先ごろ、テレビ東京でアニメ「深夜!天才バカボン」の放送が始まった。原作は言うまでもなく赤塚不二夫のギャグマンガ『天才バカボン』だ。
テレ東深夜では、大ヒットとなった「おそ松さん」以来の赤塚作品のアニメ化ということになる。

二つのアニメをあえて比較すれば、『おそ松くん』のキャラクターを現在の世界に持ってきたらこうなる! というのが「おそ松さん」だったとするなら、赤塚不二夫が『天才バカボン』でやっていたことをいまやるならこうなる! というのが「深夜!天才バカボン」なのではないか。

赤塚不二夫が『バカボン』でやっていたこととは何か? 一言でいうとそれは、マンガのお約束から一般常識にいたるまであらゆる枠組みの破壊だ。少女マンガのタッチを持ちこんだり、下描きをそのまま出したり、左手で描いたりするのはまだ序の口で、いきなり連載をライバル誌に移したこともあった。また、本来なら1回だけしかありえない最終回を何度も描いて、そこから伝説の“実物大マンガ”(バカボンやパパの顔を実物大で描いた回)を生み出したりもした。今週放送された「深夜!天才バカボン」で、まだ第2回にもかかわらず「総集編」を試みたのは、まさに赤塚不二夫が『バカボン』でやったことを現在に置き換えてみせた例といえる。

噂のタモリも登場「バカボンのパパよりバカなパパ」第2話に何が足りないか考えてみたのだ
伝説の“実物大マンガ”を収録した電子版『天才バカボン』第17巻(小学館)

これでいいのか!?「バカボンのパパよりバカなパパ」


さて、別の番組のことを長々と書いてしまったが、これはNHK総合の土曜ドラマ「バカボンのパパよりバカなパパ」(夜8時15分~)のレビューである。

わざわざ『天才バカボン』のことを書いたのは、このドラマが、どうもホームドラマという枠に収まってしまっているような気がするからだ。もちろん、土曜夜の番組で、家族で観ている視聴者も多いだろうから、これはこれでいいのかもしれない。ただ、せっかく赤塚不二夫という人を主人公にしているのだから、もうちょっと突き抜けてみてもいいのではないか。

先週放送の第2話では、前回、赤塚(玉山鉄二)が「モトニョー」こと元女房の登茂子(長谷川京子)に勧められて再婚した眞知子(比嘉愛未)が、いきなり家出してしまう。その理由は、どうやら赤塚が贈ったダイヤの指輪が原因らしい。赤塚はそれを購入するにあたり、眞知子の指のサイズを伝えるため、彼女に以前露天商から買ってあげたガラスの指輪を宝石商に渡していた。
だが、その指輪は安物ではあるが、彼女がとても大事にしていたものだった。

それを知った赤塚は、宝石商(演じていたのは、以前BSプレミアムのドラマで赤塚に扮したこともある池田鉄洋)からガラスの指輪を取り返そうとする。しかし宝石商は、指輪は川に捨ててしまったという。すると赤塚は、ドジョウすくいの格好で川に入ると、ザルで底をさらいながら指輪を探し始めたのだった。それを見かねた彼のアシスタントや担当編集者、登茂子や娘のりえ子(森川葵)も一緒に指輪探しに加わる。

指輪はようやく見つかったのだが、それを差し出された眞知子は、どういうわけかまた川に捨ててしまう。
結局、眞知子は指輪がどうのというのではなく、赤塚が以前のように一生懸命にバカをやらなくなってしまったことが不満だったのだ。それに気づいた赤塚は奮起して、『天才バカボン』の連載を再開する。

事実、ドラマで描かれた1987年には、少年誌「コミックボンボン」で新たに『天才バカボン』の連載を始めている。さらに翌88年以降、「おそ松くん」「ひみつのアッコちゃん」「平成天才バカボン」「もーれつア太郎」と、赤塚アニメがあいついでリメイクされたこともあり、ちょっとしたリバイバルブームも起こった。

自分の行くべき道を見失っていた夫を、妻が目覚めさせるというストーリーは悪くはない。しかし、繰り返しになるが、このドラマは赤塚不二夫を主人公にしているのだ。
そう考えるとやはり、いまひとつパンチが足りない。

タモリも登場した第2話


第2話では、「赤塚伝説」の一つとして、タモリも登場した(演じていたのは俳優・演出家で、「赤ペン瀧川」の芸名で映画コメンテーターも務める瀧川英次)。ドラマの冒頭で描かれていたとおり、赤塚はタモリの才能を見出すと、目白のマンションの一室に住まわせ、自分の企画するテレビ番組で芸をやらせた。劇中ではその時期が「1975年春」となっていたり(実際には同年の夏とされる)、居候時代から運転手付きの車に乗っていたりと(さすがに運転手はまだついていなかったはず)、やや事実と異なる点はあったが、そのあたりも含め、くわしくは拙著『タモリと戦後ニッポン』を参照していただければ幸いである。

思えば、タモリは、赤塚をマンガの外へと連れ出した張本人だ。第2話の舞台となった80年代後半には、すでにタモリは赤塚の手を離れ、超売れっ子となっていた。劇中では、タモリが『笑っていいとも!』を想起させるテレビ番組で、久々に往年の動物のモノマネ芸を披露するのを、赤塚が眺めるシーンがあった。
そこで彼が再びマンガの世界に戻ろうと決意するのは、象徴的にも思えた。

マンガの世界を飛び出し、そこで生んだ「作品の一つ」であるタモリも自分のもとから離れてしまったとなれば、たしかに赤塚が精彩を欠くのは仕方ないだろう。このドラマがいまのところホームドラマの枠に収まっているのは、そうした現実に赤塚が陥っていた事情もあるのかもしれない。しかしドラマとしては、やはり、ここで何かがほしい。そこで私が思い出すのは、赤塚の代表作の一つ『もーれつア太郎』だ。

必要なのはニャロメのような存在?


『もーれつア太郎』は、1967年に雑誌連載が始まったが、なかなか人気が出なかった。
同作は、子供ながら八百屋を営むア太郎を主人公に、その父の×五郎が死んで、幽霊になって現れるというのが基本設定だった。当初は人情路線で始まったが、そのうちにア太郎の子分となるデコッ八、ブタ松といったキャラクターが登場し、当時流行していた任侠映画的な路線が加味されていく。しかし試行錯誤を重ねながらも、どうもパッとしなかった。

それが、連載開始から1年ほどして、ニャロメという野良猫を登場させたところ人気が爆発する。どんなに殴られても踏まれてもくじけず、立ち向かっていくニャロメの姿は、ちょうど学生運動華やかなりし時代ということもあり、若者たちの心をつかんだのだ。

『ア太郎』の担当編集者である武居俊樹は、《家庭がある奴等と、周りの正体不明の奴等との戦いが、赤塚ギャグの本質だ》と書いている(武居俊樹『赤塚不二夫のことを書いたのだ!』文春文庫)。たしかに『おそ松くん』ではおそ松たち六つ子の兄弟とイヤミやチビ太がしょっちゅう争っていたし、『天才バカボン』では、バカボン一家にパパのバカ田大学時代の友人が訪ねてきては騒ぎを起こす。それと同様に、『ア太郎』でもア太郎たち家族に対し、ぶつかっていくニャロメのような存在が必要だったというわけだ。

これにならえば、「バカボンのパパよりバカなパパ」にも、赤塚たち家族(妻の眞知子のほか、別れた登茂子とりえ子、再婚相手のキータンも含む)を揺るがすものが必要なのではないだろうか。

そういえば、この土曜ドラマの前番組「やけに弁の立つ弁護士が学校で吠える」は、どんなトラブルもことなかれで済ませようとする学校に、神木隆之介演じる新米弁護士が乗り込んで悪戦苦闘するという物語だった。「バカボンのパパよりバカなパパ」にも、そんな新米弁護士のような存在が現れるべきなのではないか。いや、ひょっとすると、この先描かれるであろう「病気」が、赤塚一家にとってのそれになるのかもしれないが……。

そんなふうにいろんな意味で今後の展開が気になる「バカボンのパパよりバカなパパ」。第3話の放送は今夜、「ブラタモリ」関門海峡・下関編の第2弾のあと!
(近藤正高)

【作品データ】
「バカボンのパパよりバカなパパ」
原作:赤塚りえ子『バカボンなパパよりバカなパパ』(幻冬舎文庫)
脚本:小松江里子 幸修司
音楽:大友良英 Sachiko M 江藤直子
演出:伊勢田雅也(NHKエンタープライズ) 吉村昌晃(ADKアーツ)
制作統括:内藤愼介(NHKエンタープライズ) 佐藤啓(ADKアーツ) 中村高志(NHK)
プロデューサー:野村敏哉(ADKアーツ)
※各話、放送後にNHKオンデマンドで配信中