後編:ニューヨーク・ヤンキースの2025年
下馬評の高くなかったニューヨーク・ヤンキースが大方の予想を覆し、ア・リーグ東地区首位の14勝9敗と順調な開幕ダッシュを見せている。その中心となっているのはリーグを代表するスーパースター、アーロン・ジャッジだが、現在のヤンキースはどのようなチームなのか? 日本を代表する左のスラッガー獲得にも興味を持っているといわれるメジャー屈指の名門の今季、そして未来を占ってみる。
前編:アーロン・ジャッジが無双の打撃でヤンキースの苦戦予想を一蹴
【ジャッジの記憶にも残る村上宗隆の獲得は?】
昨季41本塁打を放ったフアン・ソトがニューヨーク・メッツに移籍したことで、今季、ヤンキース打線のパワーダウンを懸念する声は少なくなかった。しかし序盤戦を見る限り、それほど大きな心配はなさそうだ。
頼みの主砲アーロン・ジャッジは今年もMVP候補になることは確実の猛打を継続。1年1250万ドル(約18億7500万円)の契約で加入した大ベテラン、ポール・ゴールドシュミットも本塁打こそ1本のみだが(現地時間4月21日・日本時間22日現在)、ジャッジの.390に次ぐリーグ2位の打率(.372)を残している。コディ・ベリンジャー、ジャズ・チザムらの中堅はまだエンジンがかかっていないとしても、ベン・ライス(26歳)、オースティン・ウェルズ(25歳)、アンソニー・ボルピ(23歳)、ジェイソン・ドミンゲス(22歳)といった若手たちがそれぞれ成長しているのが何よりも大きい。現在故障離脱中のジャンカルロ・スタントンもいずれ復帰が予想され、パワーの面でアクセントを添えてくれるだろう。
「今季のラインナップは本当にいい打線になっていくチャンスがあると思う。球界最高の打者が中心にいる。そして彼の周りには本当に有能な人材が揃っている」
アーロン・ブーン監督のそんな言葉どおり、得点(130)、本塁打数(40)、OPS(出塁率+超打率).810ではすべてア・リーグ1位という打線が、これからさらにどう仕上がっていくかが興味深い。
シーズン序盤は魚雷バットの使用で話題を呼んだヤンキースだが、 "魔法のバット"がゆえに多くの本塁打が生まれたわけではなかった。ア・リーグ東地区首位を走るチームを支えるだけの得点力を備えていることは、すでに証明されてきたはずだ。
本来であれば、今季のヤンキースは過渡期に近い時期を迎えるかと思われた。昨季はア・リーグ制覇を果たしたとはいえ、ワールドシリーズではロサンゼルス・ドジャースに1勝4敗と惨敗。
野手ではベリンジャー、投手陣にはマックス・フリードといった大物選手を補強したものの、当面の勝利を目指すだけでなく、少し長い視野でのチームづくりを進行させるのにも適切な時期にも思えた。
その一環として、"次のオフには日本人野手の獲得に動くのではないか"という推測は地元メディアの間でも囁かれ始めている。
「ムラカミだろ? ヤンキースが獲得を狙う可能性は本当に十分にあるとは思う。一塁手のゴールドシュミットとは1年契約だ。現在は外野を守っているジャッジがいずれ一塁に移ってくることも考えられるが、右翼の狭いヤンキースタジアムではムラカミのような左打ちのパワーヒッターが魅力なのは間違いない」
スポーツメディア『The Athletic』のヤンキース番、ブレンダン・カティ記者がそう述べていたのをはじめ、ヤンキースの周囲の人間は一昨年56本塁打を放ったヤクルト・スワローズのスラッガー、村上宗隆の名前を認識している。
ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)のアメリカ代表キャプテンに任命されたジャッジですらも、「日本にはすばらしい左利きの一塁手がいた。たぶん彼がいずれアメリカに来る見込みなのは知っている。印象的な打撃をしていたよ」と語っていた。スタントンとの契約が2027年で切れる(2028年はチームオプション)ことも含めて、村上の存在はヤンキースが近未来に描く青写真とも合致する。村上が今季序盤戦に故障で苦しんでいるのは気がかりではあるが、それでも今後、村上の注目度はニューヨークでさらに上がっていきそうな予感はある。
【当面は先発投手のテコ入れが課題】
ただ、そのように来季以降に焦点を絞る前に、ヤンキースの視線は常に当面のシーズンにも向いている。
『The Athletic』のパワーランキングでも1~6位にランクされているのはすべてナ・リーグのチーム(ドジャース、サンディエゴ・パドレス、メッツ、フィラデルフィア・フィリーズ、サンフランシスコ・ジャイアンツ、アリゾナ・ダイアモンドバックス)であり、ヤンキースはア・リーグ勢としてはトップの7位。なかば押し出されるような形ながら、レベルの落ちるア・リーグで今季も上位進出のチャンスがあるのは事実だろう。特に前述どおりに打線がよく、課題の守備も向上したのであれば、今すぐにでも勝ちにいかなければならない。
そこでポイントとなるのは先発投手陣のテコ入れに違いない。次のオフに村上などの新戦力を加える前に、名門球団が今季中にも投手補強を考慮しても不思議はない様子だ。それに関し、ニューヨーク州のチームをカバーするメディア『SNY』のジョン・ハーパー記者はこう説明している。
「ヤンキースはソトを失ったあと、コールとフリードを投手陣の左右の軸に据えて優勝を狙う構想だった。しかし、コールは今季の復帰は絶望。(昨季15勝の)ルイス・ギルも離脱を余儀なくされたため、投手中心の戦略を再現するには、今夏にサンディ・アルカンタラ(マイアミ・マーリンズ)をトレードで獲得するしかない。
アルカンタラは2027年まで契約が残っているため、見返りのコストは大きくなる。しかしヤンキースはジャッジが衰える前に優勝を狙いたいだけに、新たな再建を目論むマーリンズとの間で利害は一致する」
2022年にナ・リーグのサイ・ヤング賞に選ばれたアルカンタラは2023年10月にトミー・ジョン手術を受け、今季最初の4登板では防御率7.27とまだエンジン全開には至っていない。
ここまでの4先発で防御率1.42のフリードがヤンキースの左腕エース役を果たせるとしても、先発ローテーションの2番手以降がカルロス・ロドン、マーカス・ストローマン、ウィル・ウォーレン、カルロス・カラスコといった投手たちでは厳しい。現実的に世界一を目指すためには、復調した場合のアルカンタラ、あるいはエース級の力を持つ投手を加える必要があるだろう。
近年は"悪の帝国"の印象はだいぶ薄れてきたヤンキース。それでも金満チームであることに変わりはなく、その資本を生かしてシーズン中に効果的な補強ができるのかどうか。今季の成果は村上の行方まで含めた来オフの動きにも関連してくるだけに、余計に興味がそそられる。
先行きを読むのは容易ではないが、2025年もヤンキースが波瀾万丈のシーズンを過ごしていくことは間違いなさそうだ。