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数々の経営者に影響を与えた『ユダヤの商法』(ベストセラーズ)、その熱心な読者はアカデミアにもいた!資本主義の歴史をダイナミックに描いた話題の新刊『贅沢と欲望の経営史』(光文社)を上梓した京都大学教授の坂出健氏だ。自身の論考の中で、藤田田を“欲望マーケティング”の先駆者として位置づけ、同新刊でも多くの言及があった。

そんな坂出氏はひとりの読者として『ユダヤの商法』をどう読んでいたのか。書評を特別寄稿いただいた。





■あらゆる社会関係が貨幣に還元される世界観



『ユダヤの商法』を読むという行為は、『ユダヤの商法』の世界を生きることだ。そして、その世界は限りなく現実世界に近似している。



 タイトルに「ユダヤ」を冠したことは、イザヤ・ベンダサン(山本七平)の大ベストセラー『日本人とユダヤ人』(1970年)の刊行を追い風とした当時のマーケティング戦略も背景にあったと推察される。現代の読者はそうした時代的コンテクストを念頭に置きながら本書を開く必要があるが、本稿ではできるかぎり著者・藤田田の執筆当時の論旨を再現しつつ論じることとする。



「商法」という看板通り、同書そのものがビジネスとして大成功を収めている。1972年初版の旧版(325刷)、2019年新装版(23刷)、漫画版などを合わせた累計部数は120万部に達する超ロングセラーだ。出版から半世紀を経て、同書をきっかけに起業をしたり、商売に生かしたりしたという読者も多いだろう。



『ユダヤの商法』が他書と異なるのは、単なるハウツー本を超えた、世界の見方そのものを提示した書であるところだ。



 同書の中心概念は「お金」である。法・社会を構成する「契約書」「国籍」「家族(夫婦・親子)」「会社」「時間」「寿命」等々がすべて「お金」へと換金される。

すなわち、人と人との社会関係がモノとモノの関係、突き詰めれば貨幣へと還元されるという世界観である。



 こうした唯物論的世界観は、「情」を解さないのだろうか。同書に垣間見える著者の半生から類推すれば、必ずしもそうではない。







 外交官を志して東京大学法学部に在籍した藤田は、日本の敗戦によってそれまでの哲学・道徳・法律という価値体系の崩壊を身をもって体験した。その過程でユダヤ人の不屈の「気概」に深く感銘を受けたのだろう。その気概とは、ヨーロッパ社会の周縁に置かれ続けたユダヤ人共同体が生き延びるために培った社会哲学であり、家族と共同体を律する道徳でもあった。藤田の「お金」論は、冷徹な合理主義ではなく、そうした歴史的苦難を背景とする生存哲学として読むべきものである。





■『資本論』実践篇としての『ユダヤの商法』



 本稿筆者が初めて自分の小遣いで本を買ったとき、書店の棚から選び抜いたのが本書だった。「世界経済を動かすユダヤの商法」という壮大なタイトルと、知恵深そうなユダヤ老人のイラストが醸す神秘性、そして鮮烈な小見出しの数々に惹きつけられた。以来、本書は筆者の座右の書であり続けたが、一度も線を引かなかった。理由は単純で、引き始めたら全行に引かざるを得なくなり、重要箇所を読み返すという行為が無意味になるからだ。



 同じ読み方をした本がもう一冊ある――ユダヤ人カール・マルクスが著した『資本論』(特に第1巻第1篇「商品と貨幣」)である。

筆者は『資本論』を『ユダヤの商法〈理論篇〉』として、本書を『資本論〈実践篇〉』として読み込んだ。なお、1969年創設のノーベル経済学賞の受賞者(約100名)のうち40名以上がユダヤ系とされる一方、日本人受賞者がいまだ存在しないことは、「お金」をめぐる感性と文化的背景の差異として興味深い事実である。





【書評】120万部『ユダヤの商法』を『資本論』実践篇として読む。京大教授が解く藤田田の世界観【坂出健】
カール・マルクス(クリエイティブコモンズ)



『資本論』第1巻第1篇でマルクスは商品を分析し、使用価値と交換価値という二つの側面を解明した。しかし彼は使用価値については「商品学は論じない」として深入りしなかった。一方、人々が日々目にする社会の姿とは多種多様な商品の連なりであり、その商品が自分にどんな効用をもたらすかということこそが購買行動の決め手となる。



 筆者が『贅沢と欲望の経営史』(光文社、2026年)で描こうとしたのも、まさにその「使用価値の歴史」であった。同書で取り上げた香辛料、コーヒー、タバコ、砂糖、紅茶、ダイヤモンド、ラグジュアリー、コカ・コーラという世界を動かした商品群は、藤田が「ユダヤ商人の扱う商品はただ二つ――女と口」と喝破した視点と概ね重なっている。約400年にわたる資本主義の歴史を彩った使用価値の軌跡は、藤田のビジョンと見事に呼応していた。





■藤田田の裏メッセージは「お金に縛られるな」だった?



 若きマルクスは「ユダヤ人問題によせて」で、ユダヤ人差別の根源は宗教だけでなく、社会全体が金銭崇拝という「ユダヤ的」精神に支配されていることにあると論じた。ユダヤ人の解放は政治的・法的解放にとどまらず、社会全体が貨幣崇拝から自由になることで初めて実現すると主張したのである。藤田もまた旧版裏表紙の「著者自身のコマーシャル広告」で「どうやれば儲かるか」を公開すると述べているが、その文句は偽悪的な煙幕だと読むべきだろう。



 同書を読み終えてから「コマーシャル広告」に戻ると、藤田が若者へ、そして日本人全体へ、お金に縛られずに自由に生きることの素晴らしさを訴えているように響いてくる。

「世の中を見渡すと、どうも不景気である。私一人が儲けるよりは、国民全部に儲けてもらったほうが、国の将来のためにはプラスになりそうな気がする」――これは単なる商売上の言辞ではなく、社会への祈りに近い言葉である。



 本書が刊行された1970年代以来の不景気に再び突入しつつある現在、『ユダヤの商法』の照射する光は色あせていない。未読の方にはぜひ本書を手に取ることを勧め、かつて読んだ方には再読を促したい。お金の本質を見極め、それに支配されるのではなく使いこなすことで、自由な生き方を実現してほしい――本書が半世紀にわたって読まれ続ける理由は、そのメッセージが今なお普遍的であることに尽きる。



文:坂出健(京都大学教授)




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