで述べられてますけど、たとえば歓声や打球音、そして何よりも大事なのは、そのブラスバンドのテンションなどによってですね、見えていないはずの野球場、グラウンド全体の空間、あとは試合進行ですね、などを非常に見事に表現し、観客に伝えていっていて。これ、音響デザインの山本タカアキさん、本当に最高の仕事をしてるなと思いますし。

ただ、まあこんな諸々も、僕は2度目に、要するに何とか冷静に見ようとしてようやく分析できてるあたりでもありまして。実際、1回目は、ただただとにかく涙をこらえるので必死だった、という感じですけども。

■どの登場人物にも切実さや苦しみ、悲しみがある。フェアな語り口は近年のアメリカ青春映画にも通じる
まずですね、これはすでに舞台版である程度アンサンブルが出来上がっていたということもあるんでしょうけど、とにかくキャスト全員が、本当に心から、そのキャラクターたちを大好きにならざるをえない、もう最上の好演を見せていると思います。それぞれにね。

あのね、あすはさんとひかるさんの2人が、「野球をよく知らない」っていう設定だからこそ、そのセリフそのものが説明とギャグになっていて、なおかつ後半の、クライマックスの伏線にもなっているという。このへんの元々の戯曲の仕掛けが非常に上手くできている、っていうのもありますけども。それも本当によくできてますし、もう1人1人、「ここが良かった、ここも良かった」って言っていきたいんですけど。

さらに、そのメインキャラクターだけではなくてですね、あの厚木先生というですね、まあ僕はもう実際に学校にいたら一番苦手なタイプの教師ですよ、それは。暑苦しくて押し付けがましい。嫌だなって思うかもしれない。あるいは、今回の映画版で初めて具体的に画面に登場する、久住さんというね、吹奏楽部の真ん中にいる女の子。そしてそのサイドキック的な2人ね。

これ、単にウザいコメディリリーフとか、単に嫌な感じの悪役的な存在で終わらせることもできるはずなのに、そこでは終わらせずに。彼らには彼らなりの切実さや苦しみ、悲しみがあって、それでも頑張っている、向こうは向こうで頑張っているんだっていうことを、ちゃんとフェアに示す語り口ですね。あの先生の途中の英語の呟きの意味とか、これは『映画秘宝』と『キネマ旬報』のインタビューを読んで、ようやく知りましたけども。これはなるほどなと思ったので、ぜひ皆さん読んでいただきたいですけど。

これね、このフェアな語り口は、近年のアメリカの青春映画などとも本当にシンクロするあたりで。このあたりも本当に嬉しい作りですし。要は試合終了後、一番泣いていたのは誰か?っていう話ですよね。「お前らみんな最高だし、みんな幸せになれよコノヤロー!」っていう。本当にそういう後味だと思います。そしてそうした、最初はただの嫌なやつに見えた人が……的なその逆転、反転の展開というのは、まさしく城定秀夫作品的なものでもある、という風に、13本の男にしてからが思うわけです。

■人生の中に、たぶんこの映画に出てくるみんながいる。いろんな歯車が噛み合った奇跡のような一本では
で、そうした「こうだと思っていた人が実は……」の最高値はもちろん、言うまでもなく、ご覧になった方ならお分かりの通り、「あいつ」の名前がアナウンスで呼ばれた瞬間ですよね。僕はここでですね、たぶん『クリード』以来の、震え泣きをしましたね。はい。まあ『桐島、部活やめるってよ』のハッピー版というか……的な展開ですし。

さらに、やはり映画オリジナルのエピローグ、後日譚、これがついて。これは、ミスリードの仕方も非常に上手いですし……そしてですね、皆さんね、この最後の展開というのは、非常に夢っていうか、理想的なね、ちょっとフィクショナルな展開と思われるかもしれませんけど。こういうことは本当にある!ということの証明として、この番組から出ました単行本『拝啓元トモ様』の、「夢の続き」というエピソード、あの「ナベちゃん」のエピソード……あるんです! こういうことは。

あるいはですね、その最初に描いていた夢とは違う場所だったかもしれないけど、そこにたどり着いたかもしれないけど、でもそれはやっぱり「しょうがない」と最初から諦めてしまうこととは違う、っていう。ちゃんと僕はですね、その端っこにいる側の人生の充実みたいなことを描いてる……たぶんだから、我々の人生の中に、矢野である瞬間もあるし、あるいはあすはである瞬間もあるし、藤野くんである瞬間もあるし、厚木先生である瞬間もある。やっぱり何かを諦めて、それでも頑張んなきゃいけない瞬間もあるし。あるいは、園田くんである瞬間もあるかもしれない。勝負の中心にいなきゃいけない、怖さを抑えている瞬間もあるかもしれない。

要するに、我々の人生の中に、たぶんこの映画に出てくるみんながいるんですよね。っていうことだと思います。大きく言えば、人生の価値とは、よりよく生きるとは何か?っていうことを聞いてるんですよ、この映画は。とても普遍的で大きな、大事な話をしてる作品だと思います。コロナ禍でですね、実際にこの映画で描かれたような、その「しょうがない」っていうところで、いろんなことを諦めざるをえない若者たち、多いと思います。

だからこそ、このタイミングでこの映画が見られてほしいと思うし……僕はその『はだしのゲン』でも言っていた、「“仕方ない”って言うな!」っていう、元々大好きなセリフでしたけども、改めてちょっと胸に刻むところもありました、ということでございます。

ということで、いろんなですね、全ての歯車が……元の高校演劇から始まって、いろんな歯車。キャスティングとかも含めて、途中の商業演劇版とかも含めて、いろんな歯車が、そしてたとえば撮影の条件とか、いろんなことも含めて、いろんな歯車が幸福に噛み合った、ちょっと僕はなかなか城定さん、たぶん……僕は13本の男ですけどね、城定さんのフィルモグラフィ上でも、なかなかちょっと奇跡のようなことが起こってる1本なんじゃないのかな、という風に思いました。

僕個人は、文字通り万人にオススメできる、文句なしの娯楽作であり、さっきから言ってるように非常に大事な、大きなことを言ってる作品であり……正直、僕は本当は『アルプススタンド』って今、言うだけで涙ぐむ状態になってるんで、ちょっと正気ではないかもしれませんが。

そして城定秀夫監督。今後はできるだけちゃんとね、現状は13本ですが、後に何本の男になっているのか、できるだけ追いかけていきたいという風に確信をさせられたという作品でした。ぜひぜひ皆さん、劇場でウォッチしてください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『パブリック 図書館の奇跡』です)

宇多丸、『アルプススタンドのはしの方』を語る!【映画評書き起こし】

以上、「誰が映画を見張るのか?」週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

◆8月7日放送分より 番組名:「アフター6ジャンクション」
◆http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20200807180000

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