◇報知プレミアムボクシング ▽激闘の記憶 第16回 WBA世界スーパーフェザー級(58・9キロ以下)タイトルマッチ12回戦 〇王者・内山高志(TKO8回終了)同級4位・三浦隆司●(2011年1月31日、有明コロシアム)

 11連続防衛に成功したWBA世界スーパーフェザー級スーパー王者・内山高志(ワタナベ)の3度目の防衛戦。WBA世界同級4位・三浦隆司(横浜光)の挑戦を受けた内山は、3回に偶然のバッティングで右目上をカットすると、その直後に左ストレートをもらい、まさかのダウン。

試合前に負傷した右手甲をさらに痛めるアクシデントも重なり大ピンチを招くが、「左」一本で局面を打開。ジャブではなくストレートの威力を持つ「左」でハードパンチャー同士の対決を8回終了TKOで制した。KOダイナマイトの称号を得る内山は、左右どちらでも倒せるパンチを持ち、6年3か月という長期間、王座に君臨した。(敬称略)

 内山は世界戦でのダウンシーンを今でも鮮明に覚えている。

 「あの時は本当に危なかった。初めてカットして、その数分後に左をもらいダウン。顔は平静を装っていますが、心の中では『まずい』『このままラッシュされたらどうしよう』と動揺していた」

 偶然のバッティングで右目上をカットし流血すると、試合では初めての経験に冷静ではいられなかった。そして3回ラスト50秒でもらった左ストレートで大ピンチに陥った。顔には出すまいと、冷静を装い立ち上がり、足と左、クリンチを駆使して何とかしのいだ。勝利への道筋は見えていたはずだった。2回を終了した時点で内山は感じた。「相手の右目上が赤く腫れ上がっている。

そこを狙っていけばTKOに持ち込める」という確信を持った直後のダウンだった。

 防衛戦1か月前。スパーリング中に右手甲に激痛が走る。骨折。それでも中止という選択肢はなかった。過去に三浦とはスパーリングをした経験があり、その時に抱いた印象は「まだこの程度か」という軽いものしか残らなかった。「右が使えなくても、左さえ使えれば」というのがV3戦への答えだった。スパーリングを再開すると、パートナーは当然左右を使うが、内山は左のみで、相手の「2」に対して自分は「1」。試行錯誤しながら変則的なスパーリングを繰り返し、ついには左だけで相手をコントロールできるまでになる。「そのおかげで、ジャブはもちろん、フックもアッパーもいろんな左の使い方ができるようになった」と述懐している。

 3回のピンチは切り抜け再び主導権を握ったかに見えたが、再びアクシデントに見舞われた。痛めていた右は極力使わないでいたが、「相手に負傷を気付かれないためにも、たまには出した」と軽く打っただけでも激痛となり、ラウンドを重ねるごとに痛みは増していった。

右は完全に使い物にならなくなり、「左」に頼った。とにかく「ジャブ」であり「ストレート」となった「左」を挑戦者の顔面に打ち込んだ。7回、三浦の右目は大きく腫れ上がり、視界はほぼ失われていた。そして8回終了後のインターバル。ドクターチェックが入り、レフェリーが試合の終了を宣言した。内山のパンチを浴び続けた三浦は、試合後こう振り返った。「あのまま試合を続けていれば死んでいます」

 内山のパンチのすさまじさが、ダイレクトに伝わる言葉だった。「左が大切ということを一番実感したのが三浦戦でした。左しか練習していませんが、それが結果に表れた試合。最大のピンチを打開できたのは、左のおかげ」と口にしている。けがの功名で「左」が強くなり、左右どちらでもKOパンチを持つようになった王者は、WBAのスーパー王者となり11度の防衛に成功する。他団体王者との統一戦など海外でのビッグファイトを希望し、ファンもその姿を期待したが、願いは最後までかなわなかったのが残念でならない。

現在はジム会長として後進の指導にあたり、バンタム級の栗原慶太が日本王座を獲得し、ジムから初のチャンピオンが誕生している。

 一方の三浦は、内山戦での敗戦後に帝拳ジムに移籍。13年4月に内山からダウンを奪った左ストレートをフル回転させ、WBC世界スーパーフェザー級王者ガマリエル・ディアス(メキシコ)を9回TKOで破り王座を獲得。敵地メキシコに乗り込みV1を達成するなど、4度の防衛に成功。破壊力抜群の左は「ボンバーレフト」と呼ばれた。17年7月に引退してからは、地元の秋田に戻り、青少年を対象にボクシング指導を行っている。

 ◆内山高志(うちやま・たかし) 1979年11月10日、長崎県出身、埼玉県春日部市育ち。46歳。花咲徳栄高1年でボクシングを始め、拓大4年から全日本選手権を3連覇するなどアマ戦績は91勝(59KO)22敗。2005年7月にプロデビュー。10年1月にWBA世界スーパーフェザー級王座を獲得し、11連続防衛に成功。プロ通算24勝(20KO)2敗1分け。

身長171センチの右ボクサーファイター。引退後の18年12月に「KOD LAB FITNESS BOXING」をオープン。

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