
「Apocalyptica(アポカリプティカ)」エイッカ・トッピネン
「フィンランド」と聞いて思い浮かべるのはなんですか?
日本でアニメ化され人気の「ムーミン」はフィンランドの漫画が原作でした。フィンランドに暮らす日本人女性を主役にした、ゆるっとした雰囲気の映画「かもめ食堂」、マリメッコや、アアルト、イッタラのようなフィンランドデザインなど、いろいろな事柄が思い浮かぶでしょう。
しかし、このフィンランド、実はヘヴィメタルがとても盛んな国なんです。実際、STRATOVARIUS(ストラトヴァリウス)や、Sonata Arctica(ソナタアクティカ)などの、優秀なヘヴィメタルバンドを生み出し、日本でもとても人気があります。「かもめ食堂」のようなゆるっとしたイメージを持っていると、ちょっと驚くかもしれませんが、国全体でヘヴィメタル音楽というのが浸透しているのは有名な話です。
この度、フィンランド政府観光局があるキャンペーンを開催。それは「究極のシンフォニー−フィンランドのDNAから音楽が生まれる」というコンセプトで、「シンフォニー・オブ・エクスリーム」という交響曲を作り上げるというものです。その曲はフィンランド人のDNAのデータを使い、フィンランド出身のチェロメタルバンド「Apocalyptica(アポカリプティカ)」により作曲されるとのこと。
DNAで曲を作るなんていうだけでも驚きですが、なぜそこで選ばれたのがメタルバンドなのか?
興味津々なこの企画を絡めながら、フィンランドとフィンランド人について、フィンランド政府観光局の方にいろいろとお話を聞いてみました。
フィンランド人のDNAで作られる交響曲とは

今回紹介する「シンフォニー・オブ・エクスリーム」は、「様々な意味で究極の国フィンランドの伝統を分析し、その究極さを音楽にするというプロジェクト」。
フィンランドはいろんな意味で「究極の国」。寒く厳しい冬などの季節や、壮大な自然だけでなく、フィンランドの人々にもその特徴が見られるのだそう。
このプロジェクトは、フィンランドの独立100周年を記念として企画され、フィンランド政府観光局では「フィンランドの人々の遺伝子型を音楽にして、フィンランドという国の特徴を『音』というこれまでにない形で探究していく」とのこと。遺伝子収集から曲の初演まで、DNAの背景にあるフィンランド人のバックボーンとなる精神性や国民性を念頭に置きながら、約1年かけて作られていくのだそう。
完成するまでの過程の中で、実際に遺伝子を提供した「エクストリームな地域」に生きる人々の紹介もしていくのだとか。つまり、このプロジェクトで生まれるのは、まさに「フィンランド人の音楽」ということになるのでしょう。
そこで、まずこのプロジェクトが生まれた経緯を、フィンランド本国の政府観光局のパートナーシップ・シニア・アドバイザーであるメルヴィ・ホルメン氏にお伺いしてみました。
――なぜ交響曲「シンフォニー・オブ・エクストリーム」を作ろうということになったのですか?
フィンランド政府観光局「フィンランドの(独立)100周年を、フレッシュでわくわくするような形でお祝いしたいと思ったからです。(プロジェクトの)プランニングをしているときに、DNAで作曲を行うジョナサン・ミドルトンについての記事と、フィンランドのユニークな遺伝子に関する記事を私たちは偶然見つけました。そのとき、まさにこれが私たちが探しているものだと思ったのです」
データの収集を行うジョナサン・ミドルトン氏はタンペレ大学の客員教授で、DNAの中にある塩基対から、音を創り出すプログラムを開発したという方。DNAから音が生まれるなんて、想像もつきませんね…。
メタルバンドを選んだのは自然の流れ
そして、交響曲を作曲をするのは、前述した通りチェロメタルバンド「Apocalyptica(アポカリプティカ)」のエイッカ・トッピネン。様々な音楽家がいる中で、なぜ彼が選ばれたのでしょうか?
――チェロメタルバンドの「アポカリプティカ」に頼んだのはなぜですか?

「Apocalyptica(アポカリプティカ)」エイッカ・トッピネン
フィンランド政府観光局「『アポカリプティカ』は、クラシック音楽とヘヴィメタル、自然と都会的な生活、繊細さと力強さといった、キャンペーン全体の柱となる『究極』あるいは『両極端』な要素を体現しているバンドだからです。
彼らが世界的に有名なバンドであり、かつ、クラシック音楽の素養を持っていたというユニークな点も、このプロジェクトを野心にあふれ、過去に例をみないものとするのに一役買いました。また、エイッカ・トッピネンがすぐさま情熱を持ってこのプロジェクトに乗ってくれたことも理由の一つです」
なるほど。フィンランドとフィンランド人における特徴を体現していたのが、「アポカリプティカ」だったのですね。そして、フィンランドでヘヴィメタルが浸透している理由も聞いてみました。
――フィンランドでは「ヘヴィメタル」が国にとても浸透していると思いますが、それはなぜだと思いますか?
フィンランド政府観光局「おそらく、ヘヴィメタル音楽は、『正直』さ、余分なものをそぎ落とした『シンプル』さ、『率直』さ、そして、『ちょっと生真面目』である、といった、フィンランド人のメンタリティーや性格を反映したものだからではないでしょうか」
フィンランド政府観光局の日本支局長で、長年フィンランドと関わってきた能登重好氏によると、
「メタルという選択肢は、フィンランド人にとってはごく自然な流れ」
とのこと。つまりそれくらいメタルという音楽は、国民の中に浸透しているということのようです。ううん、フィンランド人、面白い!
続いて、能登氏にフィンランド人について色々と伺ってみました。
日本人と共通点の多いフィンランド人
能登氏の話によると「日本人とフィンランド人には共通点が多い」とのこと。どんなところが似ているのでしょうか。
――フィンランド人はどんな人たちなんですか?
能登「フィンランド人は、真面目で寡黙、控えめな人たちです。そして空気を読むということができて、人に迷惑をかけることを好みません。
『これをやる』と一度言ったら口約束だとしても必ず守ります。それは大きなことでも、小さなことでもです。そういうところは日本人に似てるな~と感じますね」
――なるほど、フィンランド人は真面目な人たちなんですね。
能登「あと、日本と同じでお風呂文化なんですよ(笑)お風呂というかサウナですが、フィンランド人はサウナにほぼ毎日入ります。家には専用のサウナがあるくらいですから。
彼らにとっては『ノーサウナ・ノーライフ』というくらい、サウナなしには生きられないのです」
――一家に一つ必ずサウナ!確かに日本人もお風呂なしには生きられないところありますよね(笑)
ここまでお話を聞いていると、フィンランド人に親しみが湧いてきますね。でも、もちろん日本とは全く違う部分も多くあります。
社会がフラットだから暮らしやすい

――反対に、フィンランド人と日本人との違いはどんなところだと思いますか?
能登「日本と全く違うなと感じるのは、フィンランドの社会は『フラット』だということですね。
彼らが小さい頃から教え込まれるのは『君と他人は違う』ということです。だから、他の人たち(フィンランド人にしろ、外国人にしろ)の違いを当たり前のように受け入れられるのです。
日本は小さい頃に教えられるのは『みんな一緒』ということだと思うのですが、フィンランドはそれとは反対のことを教え込まれます。まずはここが違う部分だと思いますね」
――確かに、幼い頃から教え込まれるのは「みんなと一緒にしなさい」ということは多いですね
能登「社会がフラットな例えをすると、政府の偉い人に会いたいと言った時に、日本では絶対に無理だけど、フィンランドなら会えてしまう。極端な例ですが、一般人と政治家との垣根もなく、それだけフラットな社会なんです」
――ええ!それは驚きです。政治家も非常にフラットなんですね。一緒に仕事をしていて、どのような違いがありますか?
能登「はっきり言うと、フィンランド人との仕事はとてもしやすいです。仕事も同じで、非常にフラットだからです。
例えば、社長でも新入社員でも立場は変わりません。日本の会社のような強いヒエラルキーや年功序列はほとんどありません。仕事で関わっていると、非常に仕事しやすく、気持ちの良い人たちという印象がありますね。
そして、先ほどもお話ししましたが、約束をきちんと守る、真面目な人たちなので本当に仕事はやりやすいです」
フィンランド人はサバイバルできる民族?

「人々と自然の距離が非常に近い」というフィンランド。夏になると、家族で所持しているサマーハウスに行き、自然の中で過ごすそう。能登氏によると、「フィンランド人は、森の中で生きていく術を当たり前のように知っている」のだとか…。
――フィンランドでは自然と常に接して暮らしているとのことですが
能登「そうです。フィンランド人は、幼い頃から自然とかなり近い距離で暮らしています。この距離感は日本にはないものでしょうね。
もし、日本人とフィンランド人の17歳の男の子に、ナイフとマッチだけ渡して森の中に入って火を起こしてもらうとしても、日本人はやったことがないから多分できないと思います。でも、フィンランド人の場合は、それが簡単にできるんです。
『森で暮らすスキル』というのを彼らは小さい頃から身につけているんですね。火を起こすのに一番いいコンディションの木を見つけることもできますし、もしマッチがなくても火を起こすことは彼らならたやすくできるんです」
――それはすごいですね!そういえば、「かもめ食堂」では、森にキノコ狩りに行くシーンが出てきますが、秋になるとキノコ狩りに行ったりするんでしょうか?
能登「キノコ狩りにはシーズンになれば当たり前のようにいきます。フィンランドには約200種のキノコが生えているのですが、その中の3種くらいが毒キノコなんです。彼らはその毒キノコを見分けることもできますし、毒を抜く調理法も知っていたりします。
それが当たり前にできるほど、自然との距離が近く、当たり前のことなんです」
フィンランド行くなら「暮らすように旅」を

いろんな話を聞いてたら、フィンランドに行きたくなってきました…。夏休みも近いですし、能登氏にオススメのフィンランド旅行の仕方を聞いてみました。
――フィンランドでのオススメの旅行プランとかありますか?
能登「フィンランドに来るなら、ぜひ『暮らすように旅』して欲しいですね。例えば、普通にホテルに泊まるのではなく、アパートメントホテルや、Airbnbのような民泊とかで地元の人たちのように滞在してみて欲しいです。
先ほどもお話ししたように、フィンランドの社会はとてもフラットです。ですから、外国人観光客との距離感がほどよいんです。私たち日本人が普通にヘルシンキの港を歩いていても、ジロジロ見たりしません。
でも、例えば道端で地図を広げて困っていたら、すぐに声をかけて助けてくれます。非常に観光客に優しいんですよ」
――その距離感はとても心地がいいですね。
能登「また、フィンランドは非常に治安の良い国です。以前見た動画で、様々な国で「お財布を落としたら戻ってくるのか?」というのがありましたが、フィンランドではほぼ100%に近い確率で戻ってきます。日本人にとっては安心できるレベルの治安なんです」
――それはすごい!日本と同レベルの治安という感じなんでしょうか
能登「そうですね。そのような感覚で来ていただいても、問題はないと思います。フィンランドでは、旅行の計画をガチガチに立てずに、その時の気分で過ごして欲しいですね。例えば、雨が降ったら近くのカフェで本を読むとか、天気が良い日は森へハイキングに行くとか、夕飯には地元の人に人気のレストランに行くとか…。そんな風にゆるっと過ごしてもらえると、フィンランドの良さを感じられると思います」
フィンランド人を感じられる交響曲が出来上がるのは年末!
今回は、フィンランド政府観光局の方の協力を得て、「シンフォニー・オブ・エクスリーム」のプロジェクトについて、いろいろとお話を聞いてみました。
冒頭の方で書いたように、フィンランドには「究極」「両極端」という面があるということでしたが、多くの人が持つ「スローライフ」やフィンランドデザインのようなイメージとは逆の、「ヘヴィメタル」という、ある意味「究極」の音楽をフィンランド人が好むというところに、その「両極端」のヒントがあるような気がしました。
この交響曲が仕上がり、ミュージックビデオが公開されるのは年末とのこと。どのような音楽が出来上がるのかが楽しみです。
筆者も、話を聞きながらますますフィンランドに興味を持ちました。夏休みも近いですし、まだ旅行の計画とか無い方は、ぜひフィンランドを候補に入れてみてくださいね。
(西門香央里)
取材協力、画像提供:Visit Finland(フィンランド政府観光局)
http://www.visitfinland.com/ja/
シンフォニー・オブ・エクストリーム
http://www.visitfinland.com/ja/symphonyofextremes/
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