短期連載 プロ野球の「投高打低」を科学する
証言者:中村剛也(埼玉西武ライオンズ) 後編

前編:西武・中村剛也が語る「飛ばないボール」の真相と「投手の進化」>>

 投手の球速が上がり、変化球も多彩になり、打者にとってはほんとに難しい時代になった。近年の"投高打低"の傾向について、西武の中村剛也は打席で感じたままに明かしてくれた。

では、その速球についてだが、最近は高めの球が増えている。これも難しさの一因だろうか。今年4月に22年連続本塁打を放ち、自身が持つ球団記録を更新した中村に聞く。

プロ野球で本塁打が減っている理由とは? 稀代のホームランアー...の画像はこちら >>

【高めの速球が打ちづらい理由】

「高めの速い球というのは、どうしてもバットとの距離が近くなりますから、難しいですね。その高めを打ちにいこうとすると、今度は低めの変化球を振らされてしまうこともある。実際、今は真ん中よりやや高めにストレートを投げ込んでおいて、変化球は確実に低めに投げてくる。そのなかにはボール球もあるので、見極めがますます難しくなっていると感じます」

 投手とすれば、思わず高めにいってしまった球と、意図して高めに投げ込んだ球では、球威に違いがあるようだ。その点、打者としては、高めでもベルトよりやや上の球であれば打ちやすいのだろうか。

「ベルトぐらいだったら、そうですね。でも、意図していない球で高めにきたとしても、スピードはかなり速いですから。本当に今、スピードが速くなっているんです。もしかしたら、意図していない球だと威力が違うかなと思うかもしれませんが、バッター的にはそこまで思っていないのが事実です」

 打者にとって、高めの速球がいかに難しいか。そのうえ、近年はその高めのスピード自体が増しているというのが、中村の実感だ。

球威より、球速がすべてという印象を受ける。そのなかで球質はどうだろうか。

 たとえば、真っすぐが小さくスライドし、ホップするように見える"真っスラホップ"。この球質で150キロを超えると、160キロの真っすぐより打ちづらいとも言われるが......。

「いや、160キロのほうが打ちづらいです(笑)。でも、150キロのそういうカット成分が強い球も打ちづらいですね。たぶん、映像で見ている人はわからない時があると思うんですけど、基本、バッターから見てボールは全部シュートの軌道でくるんです。

 で、シュート成分が激しいと、ちょっとシュートしてきたなと思うんですけど、逆に成分が少ないと、バッターとしてはほぼ真っすぐに見えるんです。そして、さらに成分が少なくなると、今度はカットしているように見えるんですよ」

 打者から見た"真っスラホップ"を中村が解説してくれた。右バッターにはやや逃げていき、左バッターには食い込んでくる球として有効という。

【打者は動きを再現することが難しい】

 一方で"伸びシュー"と言われる球質もある。「ふけ球」とも言われ、シュートしながら伸び上がってくるから、右バッターにとって怖いボールである。この"伸びシュー"の代表的な投手は、西武の今井達也だ。

「その球も打ちづらいです。あんな厳しい球はないです。ホップするのは、現役時代の藤川球児さんとかいましたけど、そういうボールを投げるピッチャーも前より増えていますね。ただそれが日常というか、速い球がふつうになりつつありますし、もっと対戦経験が増えたら、もうちょっとバッターもなんとかなるのかなとは思いますね」

 打者の経験値が上がれば、"打低"はいつまでも続かない。さらに、さまざまな測定機器を活用しての対策も考えられる。その点、投手に比べると打者は機器を活用しにくい面もあると言われるが、実情はどうなのだろう。

「機械を使って打球を計測したり、スイングを測定したり、データを利用している人はいますけど、ピッチャーと違ってバッターは道具を使っているので、動きを再現することが難しい。しかもピッチャーは自分のタイミングで投げられますけど、バッターは受け身で、ピッチャーのタイミングに合わせなきゃいけないし、いろんな球がくる。

 そのあたりを考えると、バッターもデータを使えるかもしれないですけど、まだまだですね。僕自身、もう少し使いやすいヤツがあればいいと思うんですけど(笑)。とにかく、『ピッチャーよりは使えない』っていうふうに思っています」

 投手は攻め手で、打者は受け身。やはり、機器で得られたデータを基にした対策はしづらいようだ。

「合わせなきゃいけないのと、バットを持っているっていうことですね。まだ手で打つなら、どういうボールでも当てられると思うんですけど、手で持った道具を使うので」

 手を使って打つことまで想像してしまうほど、バットの存在がもどかしいときもあるのだろう。ただ、「道具を使う」という意味では、いわゆる"魚雷バット"が芯の位置を変えたような、新開発の可能性はある。手を使うように振るバットはあり得ないとしても、道具の進化には期待したくなる。

「使える人は使ったらいいんじゃないかなと思いますよ、そういうバット。僕も興味ありますよ。でも、まだそんなに数を打ててないんで。慣れなきゃいけないので。そこもまた難しいところですね」

【なぜホームラン打者は減ったのか】

 魚雷バットを最初に活用したヤンキースの打者が、どれだけ今季の本塁打数を増やすのかはともかく──。近年のメジャーリーグでは全体の本塁打数が増え、三振数も増えている。対して日本プロ野球では全体の本塁打数が激減するなか、三振も減少傾向にある。この違いを、ホームランバッターの中村はどう受け止めるのか。

「どうなんですかねえ......。単純に、ホームランが出にくいから、打者としては『ホームランは厳しいな』と感じて、当てにいく打ち方になっているのかな、という気はします。ピッチャーのレベルも高いですし、ホームランを狙うのはリスクもありますからね。日本だと、シーズンを通して多い人でも60本がマックスですから。そう考えると、自然とホームランを狙わないようなスイングになっていくのかなと」

 中村自身、現役トップの本塁打数に、歴代トップの三振数を記録している。本塁打の副産物として三振があるという最高の典型例だが、そんな中村も、2005年に22本塁打でブレイクしたあと、06年は9本、07年は7本だった。以前、中村は野球雑誌(『野球小僧』2008年12月号)の取材で次のように語っている。

「自分ではいつもホームランを打ちたいんです。でも去年(2007年)なんかは、ヒットを打たないと試合に出られない気持ちが強くて、結果的にどっちつかずの状態になっていたんだと思います」

 その状態から転換し、2008年に46本塁打と爆発的に量産。初のタイトルを獲得できた背景に何があったのか。

「監督の渡辺久信さんに『ホームラン打ってこい』って言われていましたから。それで割り切って、僕は打つことができたんです」

 2008年から監督に就任した渡辺の明確な方針により、それまでの迷いが消えた。

同年の中村の三振数は162個でリーグワースト、打率は2割4分4厘。三振も打率も二の次にした結果、日本を代表するホームランバッターが誕生し、20年近く経った今も続いている。

「今は『ホームラン打ってこい』とはなかなか言われないですけど(笑)。でも、僕はそれがベースとしてありますし、今の時代は、特に指導者の人が言ってあげないといけないかもしれないですね」

 三振、併殺打を嫌う傾向が強い日本球界。遠くに飛ばせる素材を伸ばすためには、指導者の思いきった方針、我慢も必要だろう。リスクを恐れず、今は"打低"とあきらめず。育成に取り組んでもらいたい。

(文中敬称略)

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