投資家を含む市場関係者の一部では、現在も、金価格が上昇すると株価が下落していると認識されています。しばしば、金価格が上昇するシナリオを述べると「物騒なことを言うな」という趣旨の、やんわりとしたお叱りをいただくことさえあります。
株安でも金(ゴールド)安が起きている
図1は、S&P500種指数(月間平均)の推移を示しています。グレー(灰色)の帯は、価格が比較的大きく下落したタイミングを示しています。○○危機や、△△ショックなどと呼ばれた急落時です。
図1:S&P500の推移(月間平均)と10度のショック
価格(月間平均)の急落直前を起点、回復開始を終点とすると、ブラックマンデーは1987年10月から1987年12月まで、貯蓄貸付組合(S&L)危機+景気後退は1990年7月から1990年10月まで、ITバブル崩壊は2000年3月から2003年3月まで、リーマン・ショックは2007年10月から2009年3月まで、だといえます。
また、欧州債務危機・米国格下げショックは2011年5月から2011年10月まで、チャイナショックは2015年5月から2016年2月まで、コロナ・ショックは2020年2月から2020年3月まで、インフレ・利上げショックは2022年1月から2022年10月まで、トランプ関税ショックは2025年2月から2025年4月まで、イラン戦争ショックは2026年2月から2026年3月(継続中)まで、だといえます。
図2は、こうした1980年以降の10度のショック・危機と呼ばれた価格急落時の、S&P500、そしてニューヨークの金(ゴールド)先物の騰落率を示しています。
図2:S&P500の10度のショック時の騰落率(NY金先物とともに 月間平均ベース)
2010年ごろ以前は、株安(S&P500下落)時に、金(ゴールド)高が目立っていましたが、それ以降は、金(ゴールド)相場がそれほど上昇しない、あるいは株とともに下落する動きが目立っています。
おおまかには、2010年ごろ以前は、株の急落時に金(ゴールド)価格が上昇する傾向があったといえますが、それ以降は、この傾向が低下しているといえます。
株高でも金(ゴールド)高が起きている
図3は、S&P500における危機・ショック期以外の、タイミングを示しています(赤の帯)。
図3:S&P500の推移(月間平均)上昇・堅調期(ショック期以外)
図4は、こうしたS&P500における危機・ショック期以外のS&P500、そしてニューヨークの金(ゴールド)先物の騰落率を示しています。
図4:S&P500の10度の上昇・堅調期の騰落率(NY金先物とともに 月間平均ベース)
2010年ごろ以前は、しばしば、株高(S&P500上昇)・金(ゴールド)安が起きましたが、それ以降は、ほとんどのタイミングにおいて、株と金(ゴールド)が同時に上昇しています。
おおまかには、2010年ごろ以降は、株高と金(ゴールド)高が、ほとんど同時に進行してきたといえます。
金(ゴールド)高は株安の原因ではない
先ほどの、図2、4を踏まえると、2010年ごろ以降、金(ゴールド)はほとんどのタイミングで上昇し続けてきたことが分かります。
「長期視点」では、2010年ごろ以降、株が上昇しても下落しても、金(ゴールド)相場は上昇してきたといえます。
図5:S&P500とNY金(ゴールド)先物の価格推移(月間平均)
S&P500と金(ゴールド)の相関係数は、1980~2009年が「0.19(ほぼ無相関)」、2010~2026年(3月まで)が「0.82(比較的強い相関)」でした。2010年以降、株と金(ゴールド)が同時に上昇してきたことが分かります。このことは、必ずしも金(ゴールド)高が株安の要因にならないことを示しています。
図5に示したとおり、株と金(ゴールド)の値動きの関係に劇的な変化が生じたタイミングは、2010年ごろだったといえます。ここで重要なキーワードは、「エビデンス(証拠)」と「ナラティブ(物語)」です。
相違点は複数ありますが、共通点もあります。「人々の行動のきっかけ」です。エビデンス(証拠)が明示されていたり、美しくワクワクするナラティブ(物語)が添えられていたりする商品の売り上げは、そうでない商品に比べて大きくなるといわれています。
消費者の心理を「エビデンスがしっかりしているから信頼できる」「ワクワク感が生じて購入後が楽しみになった」などの状態に誘引することにより、売り上げ増加が期待されます。こうした消費者の特性を逆手に取り、多くのマーケターやコンサルタントらは、日夜、エビデンスを用意したり、ナラティブを創造したりしています。
図6:エビデンスとナラティブについて
「長期視点」では、図2、4、5で確認したとおり、2010年ごろ以降、「株と金(ゴールド)は逆相関」という通説は、直観的には伝わるものの、数値・事実を伴わない物語(ナラティブ)になっている可能性があります。
たしかに、「株と金(ゴールド)は逆相関」というナラティブ(物語)は、直感的に伝わりやすく、図2で示した2010年ごろ以前に見られた、株が急落している時に金(ゴールド)が急騰していた様子は、「金(ゴールド)は株のマイナスを補完する立役者」というナラティブ(物語)を生み、今でも一部に根強く残っています。
とはいえ、2010年ごろ以降、金(ゴールド)が、株が上昇しても下落しても、長期上昇トレンドを演じていることを考えれば、2010年ごろ以前にできたナラティブ(物語)に頼った分析は、通じにくくなっていると言わざるを得ません。
もともと、エビデンス(証拠)とナラティブ(物語)は、対立関係ではなく補完関係であることを考えれば、金(ゴールド)相場の分析においては、「エビデンス」の要素を大きくし、エビデンス(証拠)とナラティブ(物語)を併用することが望まれます。
エビデンス(証拠)とナラティブ(物語)
では2010年ごろ以降の、つまり現代の金(ゴールド)相場を分析する際に、どのようにエビデンス(証拠)とナラティブ(物語)を用いればよいのでしょうか。図7のとおり、筆者はエビデンス(証拠)を中長期・超長期のテーマ、ナラティブ(物語)を短中期のテーマに据えるとよいと考えています。
図7:ドル建て金(ゴールド)価格の変動イメージ(2026年2月28日以降)
ここで言う(1)非伝統的な有事は「有事の金(ゴールド)買い」、(2)代替資産は「株と金(ゴールド)は逆相関」、(3)代替通貨は「ドルと金(ゴールド)は逆相関」のことです。
短中期的に、2010年以前から一部の投資家を含む市場関係者の間に伝わる、こうした三つの「ナラティブ(物語)」は、短中期的なテーマとして、機能していると考えられます。
例えば、過去数秒間から数カ月間程度の金(ゴールド)の値動きは、ほぼこの三つのナラティブ(物語)がもたらす上下の圧力を相殺することで説明できます。短中期的な値動きこそ、ナラティブ(物語)が役立つといえます(ナラティブ(物語)を用いた短期視点の分析については、次回以降に述べます)。
数年間や数十年間といった長期視点の金(ゴールド)の値動きを分析する際、三つのナラティブ(物語)は、図5が示しているとおり、あまり役に立ちません(一部例外あり)。
2010年ごろ以降の、長期視点の「株高・金(ゴールド)高」については、以下の経路が一因で起きていると考えられます。
図8:2010年ごろ以降の株高・金(ゴールド)高の一因
エビデンス(証拠)を伴う長期のテーマ
次に示すのは、図7で示した(6)中央銀行と(7)非伝統的な有事に直接的に関わるデータです。この点が、エビデンス(証拠)であり、ナラティブ(物語)と異なる点です。
世界的な金(ゴールド)の統計を収集・算出・公表する「ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)」は、世界全体の中央銀行の買い超し・売り越しの量を公表しています。
購入から売却を引いた量が「買い越し量」です。図9は(6)の中央銀行に関わる、中央銀行全体の買い越し量の推移を示しています。図8で示した2010年ごろからはじまったと考えられる世界情勢の激変の流れが一因となり、ほぼ同じタイミングである2010年から買い越しに転じています。
図9:中央銀行による金(ゴールド)買い越し量の推移(2025年まで) 単位:トン
2025年の中央銀行全体の買い越し量はおよそ863トン超でした。この量は、金(ゴールド)の全需要のおよそ17%にあたる大きな規模です。こうした、2010年ごろをきっかけとした中央銀行の動向が、金(ゴールド)相場の長期視点の「土台」の一つとなっているといえます。
図10は、その中央銀行が金(ゴールド)の買い越しを継続したことに関わりが深い、世界の自由度・民主度が低下したことを示す自由民主主義指数の推移です。(7)の非伝統的な有事が拡大していることを示すデータの一つです。
同指数はV-Dem研究所(スウェーデン)が算出・公表しています。法の支配、裁判制度、言論の自由など、多数の民主主義に関わるデータをもとに算出されています。図10のとおり、この指数はおおむね世界全体の自由度・民主度の大きさを示してきました。
図10:世界の自由民主主義指数(人口加重平均)
この指数が、2010年ごろを機に、急低下しています。2025年は0.273と、1960年代の冷戦期と同等の水準まで低下しました。背景に、図8で示した世界全体の大きな流れがあると、考えられます。
時間軸が長いテーマである(6)中央銀行と(7)非伝統的な有事は、データを伴っています。こうしたデータは、長期視点で金(ゴールド)相場を支える「土台」の役割を担っているといえます。2010年ごろ以前に生まれた直観的なテーマであるナラティブ(物語)の要素が強いテーマと、一線を画すテーマでもあります。
ナラティブ(物語)は、直感的であり納得しやすいという特性があるものの、実態(値動き)がそのとおりでなければ、重視するべきではありません。投資家の皆さんを含む市場関係者の多くは、投資の際、重要視しているのは値動きであって納得感ではないはずです。
「納得感があれば、損をしてもよい」という投資家・市場関係者はいないはずです。引き続き、金(ゴールド)相場の分析にあたる際は、図7を参照の上、ナラティブ(物語)とエビデンス(証拠)を切り分けていただけると、良いように思います。
[参考]貴金属関連の具体的な投資商品例
純金積立
純金積立・スポット購入
投資信託
三菱UFJ 純金ファンド
ピクテ・ゴールド(為替ヘッジあり)
楽天・ゴールド・ファンド(為替ヘッジなし/あり)
楽天・プラチナ・ファンド(為替ヘッジなし)
中期:
関連ETF
SPDRゴールド・シェア(1326)
NF金価格連動型上場投資信託(1328)
純金上場信託(金の果実)(1540)
NN金先物ダブルブルETN(2036)
NN金先物ベアETN(2037)
GXゴールド(425A)
SPDR ゴールド・ミニシェアーズ・トラスト(GLDM)
ヴァンエック・金鉱株ETF(GDX)
短期:
商品先物
国内商品先物
海外商品先物
CFD
金(ゴールド)、プラチナ、銀、パラジウム
(吉田 哲)

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