NHKの連続テレビ小説「ひよっこ」(岡田惠和脚本)は、1964年の東京オリンピック開催直前の茨城の片田舎を舞台に始まった。先週放送分では、ヒロイン谷田部みね子(有村架純)が高校の同級生たちと、オリンピックの聖火が茨城県内を通るのとあわせて、自分たちの村でも独自に聖火リレーを実現させた。
木俣冬さんの記事にあったように、これは実話をもとにしたエピソードだとか。

それにしても、「ひよっこ」の劇中、肝心のオリンピックはテレビのモノクロの画面の向こう側で、あっけなく終わってしまった。それがかえって「田舎」と「東京」の遠さを表していたようにも思う。

これまでの朝ドラでも、東京オリンピックはたびたびとりあげられてきた。戦後日本におけるビッグイベントだけに、女の一代記の多い朝ドラに登場するのは当然といえる。ただ、それは50年以上にわたる朝ドラの歴史のなかでも、じつはごく最近の傾向かもしれない。
朝ドラで東京オリンピックが重要な題材に扱われ、その前後の時代が舞台となったのはおそらく、早くとも1989~90年放送の「和っこの金メダル」(重森孝子脚本)がその先駆けではないだろうか(ただし、細かく調べたわけではないので、もしそれ以前に東京オリンピックをとりあげた作品があるなら、ご存知の方にぜひご指摘いただきたい)。

この記事では、「和っこの金メダル」以降、歴代の朝ドラにおいて東京オリンピックがどんなふうにとりあげられてきたかを振り返ってみたい。
東京オリンピックは朝ドラでどう描かれてきたのか「オリンピックのどこがすばらしいと思うんや?」
2010年放送の朝ドラ「ゲゲゲの女房」では、それまで貧乏のどん底にあった水木しげる夫妻に、東京オリンピックを境に明るい兆しが訪れる

ヒロインの結婚式と重なった五輪女子バレー決勝


「和っこの金メダル」は、平成に入ってスタートした朝ドラでは2作目にあたる。ヒロインの秋津和子(渡辺梓)は、山口県での高校時代よりバレーボールに熱中し、卒業後の1959年には、就職した大阪・岸和田の紡績会社でバレーボール部に入って、東京オリンピック出場をめざす。このころの関西では実際に、オリンピックの日本代表となったニチボー貝塚(大日本紡績貝塚工場)をはじめ、紡績会社の女子バレーボール部がしのぎを削っていた。

結局、和子はオリンピック出場は果たせず、バレー部自体も、折からの繊維不況による会社の人員整理のなか事実上の廃部となる。これを機に転職した彼女は、やがて高校の先輩と結婚。
その結婚式は、東京オリンピックの女子バレー決勝(日本対ソ連)と重なり、新郎新婦は、披露宴の出席者たちとともに会場を抜け出し、ロビーでテレビ中継に釘づけとなった。

「小さな国の名前のひとつでも覚えたらええ」とヒロインの父は諭した


東京オリンピックが朝ドラにあいついでとりあげられるようになったのは、「和っこの金メダル」からさらに10年ほどあとだ。これはようするに、そのころには、オリンピック開催に象徴される高度成長期も歴史の域に入り、それまで朝ドラで繰り返し描かれてきた戦時中や占領期と同列に扱えるほどになっていたということなのだろう。

2000年から翌01年にかけて、世紀をまたいで放送された「オードリー」(大石静脚本)は、日本映画が黄金期から斜陽化していく時代を背景に、京都・太秦(うずまさ)撮影所にほど近い老舗旅館に生まれ育った佐々木美月(岡本綾)の一代記である。

東京オリンピックは美月が小学5年のときに開催された。このとき、アメリカ育ちの父・春夫(段田安則)が、テレビ中継に夢中になる美月(子役:大橋梓)や彼女の弟に、「オリンピックのどこがすばらしいと思うんや?」と問いかける。春夫は「見るんやったら、選手ひとりで来ているような、小さな国の名前のひとつも覚えといたらええ」と話し、さらにオリンピック開催直前、1964年8月に起こったベトナムと北ベトナムの軍事衝突(トンキン湾事件)などにも触れながら、平和の祭典の裏で世界はいまでも多くの矛盾をはらんでいることを教えようとしたのだった。


喫茶店のカラーテレビに五輪めあての客が集まる


他方、大阪・池田のパン店を舞台とした「てるてる家族」(大森寿美男脚本、2003~04年)では、ヒロイン岩田冬子(石原さとみ)の母・照子(浅野ゆう子)が、経営する喫茶店にオリンピックにあわせてカラーテレビを購入する。おかげで会期中には中継めあてに客が連日詰めかけた。とりわけ盛り上がったのは、やはり女子バレーボール決勝だった(もっともこの中継はモノクロだったのだが)。

しかしパン店の工場長・大平辰造(でんでん)は、この歴史的な試合を見られなかった。風邪で寝込んでいたためだが、このとき布団の下に辰造が古ぼけた写真を置いているのを、たまたま冬子が見つけてしまう。それは、辰造が戦時中に出征しているあいだに「逃げられた」という妻子だった。ここから冬子が辰造には黙って妻子探しを始めてしまったため、ひと騒動が起きる。
考えてみれば、東京オリンピック開催の時点で、終戦からまだ20年も経っていなかった。辰造がそうであったように、戦争のため家族との離別などを経験し、このころもなお解消されないものを背負いこんでいた人は大勢いたに違いない。

さて、岩田家とオリンピックといえば、長女・春子(紺野まひる)は少女時代より続けてきたフィギュアスケートで、1968年のグルノーブル冬季オリンピックの出場権を獲得している。ちなみに春子のモデルは、実際に同五輪に出場した石田治子で、同ドラマの原作者・なかにし礼の義姉にあたる。

同様に、治子の妹で歌手・女優のいしだあゆみがモデルとなった岩田家の次女・夏子(上原多香子)は劇中、1964年春に、歌手デビューするため東京の芸能事務所に入った。オリンピック直前に東海道新幹線が開業してからというもの、娘の世話のため、照子は大阪~東京間を新幹線で何度も往復するようになる。


新幹線といえば、2012年放送の「梅ちゃん先生」(尾崎将也脚本)で、ヒロイン梅子(堀北真希)の夫・安岡信郎(松坂桃李)が父の代から続く町工場で、1959年に新幹線の開発が始まると、その車両の部品の製造を請け負ったことも思い出される。

開会式と貸本屋夫婦の門出、そして水木しげる夫妻も…


ここまで見てきた朝ドラのうち、「和っこの金メダル」「オードリー」「てるてる家族」は関西、「ひよっこ」は茨城と、オリンピック開催時、ヒロインは東京から離れた場所にいた点で共通する。これらに対し、マンガ家・水木しげる夫妻をモデルとした「ゲゲゲの女房」(山本むつみ脚本、2010年)のヒロイン村井布美枝(松下奈緒)は、オリンピック開催当時、夫の茂(向井理)と幼い娘とともに東京郊外の調布市に暮らしていた。

調布は、東京オリンピックのマラソンで折り返し地点にもなった町だが、ドラマにはそれを明示する描写は出てこない。しかも、村井夫妻は東京オリンピックの開会式を、カラーテレビどころか、壊れかけのラジオでどうにか聴くことができた。これというのも、当時の夫妻が食い扶持にしていた貸本劇画は衰退の一途をたどり、白黒テレビを買う余裕すらなかったからだ。


ちょうど開会式の当日、1964年10月10日には、布美枝と親しくしていた松坂慶子演じる貸本屋の店主が、店を畳んで千葉へ引っ越していった。それは、戦後長らくさまざまな事情から働けなかった彼女の夫(光石研)がようやく就職口を見つけたためだ。くだんの場面では、貸本屋夫婦の門出を祝うように、オリンピック中継の音声がかぶせられていたのが印象深い。その翌年、茂は週刊誌から原稿依頼を受けたのを機に、一転して人売れっ子マンガ家となっていく。その意味でも、東京オリンピックはドラマにおいて一つの区切りとなっていた。

ともあれ、「ゲゲゲの女房」のヒロインにもまた、東京に住みながらも、オリンピックはどこか遠くの世界のできごとであるかのような、心情的な距離があったように思われる。

ほかの朝ドラでも、そもそも「和っこの金メダル」のヒロインにとって東京オリンピックは自分が出られなかった大会だし、「オードリー」のヒロインの父は、先述のとおりオリンピックを通して世の不条理を子供たちに教えようとした。こうして見ていくと、朝ドラにおける東京オリンピックは、それに対し登場人物たちが何らかの距離感を持っているからこそ、物語を展開する原動力となっていたような気がしてくる。

「ひよっこ」もまた、オリンピックを前に建設ラッシュに沸く東京で、出稼ぎに来ていたヒロインの父が行方不明になったことから、物語が転がり始めた。はたして週明け以降、ドラマはどう動いていくのだろうか。
(近藤正高)