東京工科大学(東京都八王子市、学長:香川豊)応用生物学部の村上 優子教授、鈴木 浩也 同実験講師、高橋 実季 同博士前期課程、加藤 優奈 同学部生(研究当時)らの研究グループは、愛知県がんセンター研究所、国立がん研究センター、北里大学医学部など10の研究機関(注1)との共同研究により、悪性中皮腫における新たな治療戦略につながる分子機構を明らかにしました。
 本研究成果は、2026年5月2日に国際学術誌「Cell Death & Disease」オンライン版に掲載されました。



【研究背景】
 悪性中皮腫は治療が難しいがんの一つであり、主な原因としてアスベストへの曝露が知られています。その原因遺伝子のほとんどはがん抑制遺伝子であり、有効な分子標的に基づく新たな治療法の開発が求められています。本研究では、がん細胞特有の遺伝子変異に依存した弱点を標的とすることで、正常細胞への影響を抑えつつ選択的にがん細胞を死滅させる治療戦略として注目されている「合成致死」(注2)に着目。原因遺伝子の一つであるBAP1について、同変異を持つがん細胞に特異的な合成致死を探索しました。

【研究内容と成果】
 本研究の結果、DNA修復に関与する酵素USP1が、BAP1遺伝子変異細胞の生存に重要な役割を果たすことを見出しました。USP1の機能を阻害すると、BAP1変異細胞ではDNA損傷が蓄積し、細胞増殖が抑制されることが示されました。一方で、正常細胞への影響は比較的限定的である可能性が示唆され、新たな治療標的となり得ることが示唆されました。さらに本研究では、BAP1とUSP1が協調して、DNA修復に関与するタンパク質FANCD2の安定性や局在を制御することで、DNA修復機能を維持していることが明らかになりました。この分子機構を介してDNA修復機能が維持されることで、BAP1変異細胞の増殖が支えられている可能性が示されました(図1)。


図1:本研究のモデル

①正常中皮細胞では、BAP1とUSP1が協調してFANCD2を安定化し、DNA修復が適切に行われることで細胞は生存する。
②BAP1変異を持つ中皮腫細胞では、USP1に依存してFANCD2が維持され、DNA修復が保たれることで細胞が生存する。
③BAP1が正常な細胞では、USP1を抑制してもBAP1が機能するため、DNA修復は維持され細胞は生存する。

④BAP1変異細胞でUSP1を抑制すると、FANCD2の安定性が失われDNA修復が破綻し、細胞死が誘導される(合成致死)。

【社会的・学術的なポイント】
 本研究は、がん細胞特有の遺伝子異常を利用して選択的に細胞死を誘導する「合成致死」の考え方に基づくものであり、難治がんである悪性中皮腫に対する新規治療法の開発につながることが期待されます。今後は、低分子化合物やRNA干渉技術などを用いたさらなる検証を進めるとともに、臨床応用に向けた研究展開を目指します。

(注1)愛知県がんセンター研究所、国立がん研究センター、北里大学医学部、中央大学理工学部、糖鎖生命コア研究拠点(iGCORE)、名古屋大学医学部、順天堂大学医療科学部、名城大学薬学部、帝京大学医学部、金城学院大学薬学部

(注2)合成致死(Synthetic lethality):それぞれ単独では細胞に致命的な影響を与えない2つ(以上)の遺伝子の異常が同時に存在すると、細胞が生存できなくなる現象。

【論文情報】
論文名:BAP1 and USP1 Cooperate to Regulate FANCD2 Stability and Cell Proliferation in Mesothelioma Cells
著者名:Koya Suzuki, Shinichi Kiyonari, Jo Nishino, Miki Takahashi , Yuna Kato , Miki Amano, Anna Ogiso, Tomohiro Akashi , Tohru Maeda, Norio Kaneda, Takashi Miida, Yutaka Kondo, Kenji Kadomatsu, Mamoru Kato, Koji Aoyama, Hiroshi Murakami, Yoshitaka Sekido and Yuko Murakami-Tonami
雑誌名:Cell Death & Disease
掲載日:2026年5月2日
DOI:10.1038/s41419-026-08818-7
URL:https://www.nature.com/articles/s41419-026-08818-7

■東京工科大学応用生物学部 腫瘍分子遺伝学(村上優子)研究室
がんにおける遺伝子異常と細胞機能の関係を分子レベルで解明し、新たな治療戦略の創出を目指した研究を行っています。特に、合成致死の概念を基盤として、がん細胞特有の弱点を標的とする研究を推進しており、低分子化合物や核酸医薬(siRNA)を用いた応用研究から、分裂酵母をモデルとした基礎研究まで、幅広く展開しています。
[主な研究テーマ]
1. 悪性中皮腫における原因遺伝子変異との合成致死に基づく細胞増殖機構の解明
2. 合成致死に基づく低分子化合物およびsiRNA送達技術を用いた抗がんアプローチの開発
3. DNA複製・修復および細胞周期制御の分子機構の解明(分裂酵母モデルを含む)
[研究室ホームページ]https://murakami-lab.bs.teu.ac.jp/

【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/
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