子どものころに、何かの科学雑誌で見た近未来都市は、ちょっと角が取れた感じのビルが建ち並び、その間を透明な丸いパイプ状の空中歩道が通っていた。
丸い、流線形をしたものを見ると、そこに未来的な何かを感じてしまうのだが(僕だけ?)、これは一体なぜなのだろうか。
こんな疑問に答えてくれそうな書籍を見つけた。早稲田大学・原克(はら かつみ)教授の書籍『流線形シンドローム―速度と身体の大衆文化誌』だ。
そもそも流線形とは、大辞林によると、「先端が丸く、後端がとがり、全体として細長い形。流れの中に置くと、後方に渦(うず)をつくらず、流体から受ける抵抗が非常に小さい。魚のからだの形がその例」とある。本書によると、こんにちの意味で「流線形」という言葉がはじめて使われたのは1911年。アメリカの科学雑誌の、最新の自動車ボディーを紹介する記事でのことだった。
それ以前は、ものが進むときに最も抵抗が少ないのは、先がナイフのようにとがった形のものだと考えられていたが、むしろオタマジャクシのように頭でっかちの方が効果的だということがわかり、それまでは四角い箱形だった自動車や電車が、次々に流線形になっていった。当時、流線形はまさに、次世代のデザインだったわけだ。
1930年頃から、この流線形化が、乗り物以外のものでも起こりはじめる。ビルなどの建造物や、マイク、牛乳用ボトルにいたるまで、空気力学とは無縁のものまでが、次々に流線形化されていった。このようなプロセスについて、著者は以下のように解説している。
「いつしか『空気力学的な障害因子』が、およそ『障害因子一般』と読みかえられてゆき、およそ『ムダなもの全般』と説かれるようになっていった。(中略)それは、流線形という言葉が、空気力学という文脈から解きはなたれ、まったく別の思想や文脈に置き換えられて行ったプロセスと言っても良い」
本書で触れられているのは1930年代のことであるが、筆者が子どもの頃だった1980年代に描かれた近未来の都市図にも、しっかり反映されていたように思える。そして、それは今でもなお、残っているのかもしれない。
ちなみに本書では、「流線形」という言葉が持つイメージが、思想など形のないものにも適用されていったことや、そのイメージの形成過程が、日本やドイツ、アメリカでどのように異なったか、そして、ときになにか不都合なものを「障害因子」や「ムダ」と呼んで強制的に排除してしまうという危険な発想を生んだ、ということにも触れられており、興味深い。関心があれば、ぜひ読んでみてはいかがでしょう。
(珍満軒/studio woofoo)
丸い、流線形をしたものを見ると、そこに未来的な何かを感じてしまうのだが(僕だけ?)、これは一体なぜなのだろうか。
こんな疑問に答えてくれそうな書籍を見つけた。早稲田大学・原克(はら かつみ)教授の書籍『流線形シンドローム―速度と身体の大衆文化誌』だ。
そもそも流線形とは、大辞林によると、「先端が丸く、後端がとがり、全体として細長い形。流れの中に置くと、後方に渦(うず)をつくらず、流体から受ける抵抗が非常に小さい。魚のからだの形がその例」とある。本書によると、こんにちの意味で「流線形」という言葉がはじめて使われたのは1911年。アメリカの科学雑誌の、最新の自動車ボディーを紹介する記事でのことだった。
それ以前は、ものが進むときに最も抵抗が少ないのは、先がナイフのようにとがった形のものだと考えられていたが、むしろオタマジャクシのように頭でっかちの方が効果的だということがわかり、それまでは四角い箱形だった自動車や電車が、次々に流線形になっていった。当時、流線形はまさに、次世代のデザインだったわけだ。
1930年頃から、この流線形化が、乗り物以外のものでも起こりはじめる。ビルなどの建造物や、マイク、牛乳用ボトルにいたるまで、空気力学とは無縁のものまでが、次々に流線形化されていった。このようなプロセスについて、著者は以下のように解説している。
「いつしか『空気力学的な障害因子』が、およそ『障害因子一般』と読みかえられてゆき、およそ『ムダなもの全般』と説かれるようになっていった。(中略)それは、流線形という言葉が、空気力学という文脈から解きはなたれ、まったく別の思想や文脈に置き換えられて行ったプロセスと言っても良い」
本書で触れられているのは1930年代のことであるが、筆者が子どもの頃だった1980年代に描かれた近未来の都市図にも、しっかり反映されていたように思える。そして、それは今でもなお、残っているのかもしれない。
ちなみに本書では、「流線形」という言葉が持つイメージが、思想など形のないものにも適用されていったことや、そのイメージの形成過程が、日本やドイツ、アメリカでどのように異なったか、そして、ときになにか不都合なものを「障害因子」や「ムダ」と呼んで強制的に排除してしまうという危険な発想を生んだ、ということにも触れられており、興味深い。関心があれば、ぜひ読んでみてはいかがでしょう。
(珍満軒/studio woofoo)
編集部おすすめ