デンマークに住み始めてまもない頃、スーパーのレジでいつものようにお金を払った後、夫にこんな注意を受けた。「その態度はどうかなぁ。
お金を渡すときには『どうぞ』、買ったら『ありがとう』というのが礼儀じゃないか」それを聞いた私は面喰ってしまった。とくに失礼な態度をとったつもりはなかったからだ。

また、店員が客に御礼を言わないのに、客が店員に御礼を言うというのもどこか妙な感じがした。「え!? だってお金を払っているのは客、もらっているのは店員だよ。どうして店員じゃなくて、客が御礼を言わなきゃいけないの?」と、夫に言い返すと、夫はちょっと困った顔をして「客も店員も同じ人間だ。それに、何かをしてもらったら御礼を言うのが当たり前じゃないか」との回答だった。

その後、しばらく、私はデンマークのスーパーやショップを観察しているが、店員が客に御礼を言う場面をあまり見かけない。いったい、どういうことなのか? 「お客様第一」の日本から来た私としてはこの心理は理解しがたい。そこで、身近なデンマーク人に尋ねてみることにした。が、誰に聞いても、明快な説明が返ってこない。どうやら、デンマーク人にとって、それは当たり前の日常であり、習慣であり、論理で説明できるものではないらしい。

それにしても、デンマークの接客には首を傾げたくなることがよくある。
デパートで店員にセールの最終日を聞いても「知らない」という回答が返ってくるだけだったり、空港で宅配サービスがあるかを尋ねても「はぁ? 何をしたいんだ? ここは空港だ」という乱暴な回答が返ってきたりした。さらに、ホテルでインターネットの使い方がわからなくて尋ねたときも「使えないわけないでしょ」と言われて終わったり……。とにかく、客の方が脅えてしまうような例は、枚挙にいとまがない。デンマークに来た最初の頃、私はこんな対応を受けるたびにショックを受けていた。だが、しばらく住んでいるうちに慣れてきて、たまに丁寧な接客をされると、御礼の言葉が自然に出てくるようになった。

では、こんな接客に慣れているデンマーク人から見て、異国の接客はどのように映るのだろうか? 身近なデンマーク人に尋ねてみると、その回答がなんとも面白かった。「アメリカで店に入ったら、店員が話しかけてきたの! 知り合いでもないのに『元気?』とか聞かれて、気持ち悪かったわ~」と、こんなことを言っていたのは、じつは1人だけではない。どうやら、サービス精神溢れる親しみのこもった接客は、デンマーク人の目には、不自然で気持ち悪いものに映るらしい。だが、その一方で、異国で接客サービスに感動したというコメントもよく聞く。やはり、海外に出ると、デンマーク人は自国の接客の質がイマイチなことに気がつくようだ。
ちなみに、日本を訪れたデンマーク人は「日本人は笑顔で何でもしてくれて、日本旅行中は王様になったみたいだった」と言っていた。

日本人である私は、客として丁寧に接客されることに慣れている。
そのため、夫に指摘されたように、私は自分でも気がつかないうちに、客として横柄な態度をとっていたのかもしれない……。私がデンマーク人の接客に首を傾げるように、デンマーク人は客としての私の態度に首を傾げていたのかもしれない。「お客様第一」は世界共通ではない。客の立場であっても、相手への感謝の気持ちは忘れずにいたいものだと思った。
(針貝有佳)
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