中国の男子サッカーは長年にわたって「冴えない状態」だ。ワールドカップ本大会に初出場した2002年や、アジアカップで準優勝した04年と比べれば、見る影もない。

香港誌の亜洲週刊は、中国のサッカーが振るわない原因は「挙国体制」にあるとする、邱立本編集長による署名入り論説を発表した。以下は、その主要部分を再構成した文章だ。

今大会のワールドカップのスタジアムでは中国企業の広告がまばゆい光を放ち、ハイテクを投入したユニフォームは中国製で、審判の笛とAI監視カメラも中国製で、生中継は中国の衛星を経由して世界中に伝えられている。そして数億人もの中国人ファンが画面にくぎ付けになって徹夜を繰り返している。中国ずくめのワールドカップ本大会で、「ただ一つ存在しない中国」がある。ピッチでプレーを繰り広げる中国代表チームだ。

中国サッカーの慢性的な弱さは、一日で形成されたものではない。背後にあるのは「体制の病」だ。汚職が横行し、賭博グループが暗躍して操作し、サッカー協会が資源を独占しながらも責任を果たさない。14億人の中から世界の舞台でサッカーをする11人を選び出せないのが、残酷な現実だ。

汚職問題はとっくに骨の髄まで入り込んでいる。各レベルのリーグ戦から国家代表の選抜に至るまで、移籍市場からユース育成システムに至るまで、権益の私物化が至る所に存在する。

役人は不正を働き、代理人は密かに利益を動かし、選手は実力ではなくコネに頼って上位に上り詰める。さらに恐ろしいのは賭博グループの浸透だ。試合結果をあらかじめ設定し、選手のパフォーマンスも操作する。スポーツが利益団体の操り人形に成り下がった。

挙国体制によるサッカー協会の独占状態から脱却せねばならない。この種の「挙国体制モデル」は、愛好者がさほど多くない種目も多い五輪の金メダル戦略では有効かもしれないが、高度に市場化され、若手と草の根の基盤に強く依存するサッカーというスポーツでは、競技の活力を殺すだけだ。サッカー協会はルールの制定者と資源の分配者を兼ねてはならず、ましてや権益の私物化を推進する場になってはならない。

地方にそれぞれの発展を開放し、サッカーを民間に回帰させることが必要だ。サッカーの江蘇スーパーリーグの成功は参考に値する。同リーグは各地域のクラブの自主的な発展と激しい競争に依存して、地方リーグを開花させ、ビジネスとしても大成功した。

江蘇スーパーリーグは各都市の代表チームに学生を含むアマチュアが参加することを認めている。中国では、草の根サッカーと楽しいサッカーの特色を発揮できるようにしなければならない。

サッカー選手の実力は上から判断されるだけではだめだ。それでは、利益の誘導が混入してしまう。まずは子供らに街頭で、学校で、地域で自由にプレーさせて、サッカーを「遊び」という本来の姿に回帰させねばならない。これこそが最も根本的なユースの育成方法だ。

国家代表の選抜メカニズムを改革せねばならない。各省の試合を通じて選抜し、優秀な者を集めて国の代表にするのだ。選抜規則は透明でなければならず、選抜基準は公開されねばならない。いかなる密室操作の余地も根絶せねばならない。国家代表の選抜ではコネを見ず財布を見ず、ただピッチ上のパフォーマンスだけを見なければならない。同時に、厳格な監視監督と問責の制度を確立し、汚職者に重い代償を払わせ、賭博グループの隠れ場所を根絶せねばならない。

ジャーナリストで少年サッカーにも熱心に取り組む董路氏が率いる中国サッカーU12チームが先日、欧州で7カ国の名門ユースチームを立て続けに撃破した。その中にはレアル・マドリード、バルセロナ、ユベントスなどの世界トップクラスのクラブの同年代チームが含まれていた。

このニュースが伝わると、中国全国が沸き立った。

中国サッカー少年U12のメンバーになった子は、挙国体制によって育成されたのではない。中国各地の一般家庭の出身であり、サッカーに対する純粋な情熱によって来る日も来る日も苦しいトレーニングに励み、科学的なユース育成システムを頼りにして、同年代として世界屈指の水準に達した。

若ければ若いほど、希望がある。U12の勝利は、中国人がサッカーの才能に欠けているのではなく、欠けているのは才能を自由に成長させる土壌だと教えてくれた。

中国サッカーには徹底的な革命が必要だ。体制から文化に至るまで、ユース育成からリーグ戦に至るまで、サッカー協会からクラブに至るまでのすべてを改革せねばならない。サッカーを民間に回帰させ、上からの介入ではなく純粋な競争を全面導入し、汚職と権益による私物化を透明性によって駆逐し、利益ではなく情熱によってすべてが動くようにせねばならない。(翻訳・編集/如月隼人)

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