森保監督は再びシビアな決断を迫られる(C)Getty Images

 5月15日に2026年北中米ワールドカップ(W杯)に挑む日本代表メンバー26人が発表されるが、森保一監督はすでにその緊張と重圧を経験している。

 それは2022年11月1日。

2022年カタールW杯のメンバー発表会見だ。田嶋幸三会長(現名誉会長)、反町康治技術委員長(現清水GM)に続き、指揮官は名前を読み上げた。

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「GK、川島永嗣(磐田)、権田修一(神戸)、シュミット・ダニエル(名古屋)、フィールド、長友佑都(FC東京)、吉田麻也(LAギャラクシー)、酒井宏樹(オークランドFC)、谷口彰悟(シントトロイデン)、柴崎岳(鹿島)、遠藤航(リバプール)…」

 このあたりで、会見場でパソコンを打っていた筆者は「あれ、大迫(勇也=神戸)と原口(元気=ベールスホット)がいないってこと?」と気づいた。多くの記者が同じような感覚だったのではないか。

 というのも、これまでのメンバー発表はGK、DF、MF、FWの順に監督が選手名を呼ぶのが常。「大迫や原口は当然、後の方」という感覚でいた。が、冷静になってみると、森保監督はフィールドプレーヤーを年齢順に呼んでいる。90年生まれの大迫、91年生まれの原口は飛ばされ、落選ということになったのである。

 まず大迫の落選について問われた指揮官は「許されるのであれば招集したい、一緒にカタールの地で戦いたい選手たちですし、その力がある選手たちだと思います。誰と誰、という比較はしなければいけないところはありますが、今回の26人の選手を選ばせていただきました」と具体的な落選理由は避けた。けれども、最終予選終盤から何となくその方向性は見えつつあった。

 大迫は2022年1月の中国・サウジアラビア(ともに埼玉)2連戦で2戦連続1トップを張った後、負傷で長く代表から遠ざかった。

その間、森保監督は浅野拓磨(マジョルカ)や古橋亨梧(バーミンガム)、上田綺世(フェイエノールト)といったFW陣をテストしたが、本大会で同組になったドイツ、スペインを想定し、ボール保持で下回る前提でハイプレスに行く作戦を模索。9月のアメリカ遠征で前田大然(セルティック)を最前線に配置する形で行くという決断を下していた。

 その時点で大迫のメンバー復帰の可能性はかなり薄くなっていた。ただ、大迫自身はJリーグで復調。当時の神戸・吉田孝行監督も「今の状態ならW杯で十分戦えると思っています」と太鼓判を押したことから、最終的に滑り込む可能性があるという見方も強まっていたのだ。

「大迫と原口はいないのか!?」第一次森保ジャパンで起きた“落選の衝撃” 2026年、再び訪れる決断の時

大迫は神戸で調子を上げていたが、最終的に選から漏れた(C)産経新聞社

 けれども、森保監督は「長年、FWの大黒柱だった大迫をベンチに置くことはできない」と判断。チームマネージメント上、外した方がいいと考えたのではないか。大迫自身も会見後、打診されたバックアップメンバー(予備登録)入りを固辞しており、「主力でなければW杯には行けない」という思いがどこかにあったのかもしれない。大迫がそういう考えを示すことも、森保監督は見通していたはずだ。

 大迫が2022年3月以降にチームを離れなければ、こういった結果になることはなかったかもしれない。ベテラン選手のケガというのは運命を大きく変えてしまうものなのだ。

 一方の原口に関しては、ケガに起因するものではなかった。

「どんな役割でもいいからカタールに行きたい」と本人も凄まじい闘志を燃やしていたほどだ。実際、筆者がこの直前にオンラインで話した時も「中盤全ポジションのバックアップ役を高いクオリティでこなす」とサブを覚悟して、集大成の大舞台に挑むつもりだった。

 ところが、ふたを開けてみると、原口の名前はなし。2018年8月に森保ジャパンが発足してから、彼が代表から外されたことは一度もなかったが、最後の最後で梯子を外されるとは、彼自身、想像だにしていなかっただろう。

「原口元気の名前が出てきた中で、本当に彼に頼りたいところはまだまだあります。と同時に、伸びてきている経験の浅い選手たちの芽も大切にしなければいけないと思っています。プラス、ワールドカップの長期での戦いで、さまざまな想定と、チームとして戦うことを考えて結論を出させてもらいました」

 森保監督はこう語ったが、最終的に相馬勇紀(町田)らとの競争に敗れたということになるだろう。

 一番の衝撃を受けたのは、原口本人だった。

「いやー、難しかったですね。最初はもちろん、1か月半くらいは。嫁にも心配されていた時期があったくらい」と本人も複雑な胸中を吐露。日本がドイツ、スペインを撃破し、ラウンド16でクロアチアに迫ったのを見て、いろんな思いが込み上げてきたはずだ。

「いろいろ吹っ切れてきたのは新年くらいかな。(当時所属の)ウニオン・ベルリンのキャンプに行ったくらいで少し移籍の話が出始めて、『もしかしたら移籍するかも』って思ったら少し気が軽くなった。ウニオンでポジションを取れて、いいアピールになってシュツットガルトに来れた」と2023年1月末に移籍を選んだ直後、彼は吹っ切れたようにこう話していた。

「大迫と原口はいないのか!?」第一次森保ジャパンで起きた“落選の衝撃” 2026年、再び訪れる決断の時

W杯出場に強い意欲を示していた原口のショックは相当なものだっただろう(C)Getty Images

 そのタイミングで森保監督がドイツを訪れ、「呼べなくて申し訳なかった」と直々に謝られたというが、そういう行動を取るのも日本人の森保監督らしいところだ。

 結局、原口はそれを最後に代表から外れ、シュツットガルトでも浦和レッズでも苦しい日々を過ごす羽目になった。そして30代半ばになった今、ベルギー2部でようやくサッカーを楽しめる環境になったという。

 W杯落選というのはそれだけ1人の選手の人生を変えてしまうもの。ドーハの悲劇で94年フランスW杯行きを逃した森保監督もその意味を分かっているだろうが、どうしても落とさなければいけない選手は出てしまう。

 今回も当落線上と言われる存在の誰かが枠から漏れる。それが大ベテランの長友や遠藤になるのか、未来のある佐藤龍之介(FC東京)や塩貝健人(ヴォルフスブルク)、佐野航大(NECナイメンヘン)になるのかは分からないが、選ばれた面々は落ちた選手たちのためにも結果を残さなければいけない。

「W杯優勝」を目標に掲げる今回はより一層、高いハードルに挑むことになるが、強い責任を持ってアメリカに赴いてほしいものである。

[取材·文:元川悦子]

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