1月26日、第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に臨む日本代表メンバー30人が発表された。
WBCは各国のスーパースターが集うステージであるとともに、新スター候補を生み出す舞台でもある。
カージナルスで流行した「胡椒挽き」パフォーマンスを行なうヌートバー
「正直なところ、自分のことを"ゼロ・ツール・プレーヤー(=主だった武器のない選手)"だと思っている。自分には特別な長所はない。(大谷)翔平やマイク・トラウトなどのように突出した能力があるわけではないので、フィールドで一生懸命プレーし、全力を尽くすだけ。そして最高のプレーヤーになろうと思っている。
現地時間1月15日、セントルイスの本拠地ブッシュスタジアムで行なわれたファンイベントに出席した際、ヌートバーは謙虚にそう述べた。しかし、本当に"ゼロ・ツール・プレーヤー"だったら、栗山英樹監督からチーム入りを望まれることはなかったはずだ。
ヌートバーの特殊な経歴に関しては、日本でもさまざまな形で報道されている。日本人の母、オランダ系アメリカ人の父のもとに生まれた日系人で、「タツジ」という日本名も持っている。日本食が大好きで、少年期の朝ごはんには納豆ご飯と梅干しを好んだという。2006年の日米親善高校野球大会では、日本代表チームのメンバーを自宅にホームステイさせ、田中将大や斎藤佑樹と写真を撮ったこともあったという。
そんなストーリー的な面白さだけでなく、当然ながらヌートバーは確かな実力も備えている。
【ブレイク候補に挙がる理由】
カージナルスでの2年目を過ごした昨季はリードオフマンとして起用され、108試合で打率.228、14本塁打、出塁率.340をマーク。一見すると平凡な数字に思えるかもしれないが、メジャーに本格的に慣れてきたオールスター以降は200打数で10本塁打、出塁率.366、OPS.846と好成績を残した。
中でも後半戦の四球率16.7%は、メジャー全体でもアーロン・ジャッジ(21.8%)、ファン・ソト(20.7%)、新人王投票で2位だったアドリー・ラッチマン(16.7%)に次ぐ4位。この順位からも、メジャー有数の名門球団であるカージナルスで"売り出し中"のヌートバーの実力が伝わってくる。
米スポーツサイト『ブリーチャーズレポート』は1月9日に発信した記事内で、次のような解説とともに、ヌートバーを「今季にカージナルスでブレイクが期待できる選手候補」に選出していた。
「2022年のヌートバーの出場機会のうち、80%はプラトーン(先発投手の利き腕によって、右打者と左打者を使い分けること)で得たもの。
実際に選球眼、パワー、外野のすべてのポジションを守ることができる守備力、強肩、そして甘いマスクまで備えた25歳の未来は明るい。今年中にスターダムにのし上がっても不思議はないだろう。そんなヌートバーのプレーを、今季の開幕前に、母国代表の一員として見ることができる日本のファンは幸運なのかもしれない。
ハイレベルな戦いが予想される今回のWBC でも、ヌートバーは大きな戦力になるはずだ。また、ヌートバーが"ムードメーカー"としても最適の人材であることも見逃せない。
物怖じしない明るい性格ゆえ、セントルイスではすでに人気者。ブッシュスタジアムでも打席に立つ際には、観客席からニックネームである「ヌート!」という声援が送られるようになった。
ヌートバー本人も、日本代表入りに際して「チームを盛り上げる存在でいたい」と目標を語っている。単なる"お調子者"なわけではなく、その場の空気を読む聡明さも持ち合わせているのが心強い。
【侍ジャパンでも「胡椒挽き」が出るか】
「自分らしくいようと思っている。他の選手たちと親しくなれたら、チームにスパークをもたらす"エナジーガイ"になりたい。
そんなヌートバーが侍ジャパンに持ち込もうと思案しているのが、昨季のカージナルスで流行した"胡椒挽き(ペッパーミル)"パフォーマンスだ。
パフォーマンスが生まれたのは、カージナルスがやや苦戦していた昨夏、控え捕手のアンドリュー・キスナーが「厳しい状況でも"grind(何とかこつこつ粘り抜く)"しよう」と言い出したことがきっかけだ。この「grind」という単語には、胡椒などを"挽く"という意味もあることから、誰かが好打するたびに、ベンチで選手たちが胡椒を挽くように手をぐるぐる回す仕草が流行したのだ。
やがてベンチには本物の胡椒挽きが持ち込まれ、ヌートバーが中心になってのセレブレーションはセントルイスで人気になった。
「(侍ジャパンでも)背景を話して、気に入ってもらえたらやるし、そうじゃなかったらやらない。楽しい部分を持ち込んで、みんながどう反応するか見てみたい。みんなが望んでくれたらぜひやりたいね」
現状、日本語の会話は「まだ初歩的な言葉だけ」というヌートバーだが、コミュニケーションが得意なだけに侍ジャパンに馴染むのも早そうだ。粘りを意味する「grind」のニュアンスが日本人に理解されるかはわからないが、そのセレブレーションが定着したら面白い。
このパフォーマンス以外にも、天性の"陽キャ"であるヌートバーがどんなリーダーシップを発揮するかも楽しみだ。もちろんチームにどういった形でハマるかはわからないが、うまくフィットすれば大きい。ヌートバーが"らしさ"を発揮し、セレブレーションが浸透するということは、日本が好調なプレーを続けて勝ち続けることを意味するに違いないからだ。