近年、フランス人のライフスタイルを紹介する書籍が何冊も刊行されています。タイトルを見ると、「年をとるほど美しい」「太らない」「夜泣きをしない」などなど。
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カレル・ル・ビロン著『フランスの子どもはなんでも食べる』は、カナダ人大学教授であり2児の母である著者がまとめた、北米とフランスの食育を比べた本だ。著者夫妻は、それぞれが勤める大学から1年間の在宅勤務の許可をもらい、それを機会に住んでいたバンクーバーから夫(フランス人)の実家があるブルターニュの小さな町に引っ越した。
著者の2人の子ども、ソフィー(5歳)とクレア(2歳)は、好き嫌いが激しかったものの、夫の両親や親戚、近所との付き合い、現地の学校を通して著者自身が経験したフランス式の食育を試すことにより、次第に好き嫌いを克服した。本当にフランスの子どもは、なんでも食べるのだろうか?
じつは本書、フランスの子どもが他国と比較して好き嫌いをしない、と主張しているわけではない。子どもの好き嫌いはどこの国でも起こることではあるが、方法によってはそれを克服することができ、そのきっかけがフランス流の食育にあった、という展開だ。
著者によれば北米とフランスでは、子どもに対する食事の考え方が、まるで違うという。
北米は「子どもにも食べ物に選択肢を与えるべきだ」と考え、フランスは「子どもの食べ物には選択肢を与えない」と考える。子どもが嫌いな食べ物に対したとき、北米の場合は他の選択肢を提示して「食べさせる」行為を優先させる。一方でフランスは他の選択肢は出さず、子どもが癇癪を起こそうが親が出したものを食べなければ、お腹は満たされないことを子どもに理解させる。子どもだからと言って特別メニューにするのではなく、大人と同じ食事を出し、食べ慣れない食材も何度も食べさせることでその味に慣れさせ、最終的には大人と同じものを食べられるよう教育するのだ。
結果「食べさせる」ことを優先する北米式は、その場の子どもの癇癪を抑えられ、親にとっては楽であるものの、子どもの偏食を助長してしまう。
夫の故郷ブルターニュでの生活体験を元に、著者は「虹のすべての色の野菜やフルーツを食べよう」「食べるもののほとんどは、『本物』の家庭料理にしよう」「料理と食事に時間をかけよう」など、フランスの食育から学んだフードルールを10に分けて説明している。ただし、ここに書かれている著者の体験が、すべてのフランスを表しているわけではない。当然フランスでも暮らす環境により食習慣の差は出る。
フランス食品衛生安全庁(ANSES)が18〜79歳の大人3157人および0〜17歳の子ども2698人を対象に行なった調査によれば、年齢、教育レベル、地域により食事習慣には差が生じるという。例えば65〜79歳は他と比べより食事を手作りする傾向にある。大卒以上の学歴を持つ人はフルーツを好み、清涼飲料水を好まない。都会の人は魚、糖菓、チョコレート、フルーツジュースを、田舎の人は豚肉加工食品、野菜、チーズを食べることが多い。
仏消費研究センターCredocが出した2016年の統計では、1日に5品目以上野菜やフルーツを取っているフランス人は全体の25%しかおらず、若い世代になるほど野菜・フルーツ不足となる。2〜17歳ではわずか6%だ。地域によって野菜の摂取品目数にも差がある。都会的な生活であるほど、ピザ、キッシュ、パスタ、米といった食品を購入することが増え、食事の準備時間は減っている。
同書で展開される著者の体験は、ブルターニュの小さな町で1年間という期限付きであったものの、他のフランス本と比較してバランスの取れた本と言える。著者は北米とフランスの文化を比較し、それぞれの功罪を洗い出すだけでなく、ブルターニュ生活で著者が新しく出会ったフランス式食育を、妄信的に持ち上げてもいない。研究者らしい考察に加え、北米とフランスという2つの文化圏に身を置いた著者自身の反発、葛藤、告白を含めることで、それがアクセントになり読者の共感を誘う。
さらに1年間のブルターニュ生活の後、著者は再びバンクーバーへ戻るのだが、そこで再び著者はブルターニュで取り入れたフランス式食育と、北米式食育の間に逆カルチャーショックを受ける。
良かれと思うフランス式をバンクーバーで実践しようにも、著者と同じ経験がないバンクーバーの親たちは、著者のやり方を学校などで否定する。外国人が著者だけだったフランスの田舎町での状況と、多様な人種・宗教が混在する都市バンクーバーでは状況も異なる。そんな日々に、再び著者の心はブルターニュに住み始めた頃のように折れそうになるが、著者は一方的にフランス式を押し付けるのではなく、環境に合わせ最適な方法を探ろうと努力する。
本書はフランスの食育と子育て理解において、北米の視点から足がかりになる本である。しかし、それ以上に本書が伝える著者の経験は、必然的に異文化との接触・衝突が多くなる現代にて、その対処を考える上での示唆を与えてくれているのだ。
(加藤亨延)
暮らしの参考になる点がたくさんあるようですが、SNSなどでは「フランス人に幻想を抱きすぎでは?」という声もあります。そこで、『地球の歩き方』特派員でパリ在住のジャーナリスト・加藤亨延さんに「フランス人すごい本」を検証してもらいました。
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カレル・ル・ビロン著『フランスの子どもはなんでも食べる』は、カナダ人大学教授であり2児の母である著者がまとめた、北米とフランスの食育を比べた本だ。著者夫妻は、それぞれが勤める大学から1年間の在宅勤務の許可をもらい、それを機会に住んでいたバンクーバーから夫(フランス人)の実家があるブルターニュの小さな町に引っ越した。
著者の2人の子ども、ソフィー(5歳)とクレア(2歳)は、好き嫌いが激しかったものの、夫の両親や親戚、近所との付き合い、現地の学校を通して著者自身が経験したフランス式の食育を試すことにより、次第に好き嫌いを克服した。本当にフランスの子どもは、なんでも食べるのだろうか?
子どもの好き嫌いはフランス人も同じ
じつは本書、フランスの子どもが他国と比較して好き嫌いをしない、と主張しているわけではない。子どもの好き嫌いはどこの国でも起こることではあるが、方法によってはそれを克服することができ、そのきっかけがフランス流の食育にあった、という展開だ。
著者によれば北米とフランスでは、子どもに対する食事の考え方が、まるで違うという。

北米は「子どもにも食べ物に選択肢を与えるべきだ」と考え、フランスは「子どもの食べ物には選択肢を与えない」と考える。子どもが嫌いな食べ物に対したとき、北米の場合は他の選択肢を提示して「食べさせる」行為を優先させる。一方でフランスは他の選択肢は出さず、子どもが癇癪を起こそうが親が出したものを食べなければ、お腹は満たされないことを子どもに理解させる。子どもだからと言って特別メニューにするのではなく、大人と同じ食事を出し、食べ慣れない食材も何度も食べさせることでその味に慣れさせ、最終的には大人と同じものを食べられるよう教育するのだ。
結果「食べさせる」ことを優先する北米式は、その場の子どもの癇癪を抑えられ、親にとっては楽であるものの、子どもの偏食を助長してしまう。
しかし嫌々でも空腹に耐えかね食べさせるフランス式は、根気はいるが幼い頃から満遍なくさまざまな食材に慣れられる。この食育に対する違いが、フランスの美食文化の土壌になっている、と著者は説く。
「フランス」として一括りにできない食習慣
夫の故郷ブルターニュでの生活体験を元に、著者は「虹のすべての色の野菜やフルーツを食べよう」「食べるもののほとんどは、『本物』の家庭料理にしよう」「料理と食事に時間をかけよう」など、フランスの食育から学んだフードルールを10に分けて説明している。ただし、ここに書かれている著者の体験が、すべてのフランスを表しているわけではない。当然フランスでも暮らす環境により食習慣の差は出る。
フランス食品衛生安全庁(ANSES)が18〜79歳の大人3157人および0〜17歳の子ども2698人を対象に行なった調査によれば、年齢、教育レベル、地域により食事習慣には差が生じるという。例えば65〜79歳は他と比べより食事を手作りする傾向にある。大卒以上の学歴を持つ人はフルーツを好み、清涼飲料水を好まない。都会の人は魚、糖菓、チョコレート、フルーツジュースを、田舎の人は豚肉加工食品、野菜、チーズを食べることが多い。
仏消費研究センターCredocが出した2016年の統計では、1日に5品目以上野菜やフルーツを取っているフランス人は全体の25%しかおらず、若い世代になるほど野菜・フルーツ不足となる。2〜17歳ではわずか6%だ。地域によって野菜の摂取品目数にも差がある。都会的な生活であるほど、ピザ、キッシュ、パスタ、米といった食品を購入することが増え、食事の準備時間は減っている。

食育をきっかけにした異文化との向き合い方
同書で展開される著者の体験は、ブルターニュの小さな町で1年間という期限付きであったものの、他のフランス本と比較してバランスの取れた本と言える。著者は北米とフランスの文化を比較し、それぞれの功罪を洗い出すだけでなく、ブルターニュ生活で著者が新しく出会ったフランス式食育を、妄信的に持ち上げてもいない。研究者らしい考察に加え、北米とフランスという2つの文化圏に身を置いた著者自身の反発、葛藤、告白を含めることで、それがアクセントになり読者の共感を誘う。
さらに1年間のブルターニュ生活の後、著者は再びバンクーバーへ戻るのだが、そこで再び著者はブルターニュで取り入れたフランス式食育と、北米式食育の間に逆カルチャーショックを受ける。
良かれと思うフランス式をバンクーバーで実践しようにも、著者と同じ経験がないバンクーバーの親たちは、著者のやり方を学校などで否定する。外国人が著者だけだったフランスの田舎町での状況と、多様な人種・宗教が混在する都市バンクーバーでは状況も異なる。そんな日々に、再び著者の心はブルターニュに住み始めた頃のように折れそうになるが、著者は一方的にフランス式を押し付けるのではなく、環境に合わせ最適な方法を探ろうと努力する。
本書はフランスの食育と子育て理解において、北米の視点から足がかりになる本である。しかし、それ以上に本書が伝える著者の経験は、必然的に異文化との接触・衝突が多くなる現代にて、その対処を考える上での示唆を与えてくれているのだ。
(加藤亨延)
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