中国のニュースサイト・観察者網に8日、「日本が経験した観光バブル崩壊、中国の観光業にどんなヒントを与えるか」との記事が掲載された。
記事は、「2015~22年は中国で観光開発投資バブルが最も過熱した時期とされる。
その上で、「1985年の円高を背景に、日本では株式や不動産、土地価格が高騰し、投資熱が高まった。1987年には政府が総合保養地域整備法(リゾート法)を制定し、リゾート、高級ゴルフ場、テーマパーク、観光地開発などを後押しした。地方自治体は広大な未利用地を開発業者に提供し、業者は不動産開発と観光開発を一体で進めた。計画が打ち出されるだけで土地価格が急騰し、投資が過熱した」と振り返った。
一方で、「1992年の不動産バブル崩壊とともに状況は一変し、多くのリゾートやテーマパークが債務危機や破綻、遊休化(土地が放置されること)に直面した」とし、「これは現在の中国で古鎮やリゾート施設が抱える問題と極めて似ている。日本は観光開発投資のバブル崩壊を一気に解決したのではなく、長い時間をかけて消化していった」と指摘した。
記事はその第1段階として、「大規模な観光開発の急停止」を挙げ、「それまで政府は観光振興計画やインフラ整備、低利融資などを通じて投資を後押ししていたが、崩壊後は市場が投資を判断すべきだとの考え方に転換。観光開発投資への積極的な関与を徐々に縮小し、積極的な景気刺激策も打ち切った」と伝えた。
そして、「この点は現在の中国とよく似ている。
次に第2段階では「市場による淘汰が進んだ」とし、「これがバブル崩壊後、最も困難な段階だった。銀行や財閥、投資家が将来性を見極め、再建可能な観光開発プロジェクトには資金を投入し再建を進めた一方、東京や大阪から離れた地域で開発されたリゾートやゴルフ場、テーマパークなどは多くが見切りを付けられた。約3分の1の観光開発プロジェクトが破綻し、現在も北海道や長崎などには当時の廃墟が残っている」とした。
第3段階は「プロジェクトの再生・改造」だとし、「2000年以降に本格的に始まった。多くの観光開発投資が過度に楽観的な見通しに基づいて行われ、プロジェクトの規模や方向性にもずれが生じていた。バブル期の日本では、欧風の街並みを再現した施設の建設が盛んだったが、これらのプロジェクトは中国の歴史的街並みを模した観光地建設と同様、話題性ばかりが先行して内容に乏しく、集客力を欠いていた」と指摘した。
そして、「日本では事業を引き継いだ新たな投資家による大改造が行われ、規模を縮小し、ターゲット層を明確化した。大規模テーマパークを小規模な子ども向け施設や地域色を生かした施設へ転換したり、欧風の街並みを結婚式場や撮影拠点へ改装したりした。一部は公園や博物館など公益性の高い施設へ転用した」と紹介。「現在の中国でも一部で同様の変化があり、もともと観光施設だった張家界市の大庸古城は需要と合致しなくなったため、ドラマや番組の撮影地として制作会社を誘致し、映像産業やファン向けの特色ある商業エリアへ転換した」とした。
第4段階は「時代に合わせた調整と進化」だとし、「たとえば、よみうりランドは東京ディズニーランド開業後に苦戦したが、テーマパークとしては東京ディズニーランドと競争することはできないため独自路線を打ち出し、ライブイベントやアニメとのコラボ企画を打ち出した。少子化に対応するため、カップルや大人の来園者をターゲットにしたフェスやイルミネーションイベントを開催したほか、来園者が工芸品などを自ら制作できる体験型イベントを企画するなど、さまざまな取り組みを進めた」と紹介した。
そして、「中国の観光開発プロジェクトも日本と同様に進化とアップデートを目指す方向へと進んでいる。近年は景勝地での小規模公演やキャストによる演出、テーマイベント、キャラクターなどとのコラボレーションなど、新たな運営手法が広がっている」とした。
記事は、「中国も日本と同じ道を歩みつつある。不動産価格が急騰した時代から、各地の政府が観光開発プロジェクトへの投資を強力に後押しし、その後、不動産市場が冷え込むと各地で観光開発プロジェクトが行き詰まる事態が相次いだ。現在、中国の観光地も厳しい調整を進めている。これまでの中身を伴わない大規模な観光商品から脱却し、市場を分析し、観光客の実際のニーズを探る方向へ転換しようとしている」としつつ、この「調整」がいつまで続くかについては見通すのが難しいとの見方を示した。(翻訳・編集/北田)











