クリスマスイブの恒例番組といえば、『明石家サンタの史上最大のクリスマスプレゼントショー』(フジテレビ系)だろう。明石家さんまと八木亜希子司会により、視聴者から不幸な話を募り、合格者にはスポンサーが提供する豪華賞品を大盤振る舞いする企画である。
この番組の歴史はまさに90年代とともにあった。「明石屋サンタ」の始まりをふりかえってみよう。

「明石屋サンタ」の最初の放送は


「明石屋サンタ」が最初に放送されたのは、1990年の12月24日である。
当時の日本は空前のバブル景気に浮かれており、都心のホテルは一年前から予約をしなければ取れなかった。そのため、当日までに恋人と別れてしまった、といった悲惨な話も数多く存在した。「明石屋サンタ」はそんなリアルに“寂しい人・悲惨な人”に向けた番組であったのだろう。

当初この番組はクリスマスイブだけでなく、年に数回程度放送され、大晦日(元旦早朝)の深夜に放送されたこともある。
その際、2人はサンタではなく七福神のコスプレをしており、番組タイトルも「明石家福禄寿の史上最大のプレゼントショー "正月なのに…"編」であった。
現在の放送日時に定着したのは1997年以降である。

「明石家サンタ」の“お約束”


長く続くにつれて、この番組にはさまざまな“お約束”が登場するようになる。毎年観ている視聴者に向けて、明石家さんまが得意とする“パターンの笑い”を振るのだ。電話を切られそうになった参加者が「八木さんファンです」と述べ、さんまが「どこが?」と返すと「別に」と退けるやりとりなどは王道だ。

番組レギュラーにも注目したい。この番組には村上ショージ、松尾伴内など、さんまと親交の深い芸人のほか、プロ野球選手の木田優夫が毎年出演する。
木田は、初出場時は巨人の投手であったが、その後渡米し、数多くのチームを渡り歩く。それでも「明石家サンタ」には毎年、律儀にトナカイコスプレで参加していた。
さんまのアシスタントを務める八木亜希子も、フジテレビアナウンサーを退社後フリーとなり、結婚し渡米しても、この番組だけは出演を続けている。彼女の変わらぬ美貌を見られるのも「明石屋サンタ」の魅力だろう。

生放送ゆえのハプニング


「明石家サンタ」は生放送ゆえに、さまざまなハプニングが起こる。ニッポン放送で同日に24時間生放送で行われている『ラジオ・チャリティー・ミュージックソン』に出演した中居正広や岡村隆史、南原清隆と電話をつなぐ場面も生まれた。
(1997年)。

今年はどんなハプニングが起こるのか。12月24日の放送を楽しみに待ちたい。

※イメージ画像はamazonより本人vol.11