開幕から安定した投球を繰り返している高橋(C)産経新聞社

巨人戦から始まった快進撃

 阪神の高橋遥人はプロ9年目にして初めて1軍で球春を迎えた。キャリア初の開幕ローテーション入りは、度重なる故障に苦しんできた本人はもちろん、何よりもファンがずっと待ち望んできたことでもあった。

 背番号29は、そんな周囲の期待を上回る圧倒的なパフォーマンスを残しながら首位争いを演じるチームをけん引している。

シーズン初登板は開幕2戦目となる巨人戦。112球を投げて、いきなり完封勝利をマークした。チームが開幕から連敗、カード負け越しを阻止する価値ある1勝だった。

【動画】これは打てない…高橋遥人の圧巻の投球シーン

 27個目のアウトを奪った瞬間に珍しく雄叫びをあげた高橋は、「アドレナリンが出ました」と特別なマウンドを混じり気ない言葉で振り返った。

「出陣式って言葉自体を知らなかったんですよ。『出陣式って何?』って。僕、今まで出陣したことがなかったので(笑)。昨年までは単独で出陣してたので……」

 シーズン開幕前に高橋から聞いた言葉に苦闘が滲んだ。

 阪神は、開幕戦の直前、監督、選手、スタッフ、フロントが集結し、長丁場の戦いに向けて一丸となるために出陣式を実施するのが恒例。しかし、過去8年間、2軍、もしくは故障者として開幕を迎えていた高橋はこの儀式に参加したことも無ければ、そもそも存在自体を知らなかったという。そんな中で会心の“出陣”を決めた左腕の進撃はここから始まった。

 自身2登板目となる4月5日の広島戦こそ6回1失点で勝敗付かずも、3登板目の同月12日の中日戦からは3試合連続の完封。

この間、打たれた安打はすべて単打で、長打はゼロ。与えた四球も27イニングでわずか2つと、対戦相手が「不幸」と言うほかない完ぺきな投球内容で相手打線を完全制圧した。

 では、防御率0.86、8登板でQS7という無双投球の理由は何なのか――。というよりも、高橋遥人という投手がマウンドに上がれば、“無双してしまう”というのは、実は昨年までの投球で証明されている。ゆえに1年間を通して健康な状態をどれだけ維持できるかが生命線だった。その意味で、分岐点となったのは、2024年11月に受けた左手首のプレート除去の手術だろう。

左腕が貫く勝ち星以外のこだわり

 昨年もプレートが入っていない状態で腕を振り、日を追うごとに可動域は広がっていった。ただ、本人は、昨シーズン終了時点で「完全復活」を2026年に設定しているようだった。それは本人の言葉からも明らかだった。

「手術してから状態が上がってくるのは、月日が一番関係すると思っているんです。昨年(24年)復帰したのが手術して10か月ぐらい(24年4月)で、良くなったのが、13、14か月(24年7、8月)ぐらいなんです。

 だから良くなるのは14か月ぐらい必要だなと思ってました。

今回もまだ良くなるには時間が必要。今年も1軍で投げることはできましたけど、来年はもっと良くなると思ってます。まだまだ上がっていくのは分かるし、キャッチボールとか腕の可動域とか根拠もしっかりある」

 言葉通り、今年は初めて“完全体”として春季キャンプも故障なく完走。オープン戦でも実戦登板を重ねて、実力で開幕ローテ入りを勝ち取った。開幕後は中6日での登板も経験。いわゆる“投げ抹消”で10日間以上の間隔を空けながら起用されていた過去の姿とは別人となり、村上頌樹、才木浩人とともに12球団屈指と言っていい先発3本柱を形成している。

 それでも、普段から謙虚な発言が長所でもある高橋は、「今は本当にたまたまなんで。打たれる時は来ると思うので」と歴史的な快投にも勘違いはしていない。しっかりと地に足を付けて1戦、1戦を大事に投げている印象だ。

 開幕時に掲げていた数字の目標である自己最多の5勝超えも5月29日のロッテ戦で6勝目をマークしてあっさりと達成した。そんな中で、勝ち星以外の部分で左腕がこだわり続けているのが、球速だ。

「メジャーでも160キロ投げているだけで『すごい』ってなるじゃないですか。

だから球速はもっと上げていきたい」

 昨年のリハビリ期間では、過去にあまり取り組んでこなかったウエートトレーニングにいそしんで筋力アップに成功。それも球速アップを目指しての決断だった。

「昨年もずっとこんなもんじゃないと思って投げていたので。まだ球速も上がると思っています」

 圧倒的な投球を見せながらも、まだ伸びしろを感じさせる発言や取り組みを行っているところが末恐ろしくもあり、高橋を目にできている楽しみの1つだ。

「(ここまでの数字や活躍は)想像してなかったし、出来すぎだなって感じです。(他の選手は)みんなこういうのを続けているということ、本当にずっとやってきている人たちはすごいなと。自分の中でも周りからの目で見ても、投げながら成長しているなっていうのを感じさせるように。どんな形でも1年間ケガなく投げ続けられるようにしたい」

 もちろん、ここが到達点ではない。周囲にとっても未知で、伸びる部分を他でもない本人が感じている。ついに完全体となった高橋を楽しむ1年は、まだ始まったばかりだ。

[取材・文:遠藤礼]

編集部おすすめ