「選手から嫌われたら自分の器量がなかったということ」ソフトバ...の画像はこちら >>

昨年11月、ソフトバンクの1軍投手コーチに就任し、会見に臨んだ斉藤和巳

今シーズン、福岡ソフトバンクホークスの1軍投手コーチに就任した斉藤和巳氏。10シーズンぶりの現場復帰となる。
現役時代は沢村賞を2度受賞するなど、球界を代表する投手として数々のタイトルを獲得。そんな斉藤氏が、現在の心境やコーチとしての心得などをざっくばらんに語ってくれた。

──投手コーチに就任し10シーズンぶりの現場復帰。PayPayドームに通うのも懐かしいのでは?

「ホンマにそう思います。でも、球場に着いて選手ロッカーじゃなくてコーチ室に向かう。オープン戦の初日は違和感がありました」

──グラウンドに出るまでのルーティンなども選手時代と全く違いますか?

「コーチ1年目だからルーティンが何もない(苦笑)。

基本的にはミーティングの時間までに来ればいいですけど、周りのコーチの皆さんや藤本(博史)監督は結構早く球場に来られています。自分も選手時代は18時開始のナイターでも午前中には球場入りしていました。全体練習の前にストレッチをしたり体を動かしたりして"練習の前の準備"のために。コーチとしての流れもこれからできていくでしょう」

──春季キャンプもコーチとして過ごしたのは初めてです。いかがでしたか?

「昨年の秋キャンプからチームに合流しましたが、やっぱり秋と春は全然違います。春キャンプは鍛錬だけでなくアピールの場。

結果次第で選手たちの気持ちも動く。正直、全員が前向きになれるわけじゃない。そこが難しい部分ですけど、選手にはやっぱり前を向いてもらわないとね。開幕メンバーはどうしても絞られるけど、1年間そのメンバーだけで戦うわけじゃない。みんなが戦力やから、それは常に考えていましたね」

──選手時代のキャンプは体の疲労だったと思いますが、コーチになると頭が疲れたのでは?

「ホンマそれ(笑)。ホテルに戻って部屋に入ったらぐったり。

立ちっぱなしとはいえ運動なんかほとんどしてないのにね。脳の動かし方、使い方が全然違うから。でも、ペナントレースが始まっても、今年1年はすべてが初めてのこと。これは今年1年間続くやろなって思っています」

──現役時代には無縁だったメモをとることも、コーチ就任後に始めたとか。

「みんなが思ってるほどいろいろ書いてるわけじゃないし、ホンマにメモをする人からすれば全く書いてないほうですよ。選手の特徴とか性格、考え方とかね。

だいぶ把握もしてきたから書く量も減ったけど、自分が小中高の頃でもこんなに文字を書いたことはなかったな。今が人生イチよ(笑)」

──キャンプに関しては、思うように行なうことができましたか?

「できたと言っていいんやけど、正直もっとできるんちゃうかな、こうしたほうがいいかな、これはどうなんやろなと思うことはありましたね」

──物足りさなさがあった?

「それもありました。ただこれは不満とかじゃなく、自分がいなくなった10年で、流れや習慣みたいなものが随分変わったなと感じました」

──斉藤コーチが現役の頃と比べれば、ブルペンの投球数など随分変わりましたよね。

「それは特に何も思わへんよ。選手が大切なのは結果を出すこと。結果を残すための方法をとっていると思ってるから、そこはみんなを信じています。

そのなかで結果が出なかった時は、自分のなかでしっかり言葉にして、定期的に選手に伝えるようにしています」

──改めてホークスの投手陣をどう見ていますか?

「今年に関しては(力が飛び)抜けてる選手がいない分、競争が激しくなるのは当然ですね」

──そのなかで開幕投手にはプロ4年目の25歳、大関友久投手を指名。大きな決断だったのでは?

「いや、全然。自分はキャンプ前からアリやと思っていました」

──開幕の対戦相手であるロッテとの相性も考えたのでしょうか?

「相性もよく言われるけど、それだけで決めてはいないです。相性で開幕投手を選ぶチームは魅力がないでしょ。ホークスはパ・リーグの先頭に立っているという自負を持っている球団。相性で選ぶのは、弱者の考えのような気がします。

ただ、もちろん大関を選ぶ過程において、我々のなかで相性の議論もしましたよ。2カード目がオリックス戦というのも考えましたし。でも、大関を最終的に選んだのは相性のよさが理由じゃないのははっきりと言えます」

──斉藤コーチ自身も開幕投手を何度も経験。立場が人を変えると言いますが、大関投手からも開幕投手に指名後、何か変化を感じますか?

「彼の場合、俺とは違うから(笑)。大関は元々真面目で、コツコツできるタイプ。まさしく俺の場合はそういう立場に立たされたことで変わらせてもらった人間。ただ、大関にしてもこの経験でまた次のステージへいける。これは経験者しかわからへん。いいことばかりではなく、苦しみもあると思います。緊張もする。でも、成長に苦しみはつきもの。それをどう乗り越えていくか。また、大関に限らず、たとえば藤井(皓哉)も今季は先発に挑戦するし、板東(湧梧)だって『年間通してローテを守ろう』と必死にもがいている。それぞれ新しい場所に立てば、それまでと違う苦悩は必ずやってくる。そうして次の段階に向かっていける。今年はそんなシーズンにもしたいと思います」

── 一方で、開幕候補には東浜巨、石川柊太という年齢も実績も上の投手もいました。彼らについては?

「本人たちが『開幕を目指す』と言葉にしていました。石川に関しては藤本監督が直接話をされていたので、東浜は自分のほうから話をすると言いました。この先のこととか、いろいろ話をしました。悔しい気持ちもあったかもしれない。それならば、違うパワーに変えていけばいい。というか変えていくしかない。腐るのは誰でもできます。でも、腐ってしまえばそこで終わり」

──東浜投手はキャンプ中、自身の状態も上がらずずっとフラストレーションを溜めていたと自分で認めていました。しかし、キャンプの最後になって表情がパッと明るくなった。"和巳効果"もあったのでは?

「そんなことないんじゃない? 自分自身の調子とか感覚がちょっとずつ出てきたからだと思いますけどね。まあ、その答えは本人しか持ってませんからね。とにかく俺は選手のためになることを思いながら、選手と時間を過ごすだけやから」

──指導者人生を歩むにあたり、理想にしているコーチ像はありますか?

「現役時代にいろんなコーチの方にたくさん教わりましたが、誰かを真似るという考えはあまりないですかね。自分の思ったこと、感じたことを言うほうが合っていると思う。ただ、解説者時代などにもよく聞いていたのは『自分が現役の時に、されて嫌だったことはしないように』。それはわかる気がします」

──そういったなかでも、やはり常勝ホークスの礎を築いたメンバーは、誰もが「王イズム」を口にします。斉藤コーチのなかにも息づいているのでは?

「もちろん、自分の野球観の根底には王(貞治)会長の考え方があります。プロは勝つための集団であり、そしてファンのために自分たちは何を考え、何をしなければならないのか。そのなかで僕はプロの世界で育ててもらいました。『王イズム』は無意識に自分のなかに入っているもの。そこだけは『時代』に関係なく、絶対ブレたくない。今の選手たちに何を思われようが、絶対間違ってない自負があります」

──よき伝統として継承していく役目もありますね。

「もし、それで自分が嫌われたり選手から距離をとられたりしたら、多分自分の器量がなかったということ。こういう世界に自分が合わないという答えでもある。ただ、そこはとにかく絶対ブレたくない。時代に関係なく、今も大事なところなので」

──また今季の話に戻しますが、「千賀滉大の穴」は気になるところです。

「そう? 初めから心配してない。埋められると思っています。周りのみんなはそんなふうに言うけど、俺は初めからそんな頭は全くないですね。十分埋められるだけのピッチャーがいます」

──たしかに先発候補は多数。開幕ローテ6人を選ぶのも大変です。

「でも長いシーズンを6人だけじゃやっていけません。8~9人くらいの先発を抱えておかないと。そういう時代じゃないですしね。お休みしながら、です。休みっていうのが、プロ野球の働き方改革なんじゃないかな。それがいいのか悪いのかわからへんけど、ある程度そこは時代に倣わないといけない風潮もありますしね」

──時代といえば継投策も大事になります。

「今まで解説者をしていて、画面越しとかネット裏最上段の俯瞰で見るとわかりやすかったものが、ベンチに入って横から野球を見ると全然違います。オープン戦を通して、展開などを見てあれこれ考えるけど、思惑どおりにいかないこともある。いきなり投げさせるわけにもいかない。準備は必要。だから、そのあたりはブルペンを担当する(齋藤)学さんと連携をしっかりやっていかないと。とにかく初めて尽くしでわからんことだらけです」

──そんな不安にも立ち向かっていくのが斉藤コーチらしさ。

「そうよ。コーチをやると決めた以上、逃げずにね。今までみたいに自分のことだけを考えていればいい立場じゃない。これだけの選手を抱えるわけだし、ホークスの試合を何万人というお客さんが見に来てくれます。テレビの向こうでも応援してくれる。何があっても、監督にドヤされても、もし負けが続いてファンからドヤされても、常にファイティングポーズを取り続ける。それは当たり前のことです」

──それが今季の誓いになりますね。

「俺がそうじゃないと選手に何も言えへん。選手にも『戦う姿勢』という話をして、そうやって接してるから。自分が下を向いたり、その場から目を背けたりすれば、選手はそれを感じる。選手は結構コーチを見ているからね。だから常に堂々とせなアカンなって思っていますよ」