ライムスター宇多丸がお送りする、カルチャーキュレーション番組、TBSラジオ「アフター6ジャンクション」。月~金曜18時より3時間の生放送。


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宇多丸、『ザ・ハント』を語る!【映画評書き起こし】

『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。
今週評論した映画は、『ザ・ハント』(2020年10月30日公開)です。

宇多丸:

さあ、ここからは私、宇多丸が、ランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する週刊映画時評ムービーウォッチメン。今週扱うのは、10月30日に公開されたこの作品、『ザ・ハント』。

(曲が流れる)

『透明人間』や『ゲット・アウト』などを手掛けた、ジェイソン・ブラムが製作を務めたサバイバルアクション。主人公のクリスタルはある日突如、セレブが娯楽目的で一般市民を狩る、「マナーゲート」と呼ばれる人間狩り計画に巻き込まれる。犠牲者が増えていく中、クリスタルは生き残るための反撃に出る。

クリスタルを演じるのは、ドラマ『GLOW:ゴージャス・レディ・オブ・レスリング』などのベティ・ギルピンさん。さらに人間狩りを行う残酷なセレブ・アシーナをヒラリー・スワンクが演じる。まあ「監督は『コンプライアンス 服従の心理』や『死の谷間』などのクレイグ・ゾベルさんでございます。

ということで、この『ザ・ハント』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<『ウォッチメン』>からの監視報告(感想)をメールでいただいております。

ありがとうございます。メールの量は、「ちょっと少なめ」。賛否の比率は、褒める意見が半分ちょっと。まあでも、公開規模とかいろいろ考えるとね、そこそこ健闘をしている方かな。褒める意見が半分ちょっと。割れてるっていう感じですね。褒める意見の主な内容は、「ゴア描写やスピーディーなアクションシーンで、最後まで一気に走り抜けた」「先の読めない展開が楽しい」「リベラルと保守の対立、人種問題、SNSなど、今のアメリカを取り込んだまさに今見るべき映画」などがございました。

一方、批判的意見としては、「人間狩り物として物足りない」とか「社会問題の扱い方が表層的でひねりもない。不満が残る」などがございました。

■「ハラハラドキドキも、爆笑もできた、素晴らしい作品」byリスナー
というところで、代表的なところをご紹介しましょう。ラジオネーム「ラスティ」さん。「『ザ・ハント』、TOHOシネマズ新宿で見てまいりました。

予備知識を入れずに見に行ったのですが、いろいろある中で一気に物語世界に引き込まれました。リベラルと保守、どちらに肩入れするという姿勢もなく、対立の不毛さ、空虚さを露悪的にではありますが描いてるように感じました。

『ミリオンダラー・ベイビー』のヒラリー・スワンク、40代半ばにしてアクションは最高なのですが、ちゃんとリベラルなセレブに見えるあたりもしっかり作られた映画であることの証左になっています。クリスタルことベティ・ギルピンの、余りにタフでクールでミステリアスな、新しいヒロインの誕生でしょう。事前の予告から、ふざけた悪ノリ映画というネガティブな先入観を持っていましたが、完全に裏切られました」とか。

あとはラジオネーム「くれよんのおとーさん」は「『ザ・ハント』、鑑賞しました。人間狩り物としては人生ベスト級でした。どこへ連れて行かれるんだろうか? という最初の展開からまさかのすごい着地を受け、はじめの怖い描写にびくびくしてた自分はどこへやら。ハラハラドキドキも爆笑もできた、素晴らしい作品でした。また個人的にはまさにブラムハウスという感覚を得ました。『ドント・ブリーズ』や『アス』みたいなホラーに並ぶ作品と思いますし、何より90分というタイトさが最高でした」というご意見がございました。

一方、よくなかったという方。

「たぬーふぉりあ」さん。「『ザ・ハント』、見てきました。集められた排外主義者たちが次々に狩られていくあたりから主人公クリスタルがアフガン帰りの退役軍人で殺人マシーン……」。まあ殺人マシーンまで行くかどうか、ちょっとわからないですけど。「……ということが明らかになるあたりまでは楽しかった。串刺しのおかわりには爆笑。

ただ黒幕の正体が明かされてからは急激に物語の推進力が落ちてラストのバトルもクライマックスに持ってくるにはちょっと物足りなかった。移民問題についても要素として一応入れときましたって感じだし、オーウェルの『1984』……」、これはたぷん『動物農場』だよね。「……からインスパイアされたエッセンスも、今作のテーマとはあまりうまく絡んでないし。いろいろ惜しい作品と感じました。もうひとひねりほしかった」というようなご意見でした。

ということで、皆さんメール、ありがとうございました。

■ホラー+社会風刺のブラムハウスプロダクションズ最新作。手掛けるのはあの名ドラマの脚本家コンビ
私も『ザ・ハント』、TOHOシネマズ日比谷で2回、行ってまいりました。特に1回目を見た月曜日、すごい入ってましたね。ただやっぱり、いろいろ公開が延期になったりとか、いろんなドタバタがあった結果なのか、パンフレットが売られていない、というぐらいの感じでしたけど。ということで、『ザ・ハント』。シンプルにタイトル通りの、先ほどから言ってますけど、人間狩り物。1932年の『猟奇島』という、元はリチャード・コネルの小説ですけどね、『The Most Dangerous Game』、『猟奇島』以来、何度も繰り返し映画の題材となってきた、スリラーの中の定番ジャンルですね。

なんですが、この『ザ・ハント』の場合、そうしたジャンルの枠組みのハラハラドキドキ、それももちろん普通にあって楽しめるんですけど、同時に製作会社、さっきから言っているブラムハウスプロダクションズ。ホラーを中心にね、低予算ながらきっちり見応えもあって大ヒット、という作品を量産しまくってる、今や本当に一大ブランドですけども、そのブラムハウスプロダクションズを率いるジェイソン・ブラムが、近年明らかに意識的に連発してきている……筆頭はやはりジョーダン・ピールの『ゲット・アウト』でしょうね。

それとか、あとは『パージ』シリーズなんかも含めていいかもしれませんが、社会風刺路線というかな、その色が、特にこの『ザ・ハント』は非常に色濃い……社会風刺の色が非常に色濃い、前面に押し出された作品でもある、という感じがしました。個人的にはですね、あの「ブルジョアの欺瞞を嗤う」スタンスなどはですね、ブニュエル風だとさえ思いましたね。ブニュエルの『皆殺しの天使』とか、『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』とか……あとはちょっと語り口の一部は、『自由の幻想』という作品を連想させる、とか。

いろいろ思いましたけどね。

なんですが、実際の順番としてはむしろ逆で。脚本を書いたデイモン・リンデロフさんとニック・キューズさんという方、公式資料によれば、「打診する前から脚本を執筆していた」が、「最初から『ブラムハウス作品』として本作を思い描いていた」ということ。つまり、いま言ったような社会風刺など、その意欲的な要素を盛り込んだ上でなお、ジャンル的枠組みの中で観客を楽しませて、ちゃんとヒットさせる、ということに長けた制作会社として、ブラムハウスがぴったりだろうっていうことで、選ばれた、という格好らしいですけどね。

このデイモン・リンデロフさんとニック・キューズさん。デイモン・リンデロフさんはね、『LOST』シリーズであるとか……まあ『LOST』シリーズもある意味ね、いきなり知らない人同士が集められて、という話で、今回の『ザ・ハント』とも通じますし。あと、『スター・トレック イントゥ・ダークネス』、あれとかの脚本でもおなじみですが。デイモン・リンデロフさんとこのニック・キューズさんのコンビは、HBOのテレビシリーズ『LEFTOVERS/残された世界』っていう、これで初めて組んだ2人だけど、最近で言えばなんと言っても、同じくHBOの、この番組でも何度も取り上げてます、あの『ウォッチメン』を手掛けている2人、というところが非常に重要だと思います。

あれこそまさに、近年の社会風刺エンターテイメントの、大傑作だったわけですよね。なので、同時期に作られていたこの本作も、その『ウォッチメン』と並べてこそ捉えられるべき一作かな、という風に思います。さらに、監督として白羽の矢が立ったクレイグ・ゾベルさんという方の、この座組も面白くて。まあいろいろと撮ってきている方で、さっき言った『LEFTOVERS/残された世界』とかも3話、撮っていたりするんで、そこでそのデイモン・リンデロフさんとニック・キューズさん、非常に信頼が厚かったというのもあるでしょうし……映画もね、さっきの『死の谷間』っていうね、ちょっと地味目な核戦争後の話みたいのがあったりしましたけど。

特にこれが大きかったかなと思うのが、2012年の『コンプライアンス 服従の心理』という作品で。アメリカで実際に起きた事件を題材にした作品。これのその、社会的テーマに対する皮肉なスパイスを効かせ方というか、ダークなユーモアセンスのようなものが買われたあたりではないかな、という風に思いますね。ということで、ブラムハウス印ならではの、非常に景気がいいバイオレンス描写。ゴア描写が、非常に景気がいい!っていうね。ドーン、ギャーッ、グサーッ!なんて。

非常に景気がいいバイオレンス描写を含め、まずはジャンルムービーとしてきっちり楽しませつつも、今のアメリカ社会……つまり、要は我々が今、まさに目にしている光景ですね。もう完全に分断されきった、特にトランプが大統領になって以降のアメリカ、という感じですよね。ひいてはその世界のあり方……アメリカもそうですけど、どの国でも、それこそ日本でも、まあ多かれ少なかれ同様の構図は見られるわけで。そういう世界のあり方に対する批評性を強く打ち出した、社会風刺寓話でもあるわけですね。

ちなみにその、今のアメリカっていうのを、もう直接的に表わしてるようないろんなディテールの説明に関しては、これはやはり町山智浩さんがしている解説が、めちゃくちゃ詳しいので。詳しくは「町山智浩 ザ・ハント」かなんかで検索をすると出てくると思うんですけども。いろんな用語とかに関してはそちらを参照していただければと思いますが。とにかく、いま言ったようなことが、とりあえずの大枠なわけですけど。しかしこの『ザ・ハント』という映画の真の醍醐味は、実はそれを超えたところにある。

■「エリートリベラル」vs「一般庶民」。そしてテーマは……「第一印象」
実は最終的に、そうしたある種「頭で考えた」面白さっていうか、その部分を突き抜けた領域にまで行っちゃうというところが、この『ザ・ハント』のいいところで。それはひとえに、ある1人の人物……言っちゃいますと、主人公を演じた俳優さんの力、その魅力、というのが非常に大きいという風に私は考えております。そういう風に感じられた方も多いんじゃないでしょうか。作品の構造上、それはまた後で、話せるところまで話しますけども。

とにかくこの映画、本当にあらゆる場所にですね、いわゆる「ミスリード」が仕掛けられているわけですね。それも、よくあるやたらとミスリードとどんでん返し、ミスリードとどんでん返し……みたいなのを繰り返して、途中からもうこっちもどうでもよくなってくる、みたいな類、よくありますけど、そういうレベルの作品とは違い、本作において散りばめられたミスリードというのは、テーマ、メッセージそのものと、密接に関係してるものなんですね。つまりこれ、製作のジェイソン・ブラムさんの表現を借りるならば……ジェイソン・ブラムさんはこう言っている。

「本作のテーマは“第一印象”だ」っていう風に言い切っているわけです。「我々が他人に対していかに簡単に決めつけるかという点を指摘している」という。まさにそこを際立たせ、観客に実感させるため……つまり、我々観客自身の中の偏見らっていうのを突きつけてくるためにこそ、この全編にちりばめられたミスリードというのは機能して、使われてるわけですね。

たとえば、お話の大枠。リベラルを装った……というか、一応自分たちではリベラルだという自己認識ではある、エリートたちこそが残忍な悪事を働いているのだーっ!っていう、これ、現実に今のアメリカで流通している——「Qアノン」とかね、いろいろ言われてますけども——流通し、実際に力も持ってしまっている陰謀論を、具現化したような人間狩りゲームが展開される。これがまあ大枠ね。

それで狩られるのは、いかにもトランプ支持者然とした、まあそっちの狩る側に比べれば明らかにお金はそんなに持ってなさそうな、庶民の白人たち、というこの構図。この構造をもってですね、これはちょっと映画の外側の話になりますけど、FOXニュースおよびトランプ大統領がですね、要するに「リベラルエリートがトランプ支持者っぽい人たちを動物のように狩りたてる、とんでもない映画だ!」って怒っちゃって。それで実際、公開が延期された、みたいな動きがあったわけですけど。

いや、どう考えてもこれ、少なくともこの部分に関して言えば、皮肉の標的になっているのは、そのリベラルエリート側ですよ? あんた方が怒るの、おかしくない?(笑) 怒る人が出てくるとしたら、どっちかというとトランプ批判者側だと思うんだけどなぁ、っていう。皮肉が通じていない、っていうね。これ、よくあることですけどね。『チーム★アメリカ/ワールドポリス』っていうトレイ・パーカー&マット・ストーンの作品を、木村太郎さんが「ブッシュ(支持者)側によるマイケル・ムーアへのカウンターだ」っていう風にテレビで紹介しているのを見て、ひっくり返ったことがありましたけど(笑)。あれをちょっと思い出しましたけども。

まあとにかく、そんな構図が大枠としてある。「実は大衆を蔑視しているエリートの暴挙」っていうのは、これはあの『ウォッチメン』でも、まさに描かれていたことでもありますよね。ただ、じゃあその被害者たるそのトランプ支持層的な人々が、この作品で全面的に好意的に描かれるのか?っていうと、そういうことでもない。そっちはそっちでやっぱり、たとえばその、「自分の信じたいことだけ信じる」人だな、とか。あるいは、疑心暗鬼に駆られて、よく考えずに迂闊かつ乱暴な行動に出て、すべて裏目に出る、みたいな。なかなかにお間抜けな人たちとして描かれる。

とはいえ、劇中で非常に邪悪に描かれる、リベラル……を自称しているブルジョワたちよりはまだ、親しみを持っては描かれている、というようなバランスなんですね。という感じだと思います。なので、さっき言ったその人間狩りゲームっていう、その実際に流通している陰謀論そのまま、っていうこの構造にも、実は1個、とんでもないツイストが用意されてもいるわけですね。実はね。陰謀論そのままじゃないか、って思っていたら実は……まあ、ちょっと、非常に荒唐無稽とも言っていいようなツイストがあるわけです。

■自称「リベラル」が内包している危険性をえぐる切っ先を自分たち側に向ける
ということで、要は、どちらかに一方的に肩入れするというようなスタンスで描かれている風刺劇ではないけれども、ただやっぱり、どちらかと言えばですね、リベラルを自称する側の欺瞞、上から目線、それがいつしか、結局その批判をしていた対象と同じレベルの、レッテル張りとヘイト、というレベルまで堕してしまうという。そういう危険性をこそ……それこそね、この間も(スタンダップ・コメディアンの)Saku Yanagawaさんが言っていた、ヒラリー・クリントンの「いやー、私は黒人文化には親しんでいて。ホットソースをいつも持ち歩いてます!」っていう(笑)。あの「ガターン!(とズッコケる)」みたいな。

そういう感じの、そのリベラル側が内包している危険性をこそ……で、それは間違いなく、その脚本コンビをはじめ作り手たちが、こっち側の、自分サイドの問題として自らに突きつけてみせた、という、そういう色が濃い作品だと思いますので。その意味でやっぱりその、人種差別問題を正面から扱った、同じ脚本家たちのテレビシリーズ『ウォッチメン』とはある種、対になる作品。だから、あちらがそういう差別的な動きというところに対する批判だとしたら、切っ先を今度はこっち側に向けた、内側に向けた、自分たち側に向けたのが、『ザ・ハント』、と言えるんじゃないかと思います。

面白いのはですね、一幕目、一通り物語上のセッティングが終わって、「さあ、人間狩り開始!」っていう……まあ劇中の視点としては、狩れれる側が「さあ、どうやって生き延びていこうか?」という物語が始まろうとしている、まさにその瞬間。まあ、普通に人間狩り物が始まるんだなと思っていた、まさにその瞬間から、通常の娯楽映画の文法に慣れきった人ほどクラックラさせられるに違いない、異様な展開が続いていく。しかもその異様な展開は、非常に実は、周到な計算に基づいている。

たとえば、ある一連のアクションとか話の流れが、どれだけの時間続くか、という時間配分とかも含めて、これは作り手たちの公式資料のインタビューを見るとやっぱり、その時間配分によって、錯覚をちゃんと正確に起こさせるように計算してるわけですけど。それも含めてですね、本当に怒涛の、クラックラさせられるような展開が、一幕目いっぱい、ノンストップで連なっていくわけですね。

で、まず僕はここで、「ああ、これ! 普通の人間狩りスリラーというよりは、ブニュエルとか、あとはヨルゴス・ランティモスとか、そういうのに近いタイプの映画だ!」っていう(笑)。すごくいい意味で「あっ、思っていたのと結構違うぞ?」っていう感覚。思っていたのと結構違うワクワク、っていう感じを味わいました。で、ですね、この一幕目。これ、ネタバレできないんで、いい仕事をしていた……非常に、特にいい仕事してるなと僕は思ったのは、まずあの『THIS IS US』のケヴィン役とかをやっている、ジャスティン・ハートリーさんという方。

これ、ルックス的に言うと、トム・クルーズとルーク・ウィルソンを混ぜたような、要は主人公顔にして絶対善人顔!みたいな。これが非常に効いているな、とか。あとは、「ここに出てくるんだ?」みたいな……エイミー・マディガンが出てくる。リード・バーニーさんとの老夫婦役で、もうエイミー・マディガンがここで急に出てくるから……まあ、キャスティング的に、これはもう何か起こるだろう、っていう感じがまあするんだけど。

この2人が出てくる頃になると、要はもう観客的には、「何が起こってもおかしくない……というか、この話はどこに向かっていくの?」っていう感じで、いい加減ちょっと不安になってくるわけなんですけど。そこでですね、満を持して登場する、先ほども言っていた主人公のキャスティングっていうのが、非常に効いてくるわけです。一応、最初の方で……あれは何をやってるかというと、葉っぱとピンで即席のコンパスを、1人で超然と作っているわけですね。つまり、只者じゃないサバイバル力を持っているらしい、っていうのは匂わせている描写があるわけですけど。

まあ先ほどから言っているように、ド派手な展開が続きますんで、そんなのもすっかり忘れた頃になってですね、ものすごーくフラットなたたずまいで……実際に、彼女だけは最初は完全な丸腰なわけですね。非常にフラットなたたずまいで、要は特にカリスマティックな主役感みたいなものは発散をせずにですね、もう本当に第一幕目も終わろうかというタイミングで、ようやく現われる……でも実はこの、事実上の主人公。これを演じてるのは、ベティ・ギルピンさんという方。

■本作最大のポイントは、新たな女性ハードボイルドヒーローの誕生
これまでもいろんな映画やテレビドラマに出てますし、特に先ほども言ったNetflixドラマ『GLOW:ゴージャス・レディ・オブ・レスリング』、まあラスベガスでの女子プロレスを描いている作品、僕もこのタイミングで遅まきながら見始めてるんですけど、これがまためちゃめちゃ面白くて。このデビー“リバティー・ベル”役っていう、これは非常においしい役なんですけども、これで高く評価されて、いろいろと賞とかを取った方なんですけども……ただ、このベティ・ギルピンさん、やはりまだそこまで、誰もが顔を知っているスター級、ということではないですし。エイミー・マディガンとかよりもさらに知られていないくらい、と言ってもいいと思うし。

そもそも今回、あえて……この人は元々はすごい美人の方なんですが、美人オーラを完全に消した、不機嫌そうな仏頂面を、ずっと崩さないんですね。なのでちょっとパッと見、過去の彼女が出てきた役と全く印象が違うので、パッと見はちょっとわかんないぐらいだったりするわけです。僕、このね、ずっとやってる不機嫌そうな仏頂面、口をこうやってしかめて……「これ、誰かに似てるな、誰かに似てるな」と思ってたんだけど、はっと思い当たったのが、「クリント・イーストウッドだ!」っていう。「若い頃のイーストウッドだ!」っていう感じですね。

加えて、この演じているクリスタルというキャラクターは、他のキャラクターたちに比べて、人となりがあんまり、はっきり分からない人物造形なんですね。まあ、アフガンに従軍経験あり、今はレンタカー屋でくすぶっている、ぐらいのことしか言われない。とにかくこの、それこそ『荒野の用心棒』のイーストウッドばりに終始不機嫌な仏頂面、そして素性も定かではない、というこの実質上の主人公。僕は、明らかにイーストウッドを、ちょっとベティ・ギルピンは意識しているんじゃないかな、と思うんだけどね。

この主人公を、脚本家のコンビはですね、「『ノーカントリー』のアントン・シガーを念頭に置いていた」とか言ってるんですけど(笑)。とにかく彼女の、何者にも媚びず屈さない、寡黙だが非常にしたたかで賢い、というこのハードボイルドなたたずまいがですね、映画を見進めるうちに、ものすごくかっこよく、魅力的に見えてくるわけなんですね。それでいてちょっとユーモラス、っていうね。相手をちょっと痛がらせて……実質的な拷問をして答えを聞き出すところとかも、こうやって傷口のところに指を突っ込みながら、「ごめんね。ごめんね。ごめんね」って無表情に言いながら(笑)。

この、新たな女性ハードボイルドヒーローというのを創造し得ている、というこの1点が、『ザ・ハント』という映画の、実は最大のポイントと言ってもいいじゃないかという風に私は思っています。要はですね、まあギンティ小林さんが言うところの「ナメてた相手が殺人マシーンでした」の、一変奏形態というかね。でも、殺人マシーンまでは行かない……「ナメてたホワイトトラッシュが、実は誰よりも賢く強い主人公でした」といったような感じですよね。はい。

■新たな女性ヒーローの誕生により、「怪作」から「快作」へ!
公式資料によればですね、そのクレイグ・ゾベル監督が、割とこのベティ・ギルピンさんに、自由にこの役柄というのを造型させ、演じさせてくれたからこそ……という風に、これ、ベティ・ギルピンさん自身が言っていたので。まあ、彼女がキャラを広げていった、デフォルメを強めていった、という部分も非常に大きいんじゃないかという感じでございます。とにかく彼女がですね、アカデミー主演賞2回受賞の、堂々たるラスボスとして登場するヒラリー・スワンク。

まあこのキャラクターが凶行に走った経緯は、ものすごく素っ頓狂だけども(笑)。ただ、寓意としてはすごく面白い。要するに今、非常にね、もうフェイク情報の時代ですよね。「ポスト・トゥルース」って何だ、って話ですけども。そういう時代に、完全にハマりきってしまった元リベラル、というような感じの役柄で。非常に寓意として面白いキャラクターなんですけど。このラスボスとして登場する……要するに、女優としての格もラスボスですよ、ヒラリー・スワンク。それと互角に対峙し、激しくもユーモラスな一大格闘シーンを繰り広げる、クライマックス。

その、ユーモラスな攻撃……ガシャーン! ガシャーン!とやってるんだけど、途中でその、高価なシャンパンボトルをね、「あっ、それはダメ!」ってキャッチしたりとか。あとは「ハア……ちょっと休憩しましょうか……」とか。あと、あれも好き。「ガラスはもう嫌!」って言うと、ドアをちゃんと開けてあげる、みたいな(笑)。で、そのクライマックスを経て、要はこういうことだと思います。その、両極の思想を持った者同士、レッテルを張り合って、殺し合ってきた、まさにその今の、現在進行形のアメリカを象徴するようなこの物語の中でですね、この、得体の知れない主人公だけが、全てのレッテルを拒絶するかのような、「個人」なんですね。

その、全てのレッテルを拒絶する個人が生き残り、勝利をしていく、というこの爽快さ。最後にね、ダスティ・スプリングフィールドという歌手の「Girls It Ain't Easy」っていう、「女でいるのは楽じゃない」みたいな1972年の曲が流れだすという、この切れ味も最高だし。最後ね、勝利の美酒に酔いながら、余裕感たっぷりで帰路につくその雄姿。僕は、『アトミック・ブロンド』ラストの、シャーリーズ・セロンすら彷彿とさせられました。

ということで、人間狩り物のスリラーとしてもこれ、もちろん面白いし。バイオレントなダークコメディ、非常にブラムハウスプロダクションっぽいダークコメディとしても面白い。そして、ブニュエルばりと言ってもいいと思います、ブルジョワ風刺劇としてもしっかり面白い。しかしその上で、やっぱりそこから突き抜けて……さっき言ったように、こういう頭で考えて作られる枠組みを超えて、演者自らが発散する魅力で、ハードボイルドかつ、新時代に本当にふさわしい、賢く強い、でも得体が知れない、ユーモアにも溢れていて、ガサツでもある……「おーい、タバコの値段!」みたいな(笑)。あ、ちょっとこれはネタバレかな?

そんな女性ヒーロー像、これをクリエイトしてみせたというこの1点において、この一作は、いわゆる「面白いね」っていう奇っ怪な「怪作」から、これは爽快!っていう「快作」にまで、ちゃんと着地しているという。これ、ベティ・ギルピンさん、本当に最高で。これは何か賞とか取ったりしないかな?っていうぐらい、僕は見事なもんだと思いましたね。

ということで、もちろん90分にまとまった、いわゆるB級スリラーとして楽しむ、という枠組みの中でこれをやるから面白い、というものでもあるから。「映画史に残る傑作!」とか、そういうことではないかもしれない……でも、わかんないな。このベティ・ギルピンは、結構残ってもいいかもな。ということで、アメリカ大統領選大混迷、大混戦を極めるこの真っ最中に、今、劇場で見られる日本のこのタイミングでこそ、見る価値がめちゃめちゃありますので。今こそ、劇場でウォッチしてください!

(CM明け)

宇多丸:ちなみに、(金曜パートナー)山本(匠晃)さんお気に入りの、途中のね、アメリカ大使館員(※宇多丸補足:演じているのは『ブルーリベンジ』『グリーンルーム』などのメイコン・ブレア!)に連れられていくところで流れる曲は、ボビー・ジェントリーさんの「Mississippi Delta」という1967年の曲。とか、あとはスーパーマーケットのくだりの、最後のところでバーンと流れ出す、ザ・レインコーツの「Fairytale In The Supermarket」という、パンクの曲とか。曲のセンスもすごくよかったですね。

山本:嬉しい! やっと知れた。ありがとうございます!

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『ウルフウォーカー』です)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

宇多丸、『ザ・ハント』を語る!【映画評書き起こし】

◆11月6日放送分より 番組名:「アフター6ジャンクション」
◆http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20201106180000

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