数々の熱戦が繰り広げられ、侍ジャパンが3大会ぶりの世界一に輝いた「2023ワールドベースボールクラシック(WBC)」に日本中が熱狂した。

 今回のWBCは、地上波だけでなく、アマゾンの「プライム・ビデオ」が日本代表の全試合をライブ配信した(強化試合、壮行試合、アメリカ対キューバの準決勝を含め全10試合)。



 この実況を担当したのが、文化放送の斉藤一美アナウンサーだった。フリーアナではなく、文化放送の一社員である斉藤アナが他媒体の実況に抜擢されるのは異例のことだっただろう。

 今回、そんな斉藤アナにWBCでの実況について、またその実況が一部で炎上騒ぎとなったことについて話を聞いた。

WBC実況での「炎上」を文化放送・斉藤一美アナはどう受け止め...の画像はこちら >>

インタビューに応じる文化放送の斉藤一美アナウンサー

●ずっと夢だったWBCの実況

 ラジオではおなじみの斉藤アナだが、映像の実況は今回が初めて。斉藤アナにとっては、いわば"他流試合"だった。

「文化放送ライオンズナイター、これが通常運転です」

 こんな文言も実況のなかに盛り込んだが、その"通常運転"が賛否を巻き起こした。

 2006年の第1回WBCに現地からのリポーターを務めた斉藤アナにとって、WBCで実況することはその時から密かに抱いていた夢だった。



 しかし、2017年から2022年までの5年間、スポーツを離れ報道番組でキャスターを務めていたこともあって、一度はその夢に蓋をしていた。

 だが昨年3月に番組が終了し、再びスポーツの現場に戻ってきたことでチャンスが巡ってきた。

「番組があと1年続いていたら、(今回の依頼を)受けたくても受けられなかったわけですから、人生って何があるかわかりませんね。私の夢だったわけですから、断る理由はありませんでした」

 会社を通じて依頼を受けた斉藤アナは、当然ふたつ返事だった。

 今回、19日間で10試合を実況するというハードスケジュールは、ふだんの局アナの仕事では考えられないことだ。

「最後まで"完投"できないんじゃないか」という恐怖心もあったという。
加えて、現場に立った時の空気は、自分の想像をはるかに超える重みがあった。

「重みが半端じゃなかった。ラジオのようにしゃべり続けることで、その重みを少しでも軽くしたかったんです。

『自由にやっていい』と言われていたので、私のなかで考えうる映像つきの実況をやってみました。結局、どの部分を削ればいいかがわからなかったので、いつもどおりにしゃべったのですが......」

●「失礼だ」飛び交う批判に戸惑い

 3月4日、中日ドラゴンズとの壮行試合には、そのようなスタンスで臨み、実況では選手の一挙手一投足をこと細かに描写した。だが、映像では「走った」「打った」さえも言う必要はない。

 ラジオではよくても、映像だと"しゃべりすぎ"と捉えられた。



「映像で見えているからわかるんですよね。ここまでやっちゃダメなんだな、というのがわかって、自分の持っているものを一応100%出してみて、そこから指摘されるごとにどんどん削っていきました。

 私自身、ツイッターでエゴサーチをする性質(たち)でして、ある程度の批判は耳にしたし、目にしました。

 今回の配信スタッフが、私のことをものすごく心配してくれていたんですけど、報道のキャスターをやっていた時に免疫がある程度あったので、その批判を受けたうえで、次どうするかを考えました」

 また、オリックスとの強化試合で、不振だった村上宗隆が4番から6番に打順を下げてホームランを放った際に「4番ではほとんど打てませんでしたが、6番になってアーチを放ちました」と実況。

 三振した際には「かすりもしませんでした」と言葉にした。これらの表現にも「失礼だ」などといった批判が飛び交った。


「私としては、見たままをしゃべっただけなんですけどね......。人それぞれに言葉の捉え方はあるんだなというのを学びました。トゲのある表現というのは取り扱い注意だったんだなと思わされました」

WBC実況での「炎上」を文化放送・斉藤一美アナはどう受け止めたのか? 心を支えたのは、あの「アイドル」

試合前に実況のために作成したシート表

●ふだんの実況は「もっとエッジが効いている」

 多少は免疫があったとはいえ、"否"の声の多さに心が折れかけたこともあったという。そんな折、斉藤アナにとって救いになったのが、子どもの頃からのヒーロー、WBC初戦の中国戦で解説を務めた王貞治だった。

「私にとって最大のアイドルが王さんでした。うちひしがれかけていた気持ちで本番に臨んだ時に、隣に王さんが座ってくださって、私の問いかけに応えてくださる。



 一気に魂が浄化された感じがしました。王さんとの中継で、心機一転頑張ろうと思うことができました」

 試合を重ねるごとに映像用の実況にならしていき、全10試合を見事に"完投"した。

 テレビ中継ではなじみのない実況にアレルギー反応を起こした視聴者がいたのは当然のことだったのかもしれない。だが、もちろん"否"だけでなく、ラジオリスナーを中心に"賛"の声があったのも事実だ。

「視聴者のみなさまからいろいろご意見頂きましたが、ふだんのライオンズナイターでの斉藤アナウンサーはもっとエッジが効いているので、日頃から賛否両論なご意見いただいています。

 でもラジオナイターってそのくらい特徴を出していかないと残っていかないと思っています」

WBC実況での「炎上」を文化放送・斉藤一美アナはどう受け止めたのか? 心を支えたのは、あの「アイドル」
 こう話すのは、今回の斉藤アナへの依頼の窓口になった文化放送の山田英俊プロデューサー。
確かに無難な実況であったら、ここまで賛否を巻き起こすことも、話題になることもなかっただろう。

「ラジオの実況、ラジオの中継を聞いたことがない方がいらっしゃれば、ぜひとも私のホームグラウンドであるライオンズナイターを聞いていただけたら。

それで揚げ足を取ってくれてもかまわないです。好きになってくれとは言いませんから!」(斉藤アナ)

 日本のプロ野球は開幕したばかり。ラジオ中継に耳を傾けてみるのもいいだろう。ラジオならではの描写は、案外クセになるかもしれない!?