
11月4日、都内某所の海浜公園にて「チェアリングミーティング」が開催された。会場のビーチサイドでは、筆者を含めた幾人かの参加者が折りたたみ椅子に身を預け、対岸に広がる高層ビル郡をボーっと眺めている。

SNS上で静かなブームの新感覚アクティビティ
そもそも「チェアリング」とはお気に入りのスポットにアウトドア用椅子を設置し、くつろぐ行為を指す造語。
説明は以上。「ほんとうに座るだけ?」と思う人もいるかもしれないが、ほかに説明しようがないのだ。

現状、チェアリングが世間一般に浸透しているとは言いがたい。それでも、一部の音楽関係者とフォロワーたちによって密やかに支持され、SNS上では各々がチェアリングの様子を伝える記事を公開している。
とりわけ熱心なのが、作詞家・編集者の伊藤雄一氏とDJの高野政所氏だ。彼らは「日本チェアリング協会(JCA)」を発足し、「椅子ひとつで世界はあなたのリビングルーム」を標榜。日夜普及・促進に努めている。協会はチェアリングを楽しむうえでの7つのルールを設けた。
1.人様に迷惑をかけない
2.ゴミは持ち帰る。むしろ掃除して帰るのかっこいい
3.市井の人々に威圧感を与えない
4.私有地に無断で立ち入らない
5.騒がない
6.公共の場を占有しない
7.装備を増やしすぎてキャンプにならない
これらを遵守すれば、だれでもチェアリングできる。新規参入のハードルは限りなく低い。

協会は活動の一環として、チェアラー(チェアリング実践者のこと)が一堂に会するイベントを開催。
それがチェアリングミーティングだ。果たして、チェアリングにどれほどの魅力があるのか? 真偽を確かめるべく筆者もイベントに参加してみた。
不思議な一体感につつまれたチェアリングミーティング
「椅子は1000円程度で買えるもので充分。持ち運びできる携帯性のある椅子にしましょう」という伊藤氏のアドバイスに倣い、イベント参加前に量販店で折りたたみ椅子を購入。初期投資は1500円ほど。
会場に到着し伊藤氏と合流するものの、集まった一般参加者は1名だけ。これでイベントが成り立つのか。筆者の不安をよそに、伊藤氏は「せっかくなので」と、波打ち際に椅子を設置する。

設置場所を選ばないのは、折りたたみ椅子の強み。

しかし、じっと椅子に座っているだけでは「なにか会話しなくては」、「間を持たせなくては」という気も起きてくる。そんな筆者の所在なげな雰囲気を察知したのか、伊藤氏がひとこと。
「座ってるうちに、みんな話さなくなるんですよ。それが許されるのがチェアリング。自由なんです」

なるほど! 今この場所は特別開放感のある「リビング」なのだ。お酒を飲もうが、本を読もうが自由! 椅子に座る、という行為が「チェアリング」と名付けられることで、明確なコンセプトが生まれる。あとはコンセプトに従うだけ。つまり、自分の「まったり」に専念していいということ。それを心得ているチェアラーたちの間には、不思議な連帯感、親近感が芽生え、気のおけない関係が急速に築かれていく。

開始から1時間がたち、伊藤氏がロケーションの変更を提案する。移動の途中、伊藤氏は最寄りのスーパーへ立ち寄り、お酒を物色。スーパーやコンビニ、公衆トイレが近くにあるスポットがチェアリングに適しているそうだ。

伊藤氏が第二のチェアリングスポットに選んだのは、先の公園から徒歩数分の緑地。すこし遅れて、政所氏と途中参加のチェアラーたちも加わり、最終的に10名でチェアリングすることに。
チェアリング目線で東京の街を俯瞰する
協会役員がそろったところで、あらためてチェアリングについて話を伺った。
――今回は初のチェアリングミーティングとなりますが、手ごたえのほどは?
伊藤 手ごたえもなにも、こういうゆるい感じですから(笑)。人数は1人から7、8人くらいが理想。リビングで友達と談笑するくらいの規模ですね。
――チェアリングに注目した理由を教えてください。
伊藤 もともとチェアリングを発案したのは、テクノラップバンド「チミドロ」のスズキナオさんでした。ある日、女性から“リュクスな癒やし”のデートをリクエストされ、東京でそれやるのは金がかかるぞ……と。悩み考えた結果、チェアリングが思い浮かびました。
――デートのお相手は満足されましたか?
伊藤 海が見える公園に行ったのですが、反応は上々。僕がチェアリングを始めるようになったのはそれがきっかけです。いまでは公園だけでなく市街地でも座っています。
――チェアリングの魅力ってなんでしょうか?
伊藤 座ってしまえば、目的が果たされるところ。あとは各人の自由だから、とても楽です。荷物は椅子だけなので、いつ帰ってもいい。
――バーベキューやハイキングでも同じような状況になりますが、その場合、座ってまったりすることは、あくまでも過程のひとつですからね。
伊藤 今回のような美しい自然だけでなく、高層ビルが整然と並ぶ市街地ならではの景観もいいものです。公共設備、インフラのありがたみも感じられます。地理や地勢、都市開発事業に思いをはせるのも楽しい。

――政所さんはどういった経緯でチェアリングを始めたのでしょうか?
政所 最初は伊藤さんに誘われて。普段は意識しないような景色でも、視点が変わることで新たな魅力が発見できることに気づきました。
――チェアリングが音楽活動に影響を与えることはありますか?
政所 周辺の音楽シーンを見ていると、最近はチルアウト(電子音楽における、ゆったりとくつろげるような曲調のジャンル)が支持されている雰囲気。チェアリングに通ずるものがあります。椅子・酒・つまみ、これさえあれば合法的に気持ちよくなれる。みんなもっとチェアリングするべき!

じっと腰を据えることで感じる醍醐味
後日、発案者のスズキナオさんにも話を聞くことができた。
チェアリングを思いついたきっかけは、作家アサダワタルさんの著書『表現のたね』に、自宅に椅子を持ち帰る途中に街中で座ってみた経験が書かれていたからだという。
「ちょうど飲み仲間で酒場ライターの『パリッコ』さんが『アウトドア用の安い椅子が最近いろいろ出てる!』と教えてくれまして、それで二人で1000円ぐらいの椅子を買ってやってみたのが最初でした! そこでなんとなく『チェアリング』なんて名前をつけてみんなが気軽にやれるようになったらうれしいなと」
チェアリングがいま静かなブームになっていることについてもコメントをいただいた。
「じっと腰を据えて風景を見ていると、実は風景の中で、鳥が飛んでいくとか、空の色が変わっていく、とかいろいろなことが起きていることに気づく。それを感じるのが醍醐味だと個人的には思います! チェアリングは決して僕やパリッコさんのものというわけではないので、たくさんの方がやってくださってうれしいです! 周りの方の迷惑にならないように気をつけて『ほんの少しの間、座らせていただきます』という気持ちでやるのが良いと思います。あと、本当にいい場所には先にベンチが設置されていたりするのでそれがライバルです!」
チェアリングなら思い立ったその日から、実践可能! 部屋で過ごすのが好きなインドア派にこそ楽しんで欲しい。まずは近所の公園に出かけて、持参の椅子に腰かけてみよう。そこはきっと、幸せなまどろみに満ちた立派な「リビング」だ。
実践の際は、ルールを守り安全な場所でチェアリングするように充分注意しよう。
(名嘉山直哉)