「90年代だったら、『環と周』はボツになっていた気がします」よしながふみが感じる“少女漫画”の進化とは? 「読み手としても描き手としても、今が1番楽しい」

漫画誌「ココハナ」で連載されていたよしながふみの最新作『環と周』が、10月23日にコミックスとして発売される。さらに代表作のひとつ『大奥』の実写ドラマのSeason 2が、10月からNHKで始まった。

また『きのう何食べた?』の実写ドラマseason 2もテレビ東京で10月から放送中。あらためてよしなが氏に、少女漫画にこだわる理由などを聞いた。(サムネイル・トップ画:©︎よしながふみ/集英社)

10年前にもNHKから実写化の誘いがあった

——よしながさんにとって2023年は、NHKで『大奥』の実写ドラマが始まったり、Netflixでアニメ版が配信されたりとトピックが目白押しですが、これは偶然ですか?

はい、たまたまです(笑)。『大奥』は連載が終わるタイミングで、NHKさんからお声がけいただきました。

実は、NHKさんからは10年ぐらい前にも実写化のお話をいただいていたのですが、その少し前にTBSさんのほうからのドラマ化が進んでいたので、一度お断りする形になっていました。

——原作者から見て、ドラマはいかがでしたか?

生身の人間が演じるパワーにも圧倒されましたし、森下佳子さんの脚本が素晴らしかったです。森下さんは『おんな城主 直虎』や『JIN-仁-』を手掛けてこられたので、プロ中のプロであることは重々承知しているのですが、1話45分とは思えない物語の密度に驚かされました。

45分が終わるころには、次の壮絶な展開が始まるんですよね。

3話なんて、徳川家光(堀田真由)が息を引き取った次の瞬間、極彩色の綱吉(仲里依紗)が艶やかに登場して、家光の悲劇が一瞬で神話のように遠く感じました。あんなに切ない最期から一瞬で派手な話に変わる。テレビを見ながら「私が漫画で描きたかったのは、この大河の流れを感じる物語だ」と思いました。これこそ、人の生きていく歴史。

以前の実写化は「有功・家光篇」「右衛門佐・綱吉篇」だけだったので、今回は映像化されていない部分も見られます。
これから激動の幕末が待っていますし、1人の視聴者として楽しみです。

「90年代だったら、『環と周』はボツになっていた気がします」よしながふみが感じる“少女漫画”の進化とは? 「読み手としても描き手としても、今が1番楽しい」

少女漫画誌「MELODY」にて連載されていた『大奥』(白泉社)

幼少期の自分にとって、少女漫画は拠り所だった

——『大奥』は男性からも根強い支持があります。同作は少女漫画誌「MELODY」で連載されていましたが、青年誌などで連載することは考えましたか?

いえ。「MELODY」は山岸凉子先生の『日出処の天子』を連載していた白泉社さんでしたので、とても光栄でした。

そもそも、自分の作品はすべて少女漫画だと思って描いています。

——『きのう何食べた?』もですか? 媒体は青年漫画誌「モーニング」(講談社)ですよね。

はい。

私の中では少女漫画です。周りの友人たちからは連載当初「青年誌でやっていけるの⁉︎」と連絡をもらうぐらいでしたけれど、長く愛していただいているので、本当によかったです。

その点、『環と周』は80~90年代前半の少女誌に連載されていそうな作品です。

たとえば、明治時代が舞台の第2話では、環と周が女学生として出会って仲を深めていく物語ですが、懐かしいタイプの少女漫画になったと思います。

「90年代だったら、『環と周』はボツになっていた気がします」よしながふみが感じる“少女漫画”の進化とは? 「読み手としても描き手としても、今が1番楽しい」

『環と周』第2話より(©︎よしながふみ/集英社)

——女学生同士の絆を描く一大ジャンル「エス」を思い出しました。

”百合モノ”の元祖である吉屋信子先生は、昭和や大正を舞台に「エス」の小説を綴っていらっしゃいますよね。

『環と周』第2話の舞台は明治時代ではあるのですが、近いと思います。

——少女漫画にこだわる理由はありますか?

私が幼少期を過ごした80年代ごろまでは、少年漫画じゃないものはすべて少女漫画が内包していた時代でした。青年漫画っぽい作品もBLもありで、混沌としていた。

たとえば、一条ゆかり先生の『砂の城』は、30代後半の女の人が18歳の青年と恋に落ちる話ですが、「りぼん」で連載していましたから。一条先生で言うと、同じく「りぼん」で連載されていた『デザイナー』も、お仕事漫画としても金字塔。先ほど出た『日出処の天子』の主人公は同性愛者ですし……。


少女漫画は、男女に限らず人間の性愛や友愛など、いろいろな関係が描かれていて、子どものころの自分にとっては、拠り所のようでした。

進化する近年の少女漫画

——BL誌でのご活躍を経て、今は一般誌メインで執筆されていますよね。

恋愛以外の結びつきを読みたいし、描きたいと思ってBLの世界にいたものの、やはりラブはすごく求められるので……。試行錯誤しながら一般誌に移り、今に至ります。

——そして再び、少女漫画誌でも描かれるようになりました。

はい。『環と周』のような作品を少女漫画誌に載せていただけて本当に嬉しいです。

そもそも、編集者さんに企画の話をしたときに「面白い」と言っていただけないと、その先を描くことはできないので……。

最近は、自分の好きな「恋愛以外の結びつきを描きたい」と言ったときに「いいね」と返してくださる方が増えてきたので、安心して続きが描けるようになりました。90年代だったら、『環と周』はボツになっていた気がします。

——恋愛至上主義の雰囲気が弱くなった、ということでしょうか?

読者としては、王道ラブストーリーがありつつも、それ以外の物語も増えたように感じますね。それに、恋愛モノも雰囲気が変わったような気がします。

読み手としても描き手としても、今が1番楽しいです。

——次の作品はどんな物語を描くのでしょうか?

芸能界を舞台にした連載を準備中です。前々から予定していたのですが、コロナ禍の影響でなかなか取材ができなかったんです。ようやく着手できるので、ワクワクしています。

文・インタビュー/嘉島唯

環と周(集英社)

よしながふみ

「90年代だったら、『環と周』はボツになっていた気がします」よしながふみが感じる“少女漫画”の進化とは? 「読み手としても描き手としても、今が1番楽しい」

2023年10月23日発売

748円(税込)

B6判/224ページ

ISBN:

978-4-08-844839-8

環は仕事の帰り道、空き地で娘の朱里が同学年の女の子・則本さんとキスをしているところを目撃してしまう。帰宅して夫に相談するが、夫は思うところがあるようで…。実は、夫も朱里と同じ中学3年生の時に同級生の男の子を好きになった事があった――。
わたしたちの間に存在する、様々な“好きのかたち”を描く珠玉のオムニバス連載。