将来の人口減少を見据えて、JR各社の赤字ローカル線はバスに置き換える事でコストを削減する事を真剣に検討してほしいと筆者は考えます(経済評論家 塚崎公義)。



■JR赤字ローカル線の費用は大都市の利用者が負担している



JR各社は、地方の赤字ローカル線を抱えています。

「地方の人が可哀想だから、赤字でもローカル線は維持してあげよう」と考えがちですが、その際に考えて欲しいのは、そのコストを誰が負担するのか、という事です。



ちなみに本稿では、わかりやすくするために国土を「大都市」と「地方」に2分して議論します。もちろん、実際には地方と言ってもさまざまなわけですが、簡素化するためですので、ご理解下さい。



さて、赤字ローカル線の費用は、大都市の乗客が負担しているわけです。乗客自身が負担している場合も勤務先が通勤手当として負担している場合もあるでしょうが。



それを理解した上で、大都市の人々が「そうした負担は我々都市部の人間が喜んで背負うから、是非とも地方の人々のためにローカル線を維持してあげてくれ」と言うのであれば、もちろん問題ないわけですが、そうでない場合には、広く議論されるべきでしょう。



■JR赤字ローカル線には代替手段がある事に注目



民主主義社会だからといって、なんでも多数決で決めれば良いというものではありません。



たとえば「掃除当番を毎日同じ人に担当させる」というような法案は、多数決をすれば通るかも知れませんが、正義とは言い難いでしょう。



あるいは、「少数の障害者のための設備を作る費用を多数の健常者が負担する」といった法案については、多数決をすれば通らないかも知れませんが、是非とも実現させたい所です。

その意味では、地方の人々が本当に可哀想で、「鉄道を廃止されたら生活できない」という状況か否かが重要となります。

少数者が生活できなくなるような決定を「多数の横暴」で行ってはならず、大都市の人々が費用を負担せざるを得ないからです。



しかし幸い、赤字ローカル線の場合には、廃止しても問題は小さそうです。

たとえばバス路線で代替する事によって、地方の被る被害は相当程度軽減する事ができるわけです。



もちろん、地方の人々の多くは赤字ローカル線の存続を望むでしょうが、望みをすべて叶えるために都市部が莫大な負担を強いられるとすれば、その必要は必ずしもないでしょう。



人口が増加し、経済が発展しているならば、赤字ローカル線を維持する事は可能かも知れません。また、維持することで東京一極集中が予防できるなら、多少のコストを支払っても維持すべきかも知れません。



しかし、人口が確実に減っていき、赤字ローカル線の乗客数が更に減少していく事がほぼ確実である現在、「今の赤字額なら何とか都市部が負担できるが、10年後は無理だろう」という路線も多いはずです。



それなら、はやめに「見切りをつけ」て、バスに転換しましょう。その分、バスの運行本数を増やす等々にコストを振り向けてはどうか、というのが私見です。



余談ですが、物には限度があります。「100歳の末期癌の高齢者を1日延命するための薬が1億円だとしても国民全体で負担すべきか」と言われると筆者は尻込みしてしまいます。



それと同様に、ローカル線が廃止されるとバス代替では生活できなくなる人がゼロではなくて数人いたとしても、「数人のために何百億円ものコストを払って運行を続ける」という選択肢は避けたいですね。



そうした場合には、莫大な補助金を支払って都市部に転居していただくといった「割り増し退職金」的な発想も必要となるでしょう。



■JR赤字ローカル線の転換は政治的には容易ではない



赤字ローカル線廃止法案は、対象地域に住む少数の地方住民が徹底的に反対する一方で、非対象地域の都市部住民はそれほど熱心に推進運動を繰り広げたりしないでしょう。



非対象地域の住民にとっては、大勢が少しずつ利益を得るだけなので、わざわざ推進運動を繰り広げるほどのインセンティブは持たないからです。



これは、農産物の輸入自由化の際にも見られるものです。



少数の農家が徹底的に反対する一方で、多くの非農家は「外国の農産物が少し安く買えるようになるのは嬉しいけれど、積極的に賛成運動に参加するほどのインセンティブは無い」と考えるわけですね。



政治が「多数派の小さいインセンティブの合計」を上手に吸い上げて政策に活かしてくれる事を期待したい所です。



■人口減少社会での国土のあり方を議論すべき



鉄道の話を離れて、そもそも人口減少社会において国土をどう活用していくのか、という事も考えておきたいところです。



日本の人口が減っていけば、当然過疎地の人口も減って行くでしょう。過疎地は高齢者の比率が高く、また若者が都会へ出て行くとすれば、都市部への人口集中が進んで過疎地が一層過疎化します。



たとえば数人の高齢者だけが暮らす山奥の集落のために、道路を維持し、電気やガスや水道を供給し続ける余力が日本経済にあるのか、という事は真剣に議論する必要があると思います。



もちろん、住み慣れた土地を離れたく無いという人を無理やり都市部に移住させる事はできません。莫大な移住奨励金を支払って移住していただいたほうが、各種行政サービスを提供し続けるよりも安く済むかも知れません。



企業がリストラする時には、「割り増し退職金」を支払う事がありますね。それと同じ発想で、限界集落に「割り増し退職金」を払って集落ごと移住してもらう、という発想です。



これについても、「過疎地の高齢者が可哀想だから行政サービスを維持しつづけるべき」という人はいるでしょうが、そういう人には是非「過疎地の高齢者が可哀想だから行政サービスを維持しつづけてほしい。そのために必要なコストは我々都市部の住民が負担しつづけるから」と明言して欲しいものです。



本稿は、以上です。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、厳密さより理解の容易さを優先しているため、細部が事実と異なる場合があります。



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