
2023年2月、東京・江戸川区の住宅に侵入し、住人の男性(当時63)を殺害したとして住居侵入と殺人の罪に問われている同区立中学教諭・尾本幸祐被告(38)の初公判が16日に東京地裁(中尾佳久裁判長)で開かれ、被告人が無罪を主張した。
事件は、被害者と同居していた母親に助けを求められた通行人の110番通報によって発覚。
住居侵入、殺人ともに否定
黒のスーツに身を包み初公判に現れた被告人は、「失礼します」と丁寧に一礼してから入廷。逮捕時に報道された姿よりもかなり痩せている印象だった。検察官が訴状の読み上げを行った後、裁判官に認否を問われると、はっきりした声で次のように述べた。
「私は、犯人ではありません。住居侵入も殺人もやっておりません。身に覚えがありません。犯行を起こす動機もありませんし、殺意を抱いたこともありません」
さらに「大事なことなので2度繰り返します」として同じ言葉を続け、弁護人も被害者に弔意を表した上で「いずれも争います」と起訴内容を否認した。
証言台で無罪を主張する被告人(画:権左美森)
現場に残された「激しい抵抗の跡」
検察によれば、犯人は2023年2月24日夕方に無施錠だった被害者宅の玄関から侵入。被害者の顔面や頸部(けいぶ:首)を刃物で複数回刺し、血液吸引性窒息により死亡させた。被害者の体には、頭蓋骨や口腔(こうくう)内にまで到達するほど深い傷を含め、おびただしい数の刺し傷が残されていたという。被害者宅は木造3階建て住宅で、玄関の床、階段の壁面、リビングのテーブル、電話機から外れた受話器などに血痕が多数あり、激しく抵抗した跡が残っていた。
110番通報を受けて警察や消防が臨場した際、顔面付近から大量に出血し玄関付近に倒れていた被害者の左手にはマスクがかかり、右手には刃体のない刃物の柄が握られていたという。この刃物の柄から推定される凶器は、100円ショップに卸されている全長約20cmのフルーツナイフだった。
なお、防犯カメラに映る犯人と被告人が同一人物であることについては、被告人のスマートフォンのヘルスケアアプリの履歴や、歩様(ほよう:人が歩く姿)などから立証するという。
そして、事件当日に被告人は勤務先の中学校で午後休を取得していたが、退勤時刻を事件発生後に変更するなど、犯行後にアリバイ工作をしていたとも指摘。「これらの間接事実は、被告人が犯人でないなら合理的に説明できない」と主張した。
弁護人「殺害動機が皆無」
一方の弁護人は、「被告人には事件当時、自宅にいたアリバイがある。殺害動機が皆無だ」と反論。動機については、検察が「必ずしも明らかではない」としながらも、被告人が借金を抱えていたことを指摘しているが、弁護人は「(被告人には)家のローンがあったが、過酷な取り立てはなかった。職業は地方公務員であり、給料もしっかり支払われていたことから、経済状況が殺害意図とはならない」と主張した。
検察の提示する証拠にはDNA型なども含まれていることから、一見すると被告人が犯人であるという主張には説得力があるように思われる。しかし近年は、昨年9月に再審公判で無罪判決が言い渡された「袴田事件」に代表されるような、捜査機関による証拠のねつ造が招いたえん罪も明らかになり、問題視されている。
もちろん、被告人が犯人である可能性も否定できず、今後はより慎重な審理が求められるだろう。
審理は裁判員裁判で進められ、証人尋問や被告人質問を経た後、来月28日に判決が言い渡される予定だ。