元ホンダ・浅木泰昭 連載
「F1解説・アサキの視点」第11回 前編

 2026年シーズンのアストンマーティンのマシンは、天才デザイナーのエイドリアン・ニューウェイが設計し、レッドブルとともに圧倒的な成績を残したホンダ製のパワーユニット(PU)が搭載されている。

 そして、ステアリングを握るのは2度の世界チャンピオンに輝いたフェルナンド・アロンソだ。

しかも本拠地があるイギリスには最新鋭のファクトリーを建設し、近年はトップチームからも優秀な人材を次々とリクルートしている。

 今シーズンはチームとしての初優勝だけでなく、タイトル争いも期待されていたアストンマーティン・ホンダだが、開幕から苦しい戦いが続いている。また2025年までホンダと組み、優勝争いを繰り広げていたレッドブルも同様に厳しい戦いを強いられている。

 レッドブルとアストンマーティン・ホンダには今、何が起こっているのか? そして勝てる組織に大事なものとは? 元ホンダ技術者でF1解説者の浅木泰昭氏に話を聞いた。

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【天才デザイナーがいるのになぜ勝てない?】

 2026年シーズン、私はホンダとレッドブルがどんな戦いをするのか、技術者として注目していました。

 ホンダは2019年からレッドブルにPUの供給を開始し、7シーズンにわたってパートナーシップを組み、ともに戦ってきました。その間にマックス・フェルスタッペン選手が4度のドライバーズタイトル(2021~2024年)を獲得し、レッドブルは2度のコンストラクターズチャンピオン(2022~2023年)に輝きました。2023年シーズンには22戦中21勝という、F1史に残る圧倒的な成績を収めています。

 そして2026年からホンダはアストンマーティンと、レッドブルはフォードとそれぞれ組んで、新たな挑戦を始めました。ホンダとレッドブルに共通しているのは技術面の責任者が代わり、新しいレギュレーションが導入される2026年、それぞれが新設計のPUとマシンを投入していることです。

 ホンダは私が3年前に退職し、新しいPUの開発責任者が就任しています。レッドブルはエイドリアン・ニューウェイさんが2025年の第1四半期にチームを離脱し、同年3月からマネージングテクニカルパートナーとしてアストンマーティンに加入しています。

 新しいリーダーが舵を取るホンダとレッドブルがどんなPUやマシンを開発してくるのか。

技術者として興味がありましたし、それぞれの組織がどのように変わっていくのかも気になっていました。

 結果的にホンダもレッドブルも苦戦しています。一度、勝てる組織を作れば誰がやってもうまくいくかといえば、F1はそんなに甘い世界じゃないということだと思います。

 レッドブルでともに戦い、大きな成功を収めたニューウェイさんとホンダが加わったアストンマーティンもうまくいっていません。ニューウェイさんは2026年からチーム代表も兼任していますが、アストンマーティン・ホンダのマシンにトラブルが続出し、低迷し続けています。

 私の率直な感想を言わせてもらえば、飛び抜けた才能を持った人間の使い方を把握していない組織にニューウェイさんのような天才が入ると、組織はガタガタになるということです。

 変わり者の天才をうまく使えるようにするためには、強力なチーム力が絶対的に必要です。組織がしっかりと出来上がっていないところに天才が入って、マシン開発だけでなく、代表となって人事を含めたチーム運営も好き勝手にやってしまうと、組織は崩壊してしまう......。天才のいい部分だけを引き出すことは、事のほか難しいのだろうと感じています。

【ホンダがもっとしっかりしていれば......】

 ニューウェイさんが手がけたアストンマーティンのニューマシンは、画期的なデザインだと思います。その反面、PUやバッテリーに重大なダメージを与えるような特異なレイアウトだったのではないかと想像します。だから、アストンマーティン・ホンダは開幕前のテストから異常振動に悩まされていました。

 おそらく周りの人間はこうなることを早い段階でわかっていたけれども、誰もニューウェイさんの暴走を止められなかった。やってはいけないことはやめて、天才の鋭いセンスだけを残すという作業が本当は必要だったのだと思います。

 結果論になりますが、アストンマーティンには天才をうまく使いこなす人がいなかった。結局のところ、ニューウェイさんはレッドブルという強い組織とセットだったからこそ、その天才的な能力を発揮できていたということが今回露呈されたと思います。

 ただ、それはアストンマーティンだけの問題ではなく、ホンダ側にも責任の一端はあると感じています。このままニューウェイさんのアイディアを推し進めたらダメになると気がついた人間がホンダのなかにも絶対にいたはずですが、「それはやっちゃいけないことです」とはっきりと言う人間がいなかった。ホンダがもっとしっかりしていれば、状況は変わっていたはずです。

 一方のニューウェイさんもレッドブル・ホンダ時代の成功体験しか知らないので、か細い声で反論してくるホンダに対して、まともに聞く耳を持たなかった。まさかここまでダメになるとはニューウェイさん本人は想像もしていなかったのかもしれませんが、結果、最悪の事態を招いてしまったのではないかと私は推測しています。

後編につづく

<プロフィール>
浅木泰昭 あさき・やすあき/1958年、広島県生まれ。1981年に本田技術研究所に入社し、第2期ホンダF1、初代オデッセイ、アコード、N-BOXなどの開発に携わる。2017年から第4期ホンダF1に復帰し、2021年までパワーユニット開発の陣頭指揮を執る。

第4期活動の最終年となった2021年シーズン、ホンダは30年ぶりのタイトルを獲得。2023年春、ホンダを定年退職。現在はF1コメンテーターとして活躍。初の著書『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』(集英社インターナショナル)が好評発売中。

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