特集『セ・パの実力格差を多角的に考える』
第8回 投手力の差

「じつは去年の日本シリーズの5戦目に新聞の評論を頼まれていたんだけど......一昨年が4戦で終わったから『今回も(5戦目は)ないんじゃないの』って冗談で言ったら、そのとおりになるんだから、まいったよ(笑)」

 セ・パの力量差を思わぬところで実感させれられた佐藤義則は、阪急、オリックスで22年間現役としてプレーし、引退後はオリックス、阪神、日本ハム、ソフトバンク、楽天の指導者としてプロ野球界を渡り歩き、現在は関メディベースボール学院という社会人のクラブチームの統括投手コーチを務めている。

セ・パ投手の「差」はどうして生まれたのか。佐藤義則が解説する...の画像はこちら >>

田中将大(写真左)をはじめ多くの投手を育てた佐藤義則氏

 両リーグの力量差が生まれた理由について尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「現場で感じていたのは、まずドラフト。90年代前半から10年ちょっと続いた逆指名時代のところだよね。毎年、高い評価の大学生や社会人の投手がプロへ入ってきたけど、そのなかで期待どおりに活躍したのは何人いたか。巨人を筆頭にいい投手が逆指名で入ったけど、思ったほど活躍しなかったイメージがあるよね。

 逆にパ・リーグは、その時期に高校生のいいピッチャーを獲って、それが太い柱になっていった。逆指名以外のところはクジ運もあっただろうけど、その10年くらいの間でパ・リーグのピッチャーのレベルが一段と上がったと思うし、その流れが今の差につながったひとつの要因じゃないかな」

 もちろん、セ・リーグの逆指名組にも上原浩治川上憲伸黒田博樹、岩瀬仁紀、吉見一起など、評判どおりの活躍を見せた投手はいる。

ただ、佐藤がそう語った大きな理由は、この時期にパ・リーグへ入ってきた高卒投手たちの印象があまりにも強烈だったからだろう。

 斉藤和巳松坂大輔ダルビッシュ有涌井秀章、田中将大......実力、話題性を持った高校生が続々とパ・リーグへ進み、リーグの顔となっていった。

 逆指名制度が終わったあとも、菊池雄星大谷翔平、佐々木朗希ら、スケール感たっぷりの逸材がパ・リーグへ進む流れは続き、さらに下位指名や育成指名の高卒組からも千賀滉大、山本由伸といった球界を代表する投手が育っていった。

「あくまで確率の話だけど、柱となる投手は"高卒"というのが実感としてある」と佐藤は言う。早い段階で実力を評価され、消耗も少ない高卒投手は大きな可能性と魅力を秘めている。

 続けて、パ・リーグとセ・リーグの投手の性質の違いについて聞くと、佐藤は「パ・リーグは強いボールを投げる投手が多いよね」と言った。

「最近は速いボールを投げるピッチャーが多くなって、150キロも珍しくない。もちろん、スピードも大事だけど、オレが思う一番はボールの強さ。スピードガンでは145キロでも、打者の手元までスピンが効いて、バッターが狙っていても簡単にとらえられない球。このボールがあればストライクゾーンで勝負できるんだよ」

 現役時代の佐藤も全身を使ったダイナミックなフォームから強いボールを投げ込む本格派だったが、そうしたボールを投げるために必要なものは何なのだろうか。

「一番は腕を振ること。そのためにやるべきことはいろいろあるんだけど、MAX 140キロの投手が150キロは出せなくても腕をしっかり振っていけば強いボールを投げられるようになるし、変化球もキレるようになる。

パ・リーグの一線級の投手はボールが強いし、決め球となる変化球もすごいでしょ。千賀のフォーク、石川(柊太)のカーブなんかもセ・リーグのバッターはびっくりしたはずだよ」

 さらに、強いボールが生まれる素地として、パ・リーグの打者へと話は広がっていった。佐藤は「極端に言えばだけど......」と前置きしたうえで、両リーグの打者の特徴を挙げた。

「追い込まれたあとのバッティングを見ていると、当てにいくスイングが多いのがセ・リーグで、三振も凡打も一緒だとフルスイングするのがパ・リーグ。オレがプロに入る前からパ・リーグにはパワーヒッターが多くて、しっかり強く振る打者が多かった。だから、ピッチャーはその振りに負けないボールを投げようと、強いボールを磨いていったんだよね」

 強く振って、強く投げる。

パ・リーグ野球の伝統と言えるが、その文化の定着に一役買ったのがDH制だろう。佐藤もこれについては大きく頷いた。

「DHの影響は大きいよね。オレが阪急に入る少し前にDH制が採用されて、外国人の打つ専門の選手や門田(博光)さんたちがそこに座ってね。豪快に振ってくるバッターが多く、また当時は球場のサイズも小さかったから、とにかく力負けしないように必死だった。

 日生球場(近鉄の本拠地)なんて打球が上がったらホームランかって思うくらい狭かった。

あのなかで投げていたら、バッテリーは当然低めへの意識が強くなるんだけど、オレはコントロールがないほうだったから投げ切れない。そうなると、やっぱりボールの強さがないと戦えないから、そこを徹底的に鍛えたんです」

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 一方で、打者もエース級の強いボールを打ち返そうとスイングを磨き、まさに相乗効果となってパ・リーグの力強い野球は定着していった。

 数年前、パ・リーグの打者数人に交流戦での強さの理由を尋ねたら、「ダルビッシュやマー君(田中将大)といつもやってますから」という声が多く聞かれた。投手が打者を育て、打者も投手を育てる。そうした一連の流れが、パ・リーグのレベルを引き上げていったのだろう。

 また、佐藤はパ・リーグの野球について、わかりやすい事例を挙げて紹介した。

「フルカウントで何を投げるのか、というところにもセ・リーグとパ・リーグのカラーが出るよね。セ・リーグは変化球を選択する率が高いけど、パ・リーグはストレート率が高い。もちろん、変化球の時もあるけど、フォアボールを出すぐらいならストレート勝負という考えがパ・リーグの投手にはあるはず。それにパ・リーグのキャッチャーはイケイケタイプの選手が多いように思うよね。オレはほとんどパ・リーグしか知らないけど、見ている印象として、それはあると思う」

 パ・リーグしか知らないと語る佐藤だが、2002年から3年間、阪神の投手を務めた経験がある。その間、両リーグの違いを実感することはあったのか。

「阪神の時は星野(仙一)さんが監督で、投手をしっかりつくっていこうとやっていた。優勝した2003年は井川(慶)が20勝して完投もまずまず多かった(8個)し、リリーフ陣も盤石で、戦う形がきっちりできていたので、とくに難しさもなかったし、差を感じることもなかった」

 それよりも佐藤の記憶に鮮烈に残っているのが巨人打線だという。

「あの打線は強烈だったからね、高橋由伸松井秀喜清原和博のクリーンアップに、江藤智や阿部慎之助が下位にいる。東京ドームは逆方向でもすぐホームランになるし、イメージとしたらパ・リーグで戦っている時と近い感覚でした。とにかく、ああいう打線は逃げたらダメ。だから、しっかり腕を振って、胸元に強いボールを投げろとよく言っていました」

 さてこの先、両リーグの力関係はどうなっていくのか。これについて佐藤は「セ・リーグ を圧倒的な強さで勝った巨人が、2年続けて日本シリーズで1勝もできないんだから。巨人はもちろん、セの他球団もいろいろ考えるでしょう」と巻き返しを期待しつつも、こう続けた。

「パ・リーグというか、ソフトバンクのレベルが高いからね。そことの比較となると時間はかかるかな。去年の日本シリーズでも、ソフトバンクの出てくるピッチャーは次から次と150キロをマークして、強い球を投げていたでしょ。全国的に知名度のないピッチャーでも平気でそういうボールを投げるんだから。あれを見せられるとねぇ......。

 そう考えると、やっぱり入り口の話になってくる。まずは選手を見る眼力、そして選手を育てるノウハウ。積み重ねてきた結果の今だろうから......。その強いソフトバンクに『どうやったら勝てるのか』と切磋琢磨しているパ・リーグの球団は鍛えられるわけで、セ・リーグがその差を埋めるのは簡単じゃないだろうね」

 いずれにしても、長い時間をかけて両リーグのカラーや力量差が出たのであれば、その差を埋めるのにも相応の時間がかかるということなのだろう。