錦織圭という奇跡【第39回】
内山靖崇の視点(3)

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◆内山靖崇の視点(1)>>「フォアハンドのスイングスピードが速すぎて......」
◆内山靖崇の視点(2)>>ダブルスを組んで「やっぱ、すごいなこの人」

「僕と圭くんの一番の接点は、ゲームだったんですよ」

 20年ほど前の日を思い返し、内山靖崇は少年のように、はにかんだ笑みを浮かべた。

 錦織圭が13歳で米国フロリダ州のIMGアカデミーに渡り、弱肉強食の世界で腕を磨いたというのは、多くの人が知る『錦織圭物語』の重要なエピソードだ。

 ただ、少年時代にIMGアカデミーにテニス留学したのは、錦織だけではない。シングルス78位、ダブルスでも102位に達した内山も、錦織の足跡を辿るように2年遅れて海を渡った。

錦織圭のアドバイスで待望のトップ100入り 内山靖崇「もらっ...の画像はこちら >>
 内山がフロリダに着いた当時、2歳半年長の錦織はすでにIMGアカデミー内でもトップジュニアグループに属していた。だから同じ場所にいながらも、練習や出場する大会も別。顔を合わせる機会は、実はそれほど多くなかったという。

 また、ふたりとも口数が多いほうではなかったため、すぐに打ち解けたわけでもなかったそうだ。内山が錦織に向ける「ものすごい人」という敬意の目も、ある種の距離感を生む要因だったのかもしれない。

 そんなふたりを結びつけたのが、ビデオゲーム。

「あの頃は、僕が圭くんの部屋に遊びにいって、よく一緒にゲームをしていました。寮の部屋は別々でしたが、敷地内での移動は認められていたので、遊びに行けたんです。

 当時は、ポータブルのゲーム機をふたりとも持っていたので、部屋で通信対戦することが多かったですね。圭くんはたしかゲーム本体もいくつか持っていたので、テレビにつなげてやることもあったのかな」

 練習が休みの週末などに、部屋に集まり楽しんだ対戦ゲーム。

そんな時、主に勝つのはどちらだったのか?

「圭くんです。どのゲームも、とにかくうまいんですよ」

 内山が即答する。

「特に『マリオカート』が強すぎて、全然勝てないんですよ。圭くんは、やり込み方がやばくって。たとえば『マリオカート』だと、最短距離のコース取りなどをずっと練習しているんです。

 使うキャラクターも、王道じゃない印象がありますね。たとえばテレサとかキノピオなど、クセが強くて一般的には操作しづらいキャラを使う。マリオみたいなバランスがいいキャラは選ばないんですよ。

 僕は野球が好きなので、『パワプロ(実況パワフルプロ野球)』だけは負けなかったです。でも、それ以外は全然勝てない。僕は、ゲームをやる時は攻略本なども見ないし、なんとなく感覚でやるほう。でも圭くんは、好きになったゲームはとことん突き詰めるタイプでした」

【オンとオフの切り替えがすごい】

 テニスでは意外性のあるプレーを即興的に繰り出す錦織は、感覚派の代表格のように見られがちだ。だが、ビデオゲームでの錦織は、ロジカルかつ緻密に勝利を求める完璧主義者だという。

すべてのゲームというわけではないが、好きになったら隅から隅まで徹底的にやり込んでいたという。

 そのような錦織の性向は、テニスでも見ることができたのだろうか?

「一緒ですね。めちゃめちゃ細かく、基礎的な練習をやっています」

 またも即答する内山が、錦織の練習相手を務めた時の経験を語り始めた。

「僕らプロ同士で練習すると、だいたいのお決まりのパターンや練習プログラムがあるんです。

 たとえば、最初の5分から10分は真ん中でラリーして、その後は5分くらいクロスコートで打ち、そこからフットワークを交えて動きながら打つ、というのが基本なんです。でも、圭くんは全然違うんですよ。

 彼との場合は、真ん中で打つのは本当に1~2分で、次にささっとクロスを打ち、そこからすぐ、いろんなパターン練習が始まるんです。たとえば、こちらがこう打って、圭くんがバックのクロスに打ち返して前に出るので、それを僕がストレートに浅く返して......とか。

 言ってしまうと、注文がめちゃめちゃ多いんです。ネットプレーの練習でも、試合中のあらゆるパターンを想定しているので、とても細かくて、種類も多い。

 なんとなくの練習は一切やっていないし、まったくルーティン化していない。今の自分に何が必要だからこれをやる、というふうに、すごく考えられていると思います。

 練習の時も、オンとオフの切り替えがすごいんですよね。常に張り詰めているわけではなく、ミスすると『わー!』と声を出して悔しがったりするんですが、またすぐに、ものすごく集中する。短時間でスイッチがパッと入る印象でした」

 そのような錦織のテニスへの真摯な姿勢や、詳細まで突き詰める姿勢は、与えてくれる助言にも表れていたという。

【すごい長文のメッセージをくれた】

 錦織と内山は長い付き合いで、若い頃から「一緒に食事に行ったり、かわいがってもらっていた」という。ただ、性格的なものもあるのだろう。内山は錦織に、助言を求めることは少なかったという。

「テニスの話をよくするようになったのは、2018年くらいからです。僕も年齢を重ね、いろいろ経験もして、ようやくテニスの話や質問もできるようになった頃でした。それまでは、自分の技術や持ち味などに自信がなかったんです。

 それが2018年に、ATPチャレンジャーの大会ですごく攻撃的に行ったら全部うまくいって、優勝できたことがあったんです。その少し前に圭くんといろいろと話をさせてもらった時、『絶対にうっちー(内山の愛称)は攻撃的なプレーをしたほうがいいよ』と言ってもらえたことが始まりで、そこから自信を持って攻められるようになったんです」

 そこで生じたいい流れが、さらに加速したのが2019年1月。オーストラリア・ブリスベンで開催されたATPツアー大会でベスト8に躍進した時だ。
 
「あの大会には圭くんも出ていたので、ずっと一緒にいて、話す機会が多かったんです。

『この選手との対戦では、どうしたらいいですか?』と聞いたら、ものすごく細かく相手の情報を教えてくれるんですよ。

 そのおかげもあって予選から勝ち上がり、2回戦ではカイル・エドムンド(イギリス/当時14位)にも勝てた。準々決勝の相手はジェレミー・シャルディー(フランス)で、ここに勝てば準決勝で圭くんと対戦できたんです。

 ただ、シャルディー戦はマッチポイントまで行ったんですが、結局、ファイナルセットのタイブレークで負けてしまって......。1ポイント差で勝利を逃し、ツアーの準決勝で圭くんと対戦するチャンスを逃しました。

 結局、圭くんはシャルディーにも簡単に勝って、ブリスベンで優勝したんですね。その時に僕が『おめでとうございます』と連絡したら、すごい長文のメッセージをくれたんです。

 当時の僕の世界ランキングは180位くらいだったんですが、『今週のプレーをしていたら、絶対にトップ100を切れるよ』と。『あのプレーを見たら、正直、うっちーと試合するのが怖かったわ』みたいにも書いてあって。僕からしたら、そんなわけないでしょと思いながらも、めちゃくちゃうれしかったですね」

 その時を思い出し、とろけそうに内山が笑う。

【スマホのお気に入りフォルダに保存】

 そんな錦織の言葉に背を押され、内山はこの年のウインブルドンで予選を突破して本戦に初出場。そして次の大きな契機が、同年秋のジャパンオープンだった。

「この時も僕は予選から参戦し、ベスト8まで行ったんです。その予選1回戦の相手は、スティーブ・ジョンソン(アメリカ)という、圭くんもよく知っている選手でした。

 圭くんは、あの年のジャパンオープンはケガで欠場していたので、『ジョンソンと当たるのでアドバイスをお願いします』と連絡したんです。そしたら、ジョンソンの試合の動画のリンクと、『何秒から何分まで見て』というメッセージが送られてきた。

 それから少しして、電話が来たんですよ。『見た?』って。『ジョンソンは、こういう時にこういうステップを踏むから、ここを狙ったほうがいいよ』とか、『こういうボールをこのコースに打っておけば、彼はすごく嫌がるから』とか、すごく細かいんです。その助言のとおりにやったら、本当に6-3、6-3で勝てた。

 本戦1回戦のブノワ・ペール(フランス)も、圭くんが何度も当たっている選手なので、やっぱりいろいろと教えてくれました。『このパターンに持ち込ませたらダメだから』とか『こういう時には彼はこう動くから、大事な時は絶対にここを狙って』みたいに。それでペールにも6-2、6-2で勝ったんです。

 2回戦ではラドゥ・アルボット(モルドバ)と対戦して、フルセットで勝ちました。

その試合のあとに、圭くんがまた長文メッセージをくれたんです。

『今日の試合、すげえよかったよ。今日くらいの攻撃と守備のバランスだったら、絶対にもっと上に行ける』みたいに。

 実際にジャパンオープンの約2週間後、寧波のチャレンジャーで優勝して、一気にトップ100に行けたんです。あの1週間を含め、僕が100位を突破できたのは間違いなく、圭くんのアドバイスのおかげでした」

 その時に錦織からもらったメッセージを、内山は「スクリーンショットを撮って、スマホのお気に入りフォルダに入れている」という。

 それは内山いわく、「悩んだ時や自信のない時に見ると、元気が出るおまじない」──なのだ。

(つづく)

◆内山靖崇の視点(4)>>錦織圭の引退は「なんとなく感じていた」


【profile】
内山靖崇(うちやま・やすたか)
1992年8月5日生まれ、北海道札幌市出身。ジュニア時代から頭角を現し、2011年にプロ転向。単複双方で世界を転戦し、デビスカップ(国別対抗戦)では主にダブルスで日本チームの勝利に貢献してきた。2019年のブリスベン国際やジャパンオープンではシングルスでベスト8入りを果たし、同年11月に自己最高ATPランキング78位を記録。2021年に故郷・札幌で「UCHIYAMA CUP」を立ち上げるなど、テニス界の発展にも尽力している。現在も現役選手としてツアーを転戦中。ATPチャレンジャー・シングルス通算7勝。身長183cm。

内田 暁●取材・文 text by Akatsuki Uchida

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