実際に私は銀行員時代、退職金を数年で大きく減らした人を何人も見てきました。老後資金を守れるか、失うか。その分かれ道は、受け取った直後に始まっています。
退職金が入った瞬間、あなたは狙われる
退職金は、人生で一度入るかどうかの大金です。だからこそ、多くの人は冷静さを失います。通帳に1000万円、2000万円と並ぶ数字を見て、増やしたい、減らしたくない、子どもに迷惑をかけたくないと考え始めます。
そこへ、「年利7%」「毎月分配」「人気商品」「今なら枠がある」といった営業トークが入り込みます。
現役時代は忙しくて相手にしなかった人でも、退職後は時間ができ、話を聞いてしまう。ここが危険です。
老後資金は取り返す時間がありません。一度の判断ミスが、その後20年の生活を狂わせることもあるのです。
長年働いて得た大切なお金。しかし銀行口座にまとまった資金が入った瞬間から、営業電話・訪問・投資勧誘が一気に増える現実を解説します。
銀行員が見た「退職金を失った人たちの共通点」
銀行員時代、退職金を大きく減らしてしまった人には、はっきりした共通点がありました。
私は最初、金融知識の差だと思っていました。投資経験がない人ほど危ない、そう考えていたのです。しかし、現場で見えた現実は違いました。知識不足そのものより、退職直後の心理状態こそ最大の原因でした。
長年勤め上げた後、人は独特の開放感に包まれます。毎日の通勤も、上司の顔色をうかがう必要もない。時間もある。
心には、これからは自分のために生きたいという気持ちが芽生えます。一方で、年金だけで足りるのか、このお金で老後は大丈夫かという不安も同時に強まります。希望と不安が同時にある時、人は冷静な判断をしにくくなります。
そこへ営業マンが近づきます。
「今の預金では増えません」
「退職された方に人気です」
「毎月分配があるので年金の足しになります」
そう言われると、自分のための提案に聞こえてしまうのです。実際には、相手は資産額を見ています。退職金が入った人は、営業側から見れば最優先の見込み客です。
さらに危険なのは、真面目で仕事熱心だった人ほど、人を疑う習慣が少ないことです。
会社人生で成果を出してきた人ほど、説明を受ければ理解できる、自分は騙されないと思ってしまう。ここに落とし穴があります。商品知識より、相手の思惑を読む力が必要なのです。
退職金を失った人は、愚かだったわけではありません。むしろ真面目で、家族思いで、老後を良くしたいと考えた人たちでした。だからこそ狙われた。その現実を知らないまま退職金を受け取ることが、最も危険なのです。
高利回り7%・8%の甘い言葉、その裏で起きていること
年利7%、8%。銀行預金の金利しか知らない人にとって、この数字は強烈です。
1000万円預ければ毎年70万円、80万円入る。年金の足しになる、旅行にも行ける、子どもにも少し残せる。そう想像してしまうのは自然なことです。
ですが、私は銀行員時代、この高利回りという言葉に心を奪われた人が、後から深く後悔する場面を何度も見てきました。
そもそも、世の中に安全で簡単に7%、8%も回る商品があるなら、なぜ銀行や機関投資家が放っておくのでしょうか。
本当に安定して高収益なら、資金力のあるプロが真っ先に買い占めます。一般の個人にまで営業電話やセミナーで回ってくる時点で、一度疑うべきです。うまい話には、うまい理由ではなく、売りたい理由があります。
特に注意したいのが、不動産小口化商品や私募案件です。都心の不動産を小口で持てる、賃料収入を分配する、値動きが株より穏やか。こう聞くと堅実に見えます。
しかし実際は、物件価格が適正なのか、借り手は安定しているのか、運営会社の財務は健全なのか、一般の個人が見抜くのは簡単ではありません。
表面利回りだけが派手に見せられ、中身は見えにくい構造です。
話題になった「みんなで大家さん」のような投資トラブルも、多くの人が毎月分配や高利回りに魅力を感じていました。ですが、重要なのは分配金が出ているかではなく、その原資が本当に事業収益なのかという点です。
新たな出資金で回っていないか、資産売却でつないでいないか、償還計画に無理はないか。そこまで確認せず、分配されているから安心と思い込む人は少なくありません。
さらに怖いのは、問題が表面化するまで時間がかかることです。最初の1年、2年は予定通り分配される場合もあります。すると人は完全に信用します。
追加で資金を入れる人も出ます。友人に勧める人までいます。しかし一度資金繰りが崩れると、償還延期、元本据え置き、解約停止と一気に現実が変わります。
高利回りとは、ご褒美ではありません。高いリターンには、高いリスクが隠れています。数字だけを見て飛びつく人から、老後資金は消えていくのです。退職金で最初に見るべきは利回りではなく、失った時に人生が壊れないか。その視点です。
気づいた時には遅い。取り戻せないお金のリアル
ですが、本当に怖いのはその後です。問題は、ある日突然始まります。
最初に起こりやすいのは、分配金の遅れです。
「今月は少し遅れます」
「手続き上の問題です」
「一時的な調整です」
そう説明され、多くの人は待ってしまいます。
次に届くのは、償還延期のお知らせです。予定していた満期返済が先送りしますという通知。ここで初めて顔色が変わります。老後資金の計画は、その返済を前提に組んでいるからです。
さらに深刻なのは、解約できない状態です。
急に医療費が必要になった。家の修繕費がかかる。子どもを助けたい。そんな時に現金化できない。電話しても担当者につながらない。窓口に行っても「確認します」と言われるだけ。メール返信も来ない。これが現実に起こります。
私は銀行員時代、退職金2000万円のうち大半を高利回り商品に入れ、資金が動かなくなった方を見ました。
その方は最初、少し運が悪かっただけだと言っていました。しかし半年後には表情が変わり、1年後には、別人のようにやつれていました。老後の余裕は、お金以上に心から失われるのです。
お金を失うと、生活は連鎖的に崩れます。旅行をやめる。外食を減らす。趣味をやめる。子どもや孫への援助を断る。配偶者との会話が減る。自分を責め続け、誰にも相談できなくなる。
老後資金の損失は、数字だけの話ではありません。人生の安心そのものが削られていきます。
しかも退職後は、現役世代のように働いて取り返す時間が限られます。20代なら数年で立て直せる損失も、60代では重みがまるで違います。一度の判断ミスが、その後20年の暮らしを縛ることもあります。
気づいた時には遅い。これは脅しではなく、現場で何度も見た現実です。増やす話に心を奪われた瞬間から、守るべきお金は静かに消え始めているのです。
<文/渡辺智>
【渡辺智】
某メガバンクに11年勤務。リテール営業やプライベートバンカー業務を経験。その後、外資系保険会社で営業。現在は金融ライターとして独立。FP1級保有。難しい「お金の話」をわかりやすく説明することをモットーにしています。公式SNS(X)は、@watanabesatosi7
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