大塚製薬社員の過労死、両親が“スマホの歩数データ”を手掛かりに逆転勝訴判決…労基署の“労災不支給決定”を覆す
4月15日、東京地方裁判所は、大手製薬会社「大塚製薬」に勤務していた下山達也さん(当時31歳)が2018年に自ら命を絶ったのは過重労働による精神障害が原因だったとして、遺族補償給付などを支給しなかった国の処分を取り消す判決を言い渡した。
会社側が「事業場外みなし労働時間制」を適用し、正確な労働時間管理を行っていなかった中で、原告である達也さんの両親は、スマートフォンに残された歩数データなどを手掛かりに証拠を集め、それらを用いて長時間労働を立証しようと試みた。

裁判所は、人員削減に伴う業務量の増加や複数回にわたる連続勤務など、複合的な要因を総合的に評価し、業務との因果関係を認めた。労災認定を求めてから8年、両親の達也さんへの思いと熱意が司法を動かした。

「息子を亡くしてからの日々は、生き地獄」

「息子を亡くしてからの日々は、生き地獄です。どれだけ時間が経っても、この悲しみが消えることはありません」
判決後の4月22日に開かれた記者会見で、亡くなった達也さんの父・俊光さんは、絞り出すように語り始めた。
「あまりにも突然で信じられない知らせに動転し、膝から崩れ落ちたあの時の感覚は、今でも消えることはありません。息子との別れはあまりにも突然で、あまりにも残酷でした。かけがえのない存在を一瞬で失った現実は、家族の深い悲しみの中で生活が一変しました」
達也さんは2009年に大塚製薬に入社。神奈川県出身で、幼い頃からサッカーに打ち込み、大学まで続けた真面目で思いやりのある青年だったという。「人々の健康を守る」という企業理念に共感し、仕事に誇りを持っていた。
しかし、2016年11月に長崎出張所に配属されてから、その労働環境は過酷さを増していく。そして2018年4月2日、自ら命を絶った。31歳だった。
遺書には、職場の上司3人の名前が記されていた。
「会社が原因で追い詰められた以外に考えられません」と父親の俊光さんは法廷で訴えた。

立ちはだかった「事業場外みなし労働」の壁

両親が労災を申請する上で、大きな壁となったのが「労働時間」の証明だった。
会社は達也さんに対し、外勤の営業職などを対象とする「事業場外みなし労働時間制」を適用していた。これは、労働時間を正確に算定するのが難しい場合に、所定の時間働いたものと「みなす」制度である。そのため、会社が提出した出勤記録は「午前9時から午後5時30分まで」と一律に記載されたもので、実態を全く反映していなかった。
母親のたみ子さんは「この時代にあって時間管理がなされていないことに、私たちは大きな衝撃を受けました」と振り返る。
俊光さんとたみ子さんは、真実を明らかにしたい一心で、証拠集めに奔走した。長崎へ何度も足を運び、達也さんの自宅から会社の駐車場、出張所までの距離や歩数を自ら計測。達也さんのスマートフォンに残された膨大な歩数計データと照合し、出勤・退勤時間を特定しようと試みた。
さらに、社用車のETC利用履歴やガソリンの給油記録、手帳のスケジュール、業務報告書、同僚や友人に送られた写真データなど、あらゆる断片的な情報を一つひとつ拾い集め、パズルを組み合わせるようにして、息子の失われた時間を再構築していった。
2019年3月26日、これらの証拠を基に長崎労働基準監督署に労災申請を行った。しかし、労基署は会社側が提出した不正確な労働時間記録などを基に判断し、業務と自死との因果関係を認めず、不支給を決定。その後、審査請求、再審査請求も棄却されたため、俊光さんとたみ子さんは国を相手取り、処分の取り消しを求めて提訴に踏み切った。

大塚製薬社員の過労死、両親が“スマホの歩数データ”を手掛かり...の画像はこちら >>

原告代理人・青柳拓真弁護士(4月22日 東京都千代田区/弁護士JPニュース編集部)

複合的な要因を総合評価した裁判所の判断

東京地裁の判決は、原告が提出した入室記録やPCのログ、ETC履歴などの証拠を基に、時間外労働は発病前6か月に80時間3分、発病前4か月に86時間27分に達していたと認定した。
その上で、達也さんの心理的負荷を次のように評価した。
【仕事内容・仕事量の変化】
発病前5か月から4か月、および発病前3か月から2か月にかけて、それぞれ時間外労働が20時間以上増加しており、いずれも「仕事内容・仕事量の大きな変化」に該当するとし、心理的負荷を「中」と評価した。
【連続勤務】
2017年10月から2018年3月にかけて、12日間以上の連続勤務が3回あったことを認定。「平日の時間外労働だけではこなせない業務を抱えていたために連続勤務を余儀なくされた」とし、国の「負荷は弱い」との主張を退け、心理的負荷を「中」と評価した。
【月80時間以上の時間外労働】
発病前4か月に加えて、発病前6か月にも80時間を超える時間外労働があったことを指摘。これは人員削減前に発生したものであり、「仕事量の変化」とは別個の要因によるものとして、独立して評価すべきだと判断。心理的負荷を「中」とした。
そして、判決が最も重視したのは、これらの出来事が個別にではなく、連鎖し、積み重なっていったプロセスである。
「被災者においては、平成29年10月の時点で業務の繁忙により肉体的・精神的疲労等が蓄積していたところに、同年11月の人員削減を契機として一層の負荷が掛かるに至り、かつ、それが平成30年3月まで継続したものといえ、これら全体の総合的評価は、それぞれの出来事の評価よりも強くなると考えられるから、その心理的負荷の強度は『強』と認められる」
判決は、人員削減と信頼する上司の異動が重なったこと、それによって業務量が増加し、長時間労働や連続勤務が常態化したこと、さらに係長昇進後の成績不振というプレッシャーが加わったことなど、一連の出来事が複合的に作用し、達也さんを精神的に追い詰めていったと結論付けた。
原告代理人の山岡遥平弁護士は、裁判所が達也さんの勤務実態を重視して判断を行ったと指摘。「労基署の判断と裁判所の判断が分かれた一番のポイントは、ノルマの未達なども含め、人がどういう状況で負荷を感じるのかをきちんと受け止めて評価した点だ」と分析する。
大塚製薬社員の過労死、両親が“スマホの歩数データ”を手掛かりに逆転勝訴判決…労基署の“労災不支給決定”を覆す

原告代理人・山岡遥平弁護士(4月22日 東京都千代田区/弁護士JPニュース編集部)

企業と社会に突きつけられた課題

この判決は、単に一個人の労災を認定しただけではない。
日本企業において、「事業場外みなし労働時間制」の名の下で、労働者の働き方の実態を踏まえない労務管理が今なお根強く横行していることに、警鐘を鳴らすものといえる。
「人々の健康を守る」という使命を掲げる大企業が、自らの従業員の心と体の健康を守ることができなかった。この現実は、あまりにも重い。
原告代理人の野村和造弁護士は、大塚製薬の対応と労務管理の不備を批判した。
野村弁護士:「問題が起きた時に、積極的に資料を提供してくれる会社もある。会社にとっての利益とは、そこで働く人の利益も含めた広い意味のものだと認識してほしい」
大塚製薬社員の過労死、両親が“スマホの歩数データ”を手掛かりに逆転勝訴判決…労基署の“労災不支給決定”を覆す

原告代理人・野村和造弁護士(4月22日 東京都千代田区/弁護士JPニュース編集部)

現在、政府では労働時間規制の緩和、裁量労働制の見直しが検討されている。しかし、それ以前に、今なお、労務管理が徹底されていない企業がわが国に数多く存在するという実態を、どのように克服していくのかという重大な課題が残されている。
母親のたみ子さんは会見の最後に、こう結んだ。
たみ子さん:「今回の判決が、同じように苦しみながらも声を上げることができない方々にとって、少しでも希望となることを願っています。そして、働く環境が見直され、二度と同じような悲しい出来事が繰り返されない社会になることを、心から願っています」


編集部おすすめ