甲子園で光ったスーパー走塁術(後編)
8月16日の第3試合の京都国際(京都)対尽誠学園(香川)では、手に汗握るクロスゲームが展開された。熱戦のなかでとびきりの存在感を見せたのが、尽誠学園の奥一真(3年)だ。
奥は身長164センチ、体重57キロと小柄で、小技を得意にする9番・二塁手。だが、選手アンケートによると、50メートル走のタイムは6秒4。特別に足が速いわけではない。香川大会では、5試合で1盗塁に留まっている。
奥はなぜ、京都国際から3盗塁を記録できたのか。本人の証言をもとに振り返ってみよう。
【自らベンチにアピール】
1個目は0対1と、ビハインドを追う3回裏に記録された。先頭打者として右前安打を放った奥は、カウント1ボール1ストライクからスタートを切る。
打者の金丸淳哉(3年)がスライダーを空振りし、京都国際の捕手が二塁へ送球。だが、送球はわずかに逸れ、中堅前へと転がった。際どいタイミングに見えたが、奥は迷わず三進。無死三塁とチャンスを広げた。
じつはこの場面、サインは「ヒットエンドラン」だったと奥は明かす。
「今日は相手ピッチャーとのタイミングが合っていて、『いけるな』という感覚がありました。クイック(モーション)もあまり速くなかったので。送球が逸れて、センターの位置とボールの位置を見て、『いける』と迷いなく走りました」
この回、尽誠学園はセーフティースクイズに失敗するなど、好機を生かせず無得点に終わる。しかし、奥の2個目の盗塁が得点につながる。
5回裏、無死一塁で打席に入った奥は、送りバントに失敗。ヒッティングに切り替えるが、三塁ゴロに。併殺崩れで奥が一塁に残った。
ここで奥は、ベンチに「アピール」をしている。
「自分から『スタートを切れるよ』ということを示すために、疑似スタートを切っていました。すると西村(太)先生が読み取ってくれて、盗塁のサインが出ました」
奥の足の速さは、本人によると「チームで5番目くらい」だという。ただし、盗塁は単純な脚力だけの勝負ではない。
「大事なのは一歩目の強さと、タイミングと、カウント。とくにカウントは大事で、いかに変化球の時にスタートが切れるかを考えています。たとえば、打者が真っすぐに対していい当たりを打った直後は、変化球がきやすい。あと、強打者のバッティングカウント(ボールカウントが先行して、打者有利なカウント)の時は、変化球がくることが多いです」
打席に立つ金丸のカウントが3ボール1ストライクになった時、奥は満を持してスタートを切る。読みどおり、京都国際バッテリーはスライダーを選択した。奥の二盗で好機を広げた尽誠学園は、4番・廣瀬賢汰(3年)の2点適時打が飛び出し、逆転に成功する。
【二段構えでチャンス拡大】
3個目の盗塁は、「トリックプレー」と言ってよかった。
2対1とリードして迎えた6回裏。京都国際の投手はエース左腕の西村一毅(3年)に代わっていた。
二死二塁で打席に入った奥は、バットを短く握って、西村の決め球・チェンジアップに食らいつく。二塁左へと転がし、内野安打でしぶとく出塁した。
二死一、三塁。一塁走者の奥は、左投手の西村の牽制球を警戒してか、リード幅は極めて狭かった。盗塁など、到底イメージできないリードである。
ところが、カウント1ボールからの2球目だった。西村がモーションを起こしてからワンテンポ遅れて、奥が敢然とスタートを切る。意表を突くディレードスチールだった。
西村のスライダーが大きく外れたこともあり、京都国際バッテリーは二塁送球すらできず、奥の盗塁を許している。走者一、三塁の場面での一塁走者のディレードスチールは、尽誠学園の戦術のひとつだという。
「キャッチャーは三塁ランナーをケアするので、一塁ランナーはセーフになりやすいです。もしキャッチャーが二塁に投げてきたら、一二塁間で挟まれるつもりでした」
三塁走者への警戒心を逆手に取り、二塁を奪う。もし捕手が迷わず二塁に投げてくれば、一塁走者がおとりとなり、三塁走者が本塁に生還する。二段構えの策略だった。
結局、尽誠学園は終盤に逆転を許し、2対3で惜敗した。奥は自身の失策が序盤の失点につながったこともあり、「自分のエラーがなければ、同点でタイブレークだったのに」と悔やんだ。
それでも、京都国際を相手に決めた3盗塁が色あせることはない。奥は最後に、噛みしめるようにこんな実感を語った。
「今まで自分たちがやってきた、食らいついて、相手にプレッシャーをかける野球はできたと思います。この小さな体でも、甲子園で強いチームと戦えて自信がつきました」
勝敗を分けるワンプレー。その一瞬にすべてを賭ける高校球児がいる。
高校野球の頂点を極める戦いは、ますます激しさを増していく。彼らの技術と精神力の結晶である走塁術は、日本一へのカギになってくるはずだ。