この記事をまとめると
■メルセデス・ベンツと関わりが深いレーシングドライバーであるスターリング・モスの名を冠したモデルがある■メルセデス・ベンツとAMGとマクラーレンによって開発されたSLRマクラーレンの限定モデルとして登場
■1955年のW196型SLRを模したバルケッタスタイルで75万ユーロ・75台限定だった
メルセデス・ベンツとスターリング・モスと「722」
モータースポーツの歴史に詳しい人ならば、1950年代から1960年代にかけて、F1やスポーツカーレースで大活躍したドライバー、スターリング・モスの名を知らない者はいないだろう。2020年に惜しまれつつも90歳でこの世を去った彼は、1955年にはW196でF1に参戦したほか、スポーツカーレースの世界でも300SLRを駆ってミレミリアで優勝を果たすなど、メルセデス・ベンツとの関係も非常に深かったのである。今回はそのモスの名が掲げられた、一台のスーパースポーツの話をしよう。
1999年のデトロイト・ショーでメルセデス・ベンツは「ヴィジョンSLR」とネーミングされたプロトタイプを初公開する。それは後にメルセデス・ベンツ、メルセデスAMG、そしてマクラーレン・カーズという強力なパートナーシップによって、2003年のフランクフルト・ショーで量産型の「SLRマクラーレン」へと進化。それを起点にさまざまなモデルを派生していくことになる。

そのなかでも注目されたのは、当時はSLRシリーズの最終進化型であると説明された2006年発表の「722エディション」と、それに続いて2008年に発表された「ロードスター722S」の両モデルだった。フロントに搭載されたエンジンは、もとより強力な5439ccのV型8気筒スーパーチャージャーで、最高出力はスタンダードなSLRマクラーレンと比較して、さらに24馬力アップとなる650馬力。

だがここで注目しなければならないのは、車名の「722」という数字。これは前で触れた1955年のミレミリアでモスが優勝した時のゼッケン、722号車(同時にそれはスタート時刻の午前7時22分をも意味していた)にほかならなかった。

メルセデス・ベンツとモスとの関係がいかに親密なものであったのかは、このSLRマクラーレンのヒストリーのなかに誕生したモデルの存在からも明らかだろう。
発表から10年後に真の姿へと変貌を遂げたSLRマクラーレン
だが、メルセデス・ベンツのモスに対する敬意は、それで終わることはなかった。ヴィジョンSLRの発表からちょうど10年後となる2009年、場所も同じデトロイト・ショーで、メルセデス・ベンツはSLRマクラーレン・シリーズの真のファイナルモデルを発表。わずか75台の限定車とされたそのモデルに与えられた名は「SLRマクラーレン・スターリング・モス」にほかならなかった。

その発表の瞬間に立ち会った自分は、その時の感動を今でも忘れることはできない。

キャビンはもちろん2シーターのレイアウトだが、シートはステッチによって300SLRと同様のチェック柄を再現。シフトレバーの近くには、モスのオートグラフも入れられている。ステアリングホイールやシフトレバーのデザインも、このモデルに専用のデザインだ。

エンジンのチューニングもさらに進められた。最高出力は650馬力にまで強化され、運動性能は0-100km/h加速で3.5秒。最高速は350km/hを実現する。前後のサスペンションやブレーキシステムは、それまでのSLRマクラーレン・シリーズから受け継がれたもの。
参考までに発表当時の車両価格は75万ユーロ(当時にして約9600万円)とされたが、その限られた生産台数と、メルセデス・ベンツとスターリング・モスの間にあるストーリー。さらにはSLRマクラーレンというベースとなったスーパースポーツの魅力を考えれば、現在の価値はその数字を大きく超えることは間違いないだろう。

ちなみに今回、RMサザビーズが同社のパリ・オークションに出品したSLRマクラーレン・スターリング・モスは、ドイツのカスタマーにデリバリーされて以来、その走行距離がわずかに150kmという新車同然のモデル。