29日、東京都福生市で男性が高校生2人をハンマーのようなもので殴りけがをさせ、駆け付けた警察官らに自宅玄関先で農薬とみられるものを噴射して3人にけがを負わせた事件で、警視庁は、殺人未遂罪の疑いで高林輝行容疑者(44歳)の逮捕状を取得し、行方を追っている。
本件については、男性が高校生に殴りかかる際に「うるさい」などと言っていたとのことである。
また、事件直前には男性の母親が、高校生らが路上でたむろして話をしていたのに対し注意を行っていたことが報じられている。
被害者の高校生らも警察官も、けがを負ったものの、いずれも命に別状はないという。にもかかわらず、加害者とされる男性はなぜ、傷害罪ではなく殺人未遂罪で逮捕状を取られたのか。両者を区別する基準はどこにあるのか。刑事事件の対応が多い荒川香遥弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所代表)に聞いた。

行為の客観面からは区別が不可能

荒川弁護士は、傷害罪と殺人未遂罪の区別は「行為の客観面からは不可能であり、主観面をチェックするしかない」と断言する。
荒川弁護士:「傷害罪は人を傷害した場合に成立する罪で、殺人未遂罪は人を殺そうとして未遂に終わった場合に成立する罪です。
人をハンマーで殴ってケガさせた場合、客観的にみればどちらの構成要件にも該当します。そこで、加害者がどのような認識を持っていたのか、つまり『故意』の内容を検討する必要があります。
単に殴ろうと思って殴ってけがをさせた場合には傷害罪、殺そうと思って殴ってけがにとどまった場合は殺人未遂罪が成立するということです」
故意は、必ずしも「殺してやろう」という意欲までは必要ないという。
荒川弁護士:「故意は、『殺してやろう』という意欲までは不要です。また、『確実に死ぬだろう』と認識している必要もありません。
あくまでも、『死の危険性がある』と認識して行為に及べば、故意が認められます。
このように『死ぬ可能性があるが、そうなっても構わない』と、犯罪結果の発生を認容していることを、『未必の故意』といいます」

見えない「主観」をどうやって認定するのか

とはいえ、人の主観面は見えない。加害者が「ハンマーで殴ったのは認めるが、殺すつもりはまったくなかった」と言い張れば、殺人の故意が否定されてしまい、不都合ではないか。
荒川弁護士:「たしかに故意は人の内心の事情です。しかし、故意があるかどうかは、あくまでも客観的・外形的な周辺事情を考慮して、社会通念に従って判断されます。
判断の対象となるのは行為者の主観ですが、判断基準は客観的・外形的事情と一般人の合理的な経験則だということです。
殺人未遂罪の場合、殺意を認定するには、加害行為に使用した物の性状・危険性、加害行為の態様、被害者の体のどの部位に攻撃が加えられたか、といった客観的事情を総合的に考慮して判断します。
分かりやすい例を挙げると、長く鋭利な刃物で人の心臓のあたりを狙って刺しておいて『殺すつもりはなかった』という言い訳は通用しません。
逆に、どれほど長く鋭利な刃物を用いたとしても、腕を狙って切りつけたような場合や、喧嘩になり威嚇しようとしてたまたま当たっただけの場合などには、殺意は認められにくくなります」
では、殺意の認定において、たとえば「積年の恨み」「怒り」などの「動機」はどのように扱われるのか。
荒川弁護士:「故意はあくまでも行為時点での主観なので、行為に至る前段階の動機とは区別されます。
ただし、故意を認定するにあたり、『こういう事実があったことから、被害者に対し恨みを抱き、殺そうとする動機が認められる』という具合に、周辺的な事情として考慮されることはあり得ます」

ハンマーで高校生を殴る行為に「殺意」が認定される事情とは?

本件では、加害者男性はハンマーで高校生を殴り、けがをさせている。なぜ、殺人未遂罪の罪名で逮捕状が発付されることになったのか。何が傷害罪の故意と殺人(未遂)罪の故意(殺意)とを分けるのか。
荒川弁護士は、「現段階で報じられている情報をもとにする限り」と留保しつつ、以下の通り説明する。

荒川弁護士:「ハンマーは、大きさや材質にもよりますが、先端に大きくて重い金属の塊がついており、それで人の身体を殴ると、確実に身体に大きなダメージを与えます。打撲で済めばラッキーな方でしょう。
特に、ハンマーが頭部に命中すれば、頭蓋骨が破壊され、最悪の場合、脳がやられて生命が奪われる危険性もあります。
報道によれば、ハンマーで殴られた高校生のうち1人は左目の眼底骨を骨折し、1人は右肩を打撲したとのことであり、高校生らの頭部付近を狙った可能性が高いと考えられます。
そうすると、それ自体生命の危険を招きかねない危険な物を使って、打撃を受けたら死の危険が発生する危険性が高い体の枢要部を狙い、殴るという強い有形力を加えたことになり、少なくとも、高校生らを死に致す危険を認識して行為に及んだと推認するのが合理的です。
したがって、現段階で断言はできないものの、この推認を覆すほどの強い事情が他に存在しない限り、『殺すつもりはなかった』という言い訳は通用せず、殺人の故意が認められる可能性が高いでしょう」
犯人とされる男性は現在も逃走中であるが、逮捕され起訴されれば、いずれ裁判で真実が明らかにされることになる。荒川弁護士は、憶測による発言や情報発信は厳に慎むべきと述べる。
荒川弁護士:「今後、現段階で分かっていない情報が明らかになる可能性があります。また、刑事事件では時間の経過とともに事実が変遷することもあるので、逮捕状に記載された罪名と異なる犯罪が成立することや、無罪判決が行われることもあり得ます。
本件の背景には様々な事情があるようですので、現段階で本件についてあれこれ憶測を述べたり、関係者について非難したりすることには、慎重になるべきでしょう」


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