連載:NEXT STAGE~トップアスリートのセカンドキャリア
髙萩洋次郎インタビュー(前編)

「僕はこれが普通だと思っています。転職の選択肢のひとつにサラリーマンがあっただけ。

これが特別だと思われたら、(あとに続きたい人が)なかなか飛び込めないじゃないですか」

 都内のオフィスビルの会議室でそう語ったのは、2012年、2013年にサンフレッチェ広島の中心選手としてJリーグ連覇に貢献したMF髙萩洋次郎だ。その後、ウェスタンシドニー(オーストラリア)やFCソウル(韓国)など海外クラブでもプレー。2024年にアルビレックス新潟シンガポールで現役を終えた髙萩は、昨年9月からはプロスポーツチームのデジタルトレーディングカードなどのサービスを提供する株式会社VOLZの社員として第二の人生を歩み始めている。

元サッカー日本代表MFはなぜサラリーマンを選んだのか 「僕は...の画像はこちら >>
 Jリーガーの平均引退年齢は約26歳と言われる。そのうち引退直後のセカンドキャリアで一般企業に就職するのは10%にも満たないというデータがある。そんななか38歳まで現役を続け、日本代表経験もある髙萩が一般企業に就職したというニュースは、多くのサッカーファンを驚かせた。だが、髙萩本人にとっては極めて普通のことだったという。

「引退したあと少しゆっくりしたい時間がほしかったので、数カ月はのんびりしていました。セカンドキャリアについて考え出したのはその頃で、選手時代に代理人を依頼していた事務所に相談したところ、転職支援サービス会社のエージェントを紹介してもらったのがきっかけでした。

 代理人事務所も多くの選手を抱えているので、選手の将来を考え、ちょうどリクルートエージェントと業務提携を結んだところだったんです。その時はキャリアについて何も考えておらず、たとえば指導者をやるとか、クラブのフロント業務に就くとか、さまざまな選択肢のひとつとして、一般企業も排除せず探してみるくらいの感じでした」

 エージェントのサポートを受けて転職活動を進めるなか、自分の考えが少しずつ整理されていった。

【10社以上に応募し、面接に進んだのは2社】

「エージェントの方に自分の考えを掘り下げてもらいながら、職務経歴書を作ったり、どんな仕事をしてみたいかを考えました。選手時代は単身赴任という形を取らず、妻とふたりの子どもに移籍先にもついてきてもらうなど、振り回してしまいました。

なので、引退後は家族サービスを含め、子どもが休みの時に一緒に時間を過ごせるような環境に身を置きたいと思いました。指導者にしてもフロントに入っても、サッカー関係の仕事に就いてしまうと土日はだいたい仕事になっちゃいますから(笑)。そういうなかで一般企業の会社員に行きついたわけです」

 現役時代はスマートフォンやタブレットで動画を見る程度で、パソコンを使う機会はほとんどなかったという髙萩。一般企業への入社を目指すうえで苦労も少なくなかっただろうと想像できる。実際、10社以上に応募し、面接まで進んだのは2社だった。本人いわく「初対面の人と話すのは苦手で緊張するタイプ」だそうだが、面接には手こずったと笑う。

「(面接は)めっちゃ緊張しました。僕、ひと前で話すのとか、苦手ですから。選手時代にメディアやファンの前で話す機会が多かった? でも、そこで話すのは自分の経験談がほとんど。面接は、何を聞かれるかまったくわからないじゃないですか。しかも、それが合否に直結する。試合よりよっぽどプレッシャーがかかりました(笑)」

 それでも3度の面接を無事に突破し、内定を勝ち取った。

入社時に多くの既存の社員の前で挨拶した際も緊張感は変わらなかったが、入社から半年以上が過ぎた現在は、毎朝、通勤電車に揺られて定時に出社する生活が当たり前になってきた。平均年齢30歳前後という若い職場で、20代の社員も多く、周囲は年下の社員が多い環境だ。

「現役時代に選手会によるセカンドキャリアに向けたオンラインスクールなどを受けたことはありましたが、ビジネススキルやビジネスマナーをもう少し身につけておけばよかったと思うことはあります。ITの会社なのに、それこそエクセルやパワーポイントもまだ全然使いこなせないですし(苦笑)。

 名刺交換も、現役時代はしたことがありませんでした。ただ、やってみれば、すぐに慣れますよね。もちろん、まだまだ覚えなきゃいけないことも多いですが、自分の場合はスポーツに関わる会社に入れたこともあって、経験や知識が生かせることも多いと感じています」

【元Jリーガーであることの強み】

 髙萩の名刺には「ソリューションデザイン部 リレーショングループ」所属とあるが、具体的にはどのような仕事をしているのか。

「リレーションなので、営業に近いです。いま、Jリーグで言えば、12クラブとカードコレクションの仕事をさせていただいていますが、クラブの担当の方とコミュニケーションを取り、関係値をよくしていくというか。こちらから提案させていただくこともあれば、逆に相談を受けることも。サッカークラブの場合、現役時代の自分を知ってくれていることが多いので、話がスムーズに進むこともあります。あとは部長クラスの方々と一緒にクライアントさんとの会食に同席させてもらうことも多いですね」

 パソコン操作など慣れない作業もあるが、営業やクライアントとの関係構築においては、元Jリーガーであることが強みになっている側面もあるようだ。

「自分を知ってもらっていると、こちらも話しやすいのはあります。VOLZでは、Jリーグクラブだけじゃなく、バスケットのBリーグやバレーボールのSVリーグ、野球やラグビー、卓球などさまざまなカードを扱っているのですが、もともとサッカー関係だった方が転職しているケースもあって、ミーティングで顔を合わせたら顔見知りだったということもあります。

 選手時代は顔と名前は知っていたものの、深い話をしたことはなかった。でも、いまは普通の仕事に就いて、コミュニケーションを取りながら一緒に食事に行ったりするのは新鮮ですし、楽しいですよ」

 そうした環境のなかで、会社員として働くことのメリットも感じている。

「個人事業主ではないので保障もありますし、安心感はありますね」

 スポーツ選手のセカンドキャリアと言えば、指導者や解説者、または飲食店など個人事業主の道が広く知られている。だが髙萩の例は、一般企業への就職という選択肢の可能性を示しているのかもしれない。

「サッカー選手は好きでサッカーをやってきて、それが仕事になった。多少辛いことがあっても、好きなことなので頑張れると思うんです。でも仕事が変わり、やらなきゃいけないことが好きなことでなくなった場合に、難しさを感じる人も少なくないのかもしれません」

「僕の場合は、あまりそういう感覚はなく、何をするのも初めてで、いろんな気づきがあることを楽しめています。だから、感覚的には本当にサッカー選手からサラリーマンに"普通に"転職しただけなんです。確かに選手時代は(平日のチーム練習は午前中の2時間程度のみなど)自由になる時間も多かったですけど、そこは慣れの部分もあると思います。やってみて合わなければ、また考えればいいわけですし、ひとつの選択肢として考えるのは悪くないと思います」

 プロサッカー選手としても勝ち負けなど数字にはこだわってきたが、サラリーマンである以上、会社の売上や利益などの数字がつきものになるし、それがひとつの評価にもつながる。

仕事に少しずつ慣れてきた髙萩にとって、今後はそうした部分で会社に貢献することが目標になるのだろう。

「たとえばプレゼンひとつでも、何がよくて、何がダメだったのか、振り返って考えるのはサッカーの試合と一緒です。サッカーでも仕事でも、目標を立てて、そこにどう向かっていくか考えながらやっていくのは似ている部分。いまは売上や数字についても勉強中ですが、今後は新規のクラブやスポーツの営業で成果を出したいとも思っています」
(つづく)

髙萩洋次郎
1986年、福島県生まれ。2002年、サンフレッチェ広島ユース入団。2003年、トップチームに登録され、湘南ベルマーレ戦でデビューしJリーグ最年少記録を更新。2012年の初優勝などに貢献した。2015年、ウェスタン・シドニー・ワンダラーズに移籍。その後、FCソウル、FC東京、栃木SC、アルビレックス新潟シンガポールでプレーし、2024年、現役を引退。日本代表初選出は2013年。2025年、VOLZ入社。

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