NHK 大河ドラマ「真田丸」(作:三谷幸喜/毎週日曜 総合テレビ午後8時 BSプレミアム 午後6時)
6月12日放送 第23回「攻略」 演出:田中正
ダブル連れ小便に込められた大河リスペクト「真田丸」23話
イラスト/エリザワ

このところ16%台だった視聴率が、18.9%にアップ(ビデオリサーチ調べ 関東地区)した23回では、
北条征伐(秀吉〈小日向文世〉いわく「北条を平らげる」)のはじまりが描かれた。
「天正17年(1589年)12月、史上空前の大戦が始まろうとしていた」と有働由美子が語り始め、20万を超える軍勢の陣立てを、石田三成(山本耕史)が秀吉から託された。

戦に乗り気ではない三成は「負け戦ほど無駄なものはない そして私は無駄が大嫌いだ」と言って戦をするなら勝とうとするが、頭でっかちで実践が伴わないため苦戦する。三谷幸喜がどういうふうに思って、この台詞を書いたのかはわからないけれど、考えさせられる台詞である。たぶん、過去、よかれと思ってこういうふうに戦争してきた人たちがほんとうにいるのだろう。
無駄を省くために勝とうとする三成。

家康と大谷吉継(片岡愛之助)は「戦わずして勝つのがいい」と言う穏便派。
「乱世でないと生きられない」と戦に逸る出浦(寺島進)、昌幸(草刈正雄)もそのタイプ。
支配欲満々の秀吉は、敵は容赦なく殺すし、今回の戦は、次なる明制覇のための予行演習と考えている残酷さだ。
そんな秀吉に対して「これが戦? 浮かれ騒いでいるだけに見えるけど」とシニカルな茶々(竹内結子)に、
信繁は「戦にもいろいろあるのです」と返す。
ひとつの戦を通して、関わるたくさんの人間の各々の人生観がさらりとあぶり出された。

弱点さらしてしまう三成ではあるが、総大将を秀次(新納慎也)、後見に家康(内野聖陽)、真田には、家康でなく上杉景勝(遠藤憲一)につくように指示する。情でなく単なる理屈なのか多少の情があるのか。とにかく昌幸(草川正雄)は大喜び。
信繁(堺雅人)と再会した遠藤憲一の冴えない表情がたまらない。
さて、我らが真田源次郎信繁(堺雅人)はこの戦で、馬廻りからの生え抜きのエリートとして主君直属の使番となり、黄色母衣(ほろ)を背負って、秀次や家康のもとへ飛び回る。
この母衣は、後方からの攻撃を防ぐための武具だという。邪魔そうだし、時々、引っ掛けたりするが、その姿もまた愛嬌がある。伝令というと、ギリシャ神話の伝令・ヘルメスを思い出す。ドラマも3分の1は過ぎて、序破急でいうと破の前半だし、信繁もいよいよ本格的にトリックスターになっていきそう。

さらに信繁は重要な役目を任される。北条氏政(高嶋政伸)の説得だ。江雪斎(山西惇)をはじめとして、周囲の者たちは、北条をなんとか残したいと望んでいるが、貴族の誇りを捨てられない氏政は退廃の美学へとまっしぐら。顔色の悪さを隠すために薄化粧をしたその姿は逆に異様さを際立たせる。風呂に入っている間に攻撃があったらと風呂にも入れないほど神経を尖らせ、狂気が肥大化していくにつれて、高嶋政伸の黒めがちな瞳が純粋な輝きを増していく、そのギャップが滅びゆく者の悲劇をいっそう高める。
そんな氏政を心配し、江雪斎は、昨日の敵は今日の友とばかりに、22回の「沼田裁定」で好敵手となった信繁に説得を頼むのだ。

閑話休題。22回に関して、追記しておきたい。「沼田裁定」を法廷劇ふうに見せて盛り上げた三谷幸喜。彼の法廷劇の代表作「合い言葉は勇気」のシナリオ集(角川書店)の前書きに、「僕が感動する話って?」とまとめて挙げてある。それはーー。

ニセモノが本物以上に活躍する話。
自分とは関係ない人たちのために命を賭ける話。
仲間を集めていく話。
知恵くらべーー舞台はできれば法廷が望ましい。

「真田丸」にも三谷の感動する話のエッセンスが多分に入っているようだ。

信繁が氏政のところへ行く時、本多正信(近藤正臣)、佐助(藤井隆)と次々ニヤリとする言動をして心踊らせる。信繁も「さてと・・・生きて帰れるかな」なんて飄々としていて、頼もしくなっているし、以前は役に立たなかった佐助が大活躍することには目頭が熱くなるばかり。
出浦の元で研鑽を積んだ成果がついに発揮された。ちゃんと消えるし、威力ある爆発させるし、忍び万歳。
さらに、松(木村佳乃)の夫・小山田茂誠(高木渉)まで復活して、盛り上がる真田家。
またまた、三谷幸喜の筆の冴えを感じる23回だったが、話題の中心は、連れ小便2連発。
まず家康が信繁を誘って連れ小便。信繁がちょっと家康の股間方面を見るのがポイント。
その後、今度は秀吉が家康を誘って連れ小便。江戸を家康にと衝撃発言。

生き馬の目を抜くような状況下、なかなか本音が明かせない男達が、唯一すべてをさらけ出す場を利用しているのだろうけれど、それを「“関東の連れ小便”として語り継がれようぞ」と言う秀吉。こんなネタのようなことが史実に残っているのだから、歴史って面白い。史実である上、大河ドラマ「独眼竜正宗」でも勝新太郎演じる秀吉が用を足すシーンがあったということで、伊達政宗(長谷川朝晴)も死に装束で登場するこの回に、ダブル連れ小便で盛りに盛ったのは、三谷幸喜の大河ドラマへの尊敬と愛情と、エンターテイメント作家としての業の表れなのだろう。実際、SNS は沸きに沸いた。
それに、ふざけているようだが、信繁には大きく出た家康が秀吉との連れ小便だと萎縮してしまう立場の乱高下を鮮やかに描くのに適した素材ともいえるだろう。

秀吉の果てない欲望のごとく、いろいろな要素が詰め込まれた満腹感ある回だった。
(木俣冬)
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