現在、吹奏楽に励む日本の中学生や高校生の演奏技術は欧米のどの国よりも高い、といわれるほどのレベルに達している。もちろん、それを成しているのは、日々の厳しい練習と努力によるもの。
そうした努力と練習をともに乗り越えてきた部員たちとの日々は、かけがえのない青春の思い出として、部員たちの心に刻まれていく。本稿では、吹奏楽部員たちのリアルな物語を心に残るコトバたちとともに描く。(『吹奏楽部アナザーストーリー 下巻」(KKベストセラーズ)より引用)演奏の極意は「謙虚たれ」
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大阪府立淀川工科高等学校吹奏楽部
菅原知夏(すがはら ちか)さん(3年・ホルン)
[2018年7月取材]

「大変じゃない練習は、練習じゃない」と部活に没頭

 2018年に100回を迎える全国高校野球選手権大会、いわゆる「夏の甲子園」を記念して、7月21日に大阪市中央公会堂で「感謝祭~ありがとう 夏100回 これからも~」が開かれた。イベントのオープニングに登場した淀川工科高校(淀工)吹奏楽部は、顧問の丸谷明夫先生の指揮で、甲子園の開会式でも演奏されるファンファーレや大会行進曲、大会歌《栄冠は君に輝く》などを演奏した。

《栄冠は君に輝く》では、4人の部員がステージの前に立ち、演奏に合わせて歌った。

 その中のひとりが3年生の菅原知夏だった。部内で「スガ」と呼ばれ、普段はホルンを吹いている。丸谷先生は「おもろくて、反応のいい子や。歌も踊りもめっちゃうまい」と一目置いている。

 高校生活最後の夏を迎えたスガが、吹奏楽に取り組む上でもっとも大切にしているのが、丸谷先生が練習中に時折口にする「謙虚たれ」というコトバだ。

 スガが吹奏楽を始めたのは中学校に入学してからだった。担当した楽器はユーフォニアム。

その中学校はマーチングにも取り組んでいたが、特に強豪校というわけではなかった。 

 高校進学では「普通科高校よりも、スキルが身につけられる工業高校や商業高校で勉強したい」と思い、淀工を選んだ。もちろん、そこに全国屈指の吹奏楽部があることは知っていた。サマーコンサートを観にいったときには、体を押されるような迫力あるサウンドに圧倒された。マーチングの演奏演技を目にしたときは、冒頭の《「リンカンシャーの花束」より》(グレインジャー)の部分だけで、「やっぱり淀工はいいな!」と感動した。

 ただ、淀工に入った当初、スガは吹奏楽部に入部するつもりはなかった。部活よりも勉強を重視していたからだ。強豪の吹奏楽部で活動すると勉強ができないのではないかと心配していた。

「せっかく淀工に入ったんやし、吹奏楽続けたら?」

 母にそう言われ、迷った末、「う~ん、ほな続けよか……」と入部を決めたのだった。

 部員として活動を始めてみると、やはり練習はハードだった。しかし、スガはこう思っていた。

「大変じゃない練習は、練習じゃない」

 時間をかけ、苦労して練習することに意味がある。

大変だからこそ、身につく。体にしみついたものが、本番で自然と出る。

 吹奏楽をやるなら「大変な練習」をしようとスガは心に決めた。

 高校では楽器をホルンに替えた。中学時代にユーフォニアムの演奏に伸び悩みを感じていたのと、淀工の同学年にユーフォニアム希望者が多かったからだ。「それやったら、高校では冒険しよか」とホルンの担当を志願した。

 ホルンはユーフォニアムよりマウスピースが小さくて音を出すのが難しい。音をはずしやすく、はずすと目立つ。スガはその難しさを「楽しい」と感じた。教本などを使いながら、徹底した基礎練習でホルンの技術を身につけていった。

 一方、勉強も、休み時間や部活の休憩時間に教科書を読んだり、復習をしたり、短い時間に「圧縮」してやるようにした。

吹奏楽部員たちの“人生の教訓”となるコトバ―「丸ちゃん」が教えてくれた「謙虚たれ」
 

「自分の意見をどんどん言いなさい」という丸谷先生の方針で、吹奏楽部の練習中、部員は先生に対しても、仲間に対しても、積極的に自分の思いを口にする。

そんな活発な雰囲気の中で、丸谷先生は時折「謙虚たれ」と説く。

「自分はうまいと思って謙虚さをなくすと、うまくいかなくなるもんや」

 スガは「本当にそのとおりや」と思うことがあった。

 ホルンがだいぶ上達してきたと思ったころ、少し調子に乗って個人練習で手抜きをしたことがあった。そして合奏に入ると、思うように吹けなかったり、目立つ部分で音をはずしたりした。

 今後はずっと「謙虚たれ」を胸に刻みつけて頑張っていこうとスガは思った。

 スガはコンクールよりもマーチングが好きで、2017年はマーチングメンバーとして全日本マーチングコンテスト全国大会に出場した。

 大阪城ホールという巨大な会場に圧倒され、強いプレッシャーを感じた。しかし、「謙虚たれ」を心がけ、「大変じゃない練習は、練習じゃない」と積み重ねてきたものが大一番で力になった。思い描いていたとおりの演奏演技ができたのだ。中学校時代に強いインパクトを受けた《「リンカンシャーの花束」より》を、全国大会の舞台で自分自身が奏で、行進した。

 結果も金賞という最高の栄誉に輝いた。

 

 夏の甲子園の開会式では、大阪府と兵庫県の高校生が1年おきに演奏を担当しているが、100回大会を迎える2018年はオール関西2府4県の約200人の選抜バンドが大会行進曲や大会歌を演奏することになっている。

 大阪府のメンバーはオーディションで決まる。スガは昨年はオーディションに落ち、救護を担当するサポートとして開会式に臨んだ。もともと高校野球が好きだったこともあり、甲子園の雰囲気に高揚感を覚えた。

 スガは「今年もお手伝いでええかな?」とも思ったが、「せっかくの100回大会やからオーディション受けてみよ!」と思い直した。

 オーディションを前に、丸谷先生が部員たちにこんなことを言った。

吹奏楽部員たちの“人生の教訓”となるコトバ―「丸ちゃん」が教えてくれた「謙虚たれ」
 

「甲子園で演奏する元気な曲やけど、楽譜どおりにかっちり吹くんやで」

 大音量で荒っぽく吹いたり、テクニックを見せびらかすように吹いたりしてはいけない、と先生は言っているのだとスガは感じた。つまり「謙虚たれ」だ。

 スガは教えを守ってオーディションで「かっちり」とホルンを奏でた。そして、念願の選抜メンバーの座をつかむことができたのだ。

 今、スガはワクワクしながら8月5日のそのときを待っている。

 太陽がきらめく中、自分のホルンの音が、特別な夏の始まりを告げる。高校生活最後の夏、球児たちの姿と自分自身の青春が、重なり合う。

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