錦織圭という奇跡【第29回】
喜多文明の視点(3)
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◆08伊藤竜馬の視点>>
◆喜多文明の視点(1)>>「当時はまったく負ける気がしなかった」
◆喜多文明の視点(2)>>「日本に帰りたいという言葉は一切、聞かなかった」
世界ランキング4位。ATPツアー通算12勝。
日本の男子テニス史を次々に塗り替えた錦織圭の『サクセスストーリー』において、13歳時に米国のIMGアカデミーに旅立ったことは、重要な栄光への序章だ。
この時、錦織とともに海を渡った少年は、あとふたりいる。ひとりは富田玄輝さん。現在は郷里の岡山でテニスコーチとして後進指導にあたっている。そしてもうひとりの喜多文明さんは、現在は株式会社リコー男子テニス部の監督。ふたりはいずれも、渡米3年目に帰国。錦織とは異なる道を歩みはじめた。
「僕が日本に帰ってきたのが、高校2年生の時。まだその時は、ITF(国際テニス連盟)のジュニア大会に出て、それなりに結果も出していたし、そのままテニスを続けていけたらいいなと思っていたんです」喜多さんが、帰国後の日々を回想する。
「ITFジュニアランキングも、最終的には36位まで行きました。ただ、似たようなランキングでも、そこまでの行き方が僕と圭とでは違うな、とも感じていたんです。
僕はいくつかの大会でベスト4に入れることがあったりして、その蓄積でランキングが上がる。でも圭は、いきなりグレードの高い大会で優勝みたいにドーンと大きな結果を出す。ダブルスを組むにしても、パートナーが僕らの代では強くて有名なスター的選手になったり。その頃から『ちょっと住む世界が違うな』という感じになってきましたね」
漠然と「将来はプロになるだろう」と思っていた青写真に、迷いが混じり始めた時期。偶然か必然か、喜多さんと錦織の足跡は、その分岐点で再び交錯した。
「日本に帰ってきた時は、そのままプロになればいいかなと思っていたんですが、親や祖父には『高校くらいは卒業してほしい』と言われました。アメリカで取った単位を使って入れる通信制の高校を探してくれたんです。
高校を卒業できるとなったら、早稲田や慶應といった有名な大学に入るチャンスも出てきたんですよ。それまでは大学なんてぜんぜん考えてなかったんですが、こうなると、大学に行くのもいいかなって思うようになったんです」
最近では日本でも、大学からプロへと進む者も少なくない。ただ、当時の喜多さんにとっては、「大学進学イコール、プロはあきらめる」だった。
【テレビで見るスターに勝つなんて】
大学進学へと心が傾き始めた時、喜多さんは最後に自分を試すかのように、全豪オープンジュニアへと照準を合わせ、がむしゃらに練習したという。
「この年が、年齢的にもジュニアに出るのは最後になるだろうというのもあって、全豪の前にはすっごくがんばったんですよ。本当のトップ選手が集まる大会に出る最後の機会になるかもと思っていたので、相当に追い込んで練習して挑んだのを覚えています。
実際にシングルスでは予選を突破し、本戦でも勝った。ダブルスにも出られたんですが、その1回戦で当たったのが圭だったんですね。圭はカナダの選手と組んでいて、僕のパートナーはすごく仲のいいアメリカ人でした。試合は競ってファイナルセットまで行ったんですけど、まあ最後はやられたなって感じで負けたんです」
全豪オープンジュニアの全日程を終えた時、喜多さんは「もう、この場所に戻ってくることはないだろうな」と思いながら、会場をあとにしたという。
慶應大学への進学を決意したのは、ほどなくしてのことだった。
大学進学を決めた時は「テニスは、ほどほどに」と思っていたが、現実は大学でも厳しい練習の日々が待っていた。鳴り物入りで入部した喜多さんは、全日本学生テニス選手権大会(インカレ)ダブルスでタイトルを獲得し、その期待に応える。
そうして、2年生への進級が近づいた2月の寒い日の朝、衝撃のニュースが飛び込んできた。18歳の錦織圭が、世界12位のジェームズ・ブレーク(アメリカ)を決勝で破って、ATPツアー初優勝に輝いたのだ。
「いやもう、あれは衝撃でしたね、マジで」
その日を思い返す時、喜多さんの声のトーンは一段上がる。
「当時の僕は、1年生で坊主頭。ちょうど、部活の朝練に行くところだったんですよ。
だって、ジェームズ・ブレークに勝ちます? ブレークっていったら、僕からしたらテレビでしか見たことのないスター。そんな選手に勝つなんて、ほんとに意味がわからない」
【実際に会ったら、全然すごくない】
少年時代から幾度も錦織には驚かされてきた喜多さんだが、それらをも軽く凌駕していく進化のスピード。しかも衝撃のサプライズは、これだけにとどまらない。わずか7カ月後の全米オープンで、世界4位のダビド・フェレール(スペイン)を5セットマッチの死闘の末に破ったのだ。
「あれもやばかったです。ジェームズ・ブレークもすごかったけれど、フェレールは世界4位だし、グランドスラムですよ!? 日本人が出るだけでもすごいのに、18歳でトップ5の選手に勝つとか、ありえないって感じでした」
想像もつかない世界へと、ひとり飛び立っていった錦織。ただ、帰国した際に会う錦織は、IMGアカデミーで過ごした少年時代と驚くほど変わらなかったという。
「彼はもう、本当に変わらないんですよ。あの頃は圭が日本に帰ってきた時は、必ずっていうくらい(富田)玄輝も含めてみんなで会っていました。
僕らからしたら、聞いてみたいことはたくさんあるんですよね。だってジェームズ・ブレークもダビド・フェレールも、実物を見たこともない雲の上の存在。
でも、圭のすごいところは、普通なんですよね、そういう選手たちへの視線が。フェレールについても、『やっぱり、けっこうシコい(粘り強い)よね』みたいな。『でもバックは、あんまり強くないかな。玄輝さんのほうがうまいんじゃないかなぁ』とか......本当にこんな感じで言うんですよ。
テレビで見る圭は、本当にすごいじゃないですか。でも実際に会ったら、全然すごくない。そこのギャップにも驚かされますよね」
その後も喜多さんは、錦織と頻繁に顔を合わせる。2016年の全米オープンは現地で観戦し、ベスト4へ勝ち上がるコート上のまばゆい姿も目の当たりにした。
それでもオフコートの彼は、マイペースで、のんびりした語り口調の少年時代のまま。その印象は、今もまったく変わらないという。
(つづく)
◆喜多文明の視点(4)>>盟友からのメッセージ「引退したらテニスがしたい」
【profile】
喜多文明(きた・ふみあき)
1989年1月21日生まれ、埼玉県出身。



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