![「岡野陽一のオジスタグラム」8回。髪の長いこうじさんの足元にギターケースはなかった。その正体は…](http://imgc.eximg.jp/i=https%253A%252F%252Fs.eximg.jp%252Fexnews%252Ffeed%252FExcite_review%252Freviewmov%252F2019%252FE1564621445774_4ef6_2.jpg,quality=70,type=jpg)
(→前回までの「オジスタグラム」)
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僕は年に数回、無性に海を見たくなる。
福井県の海沿いで育ったので、シャケなどが産まれた川に帰る母川回帰と同じ現象が起きてるのか、
犬畜生にも劣る汚れた心を洗い流したいからなのかはわからない。
とにかくこの切り傷のような目で海が見たくなるのだ。
先週日曜の夜にそれが爆発した。
気付くと僕は月曜の朝から36時間でレンタカーを予約していた。
もちろんそんな金などない。
阿佐ヶ谷の友人に金を借りに行き、居酒屋で海が見たいから金を貸してくれと懇願する。
未来の見えないおじさん二人の旅
こうやって文にすると我ながら気が違えてると思う。
糞だなと言いながら貸してくれた阿佐ヶ谷の友人にはいつかでっかい車を買ってあげたい。
そして月曜でもお構いなしの友人、もち肌おじさんの身柄をおさえ、月曜の朝11時にもち肌おじさんと渋谷のレンタカー屋に集合する。
未来の見えないおじさん二人の旅が始まる。
はやる気持ちを抑えきれず、全く行き先なんて決めずにとにかく海を目指して走る。
もうあの時は我々はおじさん二人じゃなかった。
対向車からは二匹のシートベルトをしたシャケに見えただろう。
平塚の看板が見えて海が現れた時は感動した。
このまま曲がらずに海に突っ込んでやろうかとすら思ったがギリギリ思いとどまる。
もち肌のシャケが夏の音楽をかけてくれた。
18歳から音楽を聞かなくなった僕の耳に久々に桑田佳祐さんの声が染み込んでくる。
テンションのあがった我々はひたすら海沿いの下道を走り、伊豆を目指すことにした。
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おじさん、あれは違うんです
伊豆の修善寺は最高だった。
景色が綺麗なのは勿論だが、何よりも人があたたかった。
こんなみすぼらしい髭ともち肌眼鏡のズッコケ二人組を暑い中出迎えてくれた旅館の方々。
鬼のようにうまい料理を食べさせてくれた家族経営の居酒屋の娘さん。
ゲジゲジをハエ叩きで瞬殺してくれたお母さん。
ゲジゲジを素手で外に捨てにいったお父さん。
地元のママ友集団。
本当に最高だった。
しかし、ひとつだけ心配がある。
帰りに立ち寄った海沿いの回転寿司屋で、僕なんかに気付いてくれて、色々サービスしてくれた寿司職人のおじさんだ。
コンビ時代のパチンコ玉を競馬新聞で包んでおじさんを作るコントが好きだと言ってくれて、また帰ったら動画見るよ。応援してるからね。と言って下さった。
僕はそのネタの次の年のキングオブコントで、回転寿司屋の職人は実は全員足をコンクリートに固められてるってネタをやったのだ。
おじさん、違うんです。
見てたら連絡下さい。本当に感謝してるんです。
パチンコ屋で心を汚して
しかし、本当に心が浄化された旅になった。
レンタカーを返して満員電車に乗って現実に戻る。
こんな綺麗な心では東京ではやっていけない。
僕はその足でパチンコ屋へ向かって海物語を打って心を汚すのだった。
長くなってしまったが、無事に心を汚したので「オジスタグラム」を始める。
本日の「オジスタグラム」はこうじさん。
髪の毛が乳首くらいまである「オジスタグラム」初の髪の長いおじさんである。
居酒屋でお一人で飲んでるところを声をかけさせて頂いた。
歳は教えてくれなかったが、だいたい50前後くらいだろうか。
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髪の長いおじさんはだいたいヤバい。
色の派手な生き物はだいたい毒がある。と同じ見分け方だ。
ハットをかぶってるロン毛はセーフの可能性が少し高まる。ギターケースを持ってれば大体セーフだ。
要は音楽をやってるロン毛はセーフなのだ。
音楽をやってないロン毛おじさんはだいたい毒があるのだ。
こうじさんはハットも被ってなければ、ギターケースもない。足元にはリュックが一つあるだけだ。
リュックの中にドラムのスティックが入ってる可能性もまだ捨てきれない。
僕は思いきって声をかける。
「すいません、それ何ですか?」
「あ、これか?知らねぇのか?」
「急にすみません。ずっと気になっちゃって」
「バイスサワーだよ。シソ味のよぉ。まぁ、今は、なかなか置いてある店もないからな」
「名前は聞いた事あります!」
「飲んでみたらいーよ、うめぇから」
「ちょっと一緒に飲ませて貰っていいですか?」
「えー?いいけどよ」
「ありがとうございます!すいません!生ビール下さい!」
「なんでだよ!おい!ガハハハ!」
古典的なナンパ方法だが、やはりおじさんのナンパはシンプルに限る。
「髪長いんで音楽とかやってるのかと思いましたよ!」
「音楽なんてやってないよ! 髪の毛がキレたギターの弦みたいてか!やかましいわ!ガハハハ!」
「いや、そんなん思ってないですよ!ケケケ!」
良かった。
こうじさんは愉快な毒のあるおじさんだった。
音楽のおじさんなら、18歳から音楽を聞いてない僕は困り果てていただろう。
こうじさんのサービス精神の源
さっきまで黙々とバイスサワーを飲んでいたおじさんとは思えないくらい、こうじさんはサービス精神旺盛なおじさんだった。
やはり人間話してみないとわからないものである。
坊主にしてた時期の話や、自分よりロン毛のおじさんの友達がいる話や、ハゲの方と喧嘩した時に自分だけ髪を掴まれて卑怯だったとゆう話をしてくれた。
ハゲの方と喧嘩をした話とかは尺がとにかく長くてオチが「卑怯だと思ったよ」だったので、なんだこの話と思ったが、今日会ったばかりの僕なんかを楽しませようとしてくれてるのがとても嬉しかった。
「今は日雇いの仕事よ。工事現場いったり、コンサートの舞台の設営したり」
「僕も日雇いやったことありますけど、大変ですよね。毎回仕事覚えないといけないのが」
「俺は飽き性だから、そっちの方がいいのよ」
「そうなんすか?」
「若い頃も色々やったよ。警備員だろ、大工だろ、スーパーもやったし、」
「はい、はい」
「郵便配達、溶接に、ピエロだろ、交通量調査もやったし、ショッピングセンターの」
「はい、はい、え!?ピエロ!?」
「半年くらいだけどな」
こうじさんのとめどないサービス精神の源がわかった。
こうじさんは元ピエロだからだ。
なんだ元ピエロって!
半年だけピエロやってたって!
元ピエロのこうじ。若手芸人みたいだ。
独学でジャグリングなどを練習して、ショッピングセンターや、町中でやっていたらしい。
飛び込みで居酒屋に行って、おひねりを貰ったりしてたようだ。
僕は元ピエロに食い付きすぎて、色々聞いたのだが、あのサービス精神の塊のこうじさんがピエロの話だけは余り答えてくれなかった。
何かトラウマがあるのだろうか。
サーカス団の団長に裏切られたのかもしれないし、空中ブランコのよしえさんとの恋に破れたのかもしれない。
長年生きてきたおじさんには墓場まで持っていく話が10個や20個あって当たり前だ。
申し訳ない事を聞いてしまったなぁと僕が思ってると、突然こうじさんが吠え始めた。
「ワン!ワン!ワン!」
こうじさんが壊れた……、
人間壊れると犬になるんだ……。
僕はこうじさんが一番触れられたくない元ピエロの話でこうじさんの精神を崩壊させてしまったのだ…………どうしよう
そう思って壊れてしまったこうじさんの目線の先を見る。
そこには箸袋で作った犬がいた。
「こうじさん……すげー!!」
なんかわからないがちょっと泣きそうになってしまった。
ほんとにこうじさんはお茶目なおじさんだ。
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現役半年ピエロだ
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こうじさんはそれからリュックから黒い紙とハサミを取り出すと無言で紙を切り始めた。
「なんですか!?何が出来るんですか!?そもそもなんでリュックに入ってるんですか?」
こうじさんは喋らない。
もうそこにいるのは元ピエロのこうじさんじゃない。現役半年ピエロだ。
「うわー!すげー!チョウチョだ!ネズミだー!」
これには周りのお客さんからも歓声があがる。
こうじさんの嬉しそうな笑顔を見て僕も嬉しくなった。
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自分の髪を切らずに人の為に紙を切るこうじさん。ピエロの鏡だ。
僕も髪を伸ばそうかなと人生で初めて思った夜だった。
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(イラストと文/岡野陽一 タイトルデザイン/まつもとりえこ)