(→前回までの「オジスタグラム」)
「掟の街・京成立石」前編のあらすじ
僕の愛する街、東京の酒都「京成立石」。
平日の昼間から友人と3人で来訪し、東京五大煮込みの一角を担う名店に並ぶ事に成功し、心躍る昼下がり。
この時、既に忍び寄る魔の手を青年達は知る由もなかった…。
なんと京成立石は酒と掟のみが支配する巨大なテーマパーク「オジニーランド」だったのだ!
仲間の裏切りに会い、腹を空かせた獰猛なおじさん蠢く檻に一人ぶちこまれる岡野。
周りを見渡せば、逆手でビール瓶を持ち、今か今かと頭蓋を割る機会を伺うおじさん、僕の喉元一点だけを見てくるおじさん、据えた目で頭蓋で酒を飲むおじさん…
「債権者のみんな、ごめんな…」
生きる事を諦めかけたその時…。
「カシラタレヨクヤキ!」
一瞬の事だった。
目を開けるとそこには伝説の大魔法使い「ゆきお」が立っていた。
詳しくはこちら→「岡野陽一のオジスタグラム」13回。7人の知らないおじさんのテーブルに合流「掟の街・京成立石」前編
とゆう事で今回のオジスタグラムはゆきおさん。
呪文で僕を救ってくれた63歳の魔法使いだ。
カシラタレヨクヤキと煮込み一丁!
極度の緊張から解放された僕は、
「ありがとう~!おじさ~ん!怖かったよぉ~! ほんとに怖かったんだからぁ~! もぅ~」
と、ゆきおさんのアロハシャツに顔を埋めて泣きじゃくりたい気持ちを必死に堪え、平静を装い店員さんに言う。
「じ、じゃ、それ下さい!後、煮込み下さい」
「はいよ! カシラタレヨクヤキと煮込み一丁~!」
助かった……。
キリンラガー大瓶をコップに注ぎ、一気に飲み干してやっと心臓が動く。
「あ、ありがとうございます!」
「あぁ、いやいや」
「すみません! 僕初めてで何もわからなくて」
僕は、1年前くらいに初めて足つぼマッサージに行った時に、全く勝手がわからないのに嘗められないように知ったかぶりをした結果、出されたお茶で足を洗って怒られてからは、わからない事は恥ずかしがらずに何でも聞く事にしていた。
でも掟の事は別だ。
ルールならまだしも掟は何か怖い。
とりあえずは差し支えない話でお茶を濁す。
「何時くらいから並べば入れるんですか? 僕、1時20分で駄目でした」
「1時20分は無理だなぁ。いける時もあるけど。なぁ?」
どうやら隣は常連の友人らしい。友人が口を開く。
「そうですね。
ふむふむ。歳は50過ぎくらいだろうか、常連の後輩らしい。魔法使い見習いと言ったとこだろう。
え? 今くらいの声で?
「わしは今日は12時半くらいかなぁ」
「早いですねぇ」
「いや兄ちゃん、平日はいいよ。土曜は10時半開店だから8時半くらいに並ぶよ」
「えー!!! まじすか!」
僕は耳を疑った。
朝8時半から居酒屋の開店待ちをするなんて、正気の沙汰ではない。
しかし、次のゆきおさんの言葉で僕はさらに耳を疑った。
「こら! 声が大きいよ、お兄ちゃん!」
え? 今くらいの声で?
見習い魔法使いが続ける。
「ガハハ。まぁ初めてだからね、次から気をつけてね。みんなで飲むとこだからね。大きい声出すと注文も聞こえにくくなるでしょ?」
「えへへ。すみません、つい」
違うのだ。
ほんとにそんなデカい声じゃなかった。
職業柄、声がデカいと思われると思うが、居酒屋でバカみたいに騒ぐ方々を軽蔑しているし、その辺の分別はついてるつもりだ。
これは間違いない。早くも掟が発動している。
この店では盛り上がるみたいな事は禁止なのだ。
確かに、店内満席なのに全くうるさくはなく、他の居酒屋とは全く異質の空気を保っている。
だからと言って暗い訳ではなく、何か武道に通ずるような、みんな楽しい中にも真剣に酒とモツと向き合ってる雰囲気を感じる。
運ばれてきた「カシラタレヨクヤキ」と「煮込み」を食べて納得する。
カシラタレヨクヤキは勿論絶品だが、ここの煮込みは凄い。野菜などは一切入っていない、モツのモツだけによるモツ煮込みだ。
こりゃ、朝から並ぶし、モツと向き合う訳だ。
20年くらいかなぁ
「う、うますぎますね」
「だろ? こりゃ8時半に並ぶだろ?へへ」
「並びますよ、これは。どのくらい通ってるんですか?」
「わしは、20年くらいかなぁ」
「えー!」
危ない。えー! を抑えるのが大変だ。
「常連中の常連さんじゃないですか!?」
「いやいや、わしなんて常連に入らないよ」
「え?」
「創業1946年だよ。50年通ってる80歳の人とかいるからなぁ」
「えー!!!」
完璧な「えー!」である。
声のボリュームを落とした代わりに、細い目を最大限に開き、表情で驚きの度合いを補う。掟スレスレのグレーゾーンの完璧な「えー!」だった。
やはりスポーツなどもそうだが、自由とは難しいもので、掟の中で遊ぶからこそ楽しい事の方が多い。
そうゆう事だ、小僧。
とも言いたげなゆきおさんの笑顔も束の間、僕の隣のおじさんが掟を破ったようだ。
「肘!肘! テーブルに肘ついちゃだめだって」
「あ、ごめんなさい」
40歳くらいだろうか。おじさんも初めてっぽい。
「ごめんな。怒ってる訳じゃないからね。みんなで食べるとこだから」
「はい。すみません」
確かに僕の時もそうだったが、注意しているが嫌な感じはなく、怒ると言うより、叱るとゆう言葉がしっくりくる。
魔法使い見習いがフォローする。
「ごめんね。口うるさくて」
隣のおじさんは注意されてばつが悪いのか、携帯を取り出して店内の景色にカメラを向ける。
「お兄ちゃん!ダメ! 写真は自分の料理だけ!」
「あ、すみません!」
魔法使い見習いなんかじゃない
この気持ちは痛いほどわかる。
僕も昔、居酒屋で先輩に怒られすぎて、怒られてる途中に枝豆を食べて更に怒られた事があるからだ。
粗相を重ねるのは怒られあるあるである。
すかさず、魔法使い見習いがフォローする。
「これ、うまいぞ。食べるか?」
「あ、ありがとうございます! う、うまい!」
僕はこの人を勘違いしていた。この人は魔法使い見習いなんかじゃない。
この方は僧侶だ!
掟に背くと、ゆきおさんが攻撃魔法でダメージを与え、この僧侶様が回復する。
そして、叱られた人は死ぬ事なく経験値を得て、レベルがあがっていくシステムなのだ。
もうこの店に入ったその時から、僕達は一つのパーティーなのだ。
魔法使いと僧侶が冒険の仕方を教えてくれる。
何かそこに僕は昔ながらの日本を感じた。
悪い事をすると、どこの家の子供でもげんこつする頑固親父がいて、家に帰れば優しいお母さんがいる。
しかし、頑固親父はテストで100点とると、庭の柿を1つくれるのだ。
ノスタルジックな気分に浸っていると、ゆきおさんがいきなり僕に立てと言う。
やってしまった…掟だ…。
僕はノスタルジック法を犯して、今から頑固親父の拳を顔面に受けるんだと、歯を食い縛ったが考えすぎだった。
テトリスじゃなくて良かった
僕の列の一番奥にいたおじさんが、トイレに行きたいらしい。
そのためには僕達三人のおじさんが一回どかないと通れない作りになっている。
ゆきおさんが、店員さんの邪魔にならないように、狭い店内で僕を含めた三人のおじさんをテトリスのブロックのように誘導しながら、奥のおじさんをトイレに行かせる。
そして、またおじさんが帰ってきた時に我々をスムーズにそこに嵌める。
テトリスじゃなくて良かった。
確実にこの世からおじさんが7人消えてただろう。
ゆきおさんに注文の掟も教わり、僕も一人で注文してみたり、途中で3人合流も出来て、うまいわ楽しいわで最高のお酒だった。
上級者になるとオムツをして酒を飲む話を筆頭に色んな話、掟を教えて頂き、全て書こうと思っていたが、敢えてここでは言わないでおく事にする。
皆様にも実際行って店の常連さんに教わるのを味わって貰いたくなったからだ。
大人になると新しい発見は意外とないものだが、ここに行けば必ず何か刺激になるだろう。
少なくともお会計をした時にびっくりする事は僕が保証する。
毅然おばさんだ!
帰り際、ゆきおさんにお礼を言う。
「いろいろうるせー事言ってごめんな。遠いだろうし、嘘つきしかいねー街だけどよ、懲りずにまた来てくれよな」
「はい! 絶対来ます!」
次の店に向かう途中、この前わざわざ横浜から来た女性二人組が酒を一杯飲んだ事を告白して追い返されていた店の前を通ると、顔を真っ赤っ赤にした赤鬼みたいなおじさんがその店に入るとこに丁度出くわす。
面白いものが見れるよと、友人二人と観察する。
「あんた飲んでるでしょ?」
出てきた! 毅然おばさんだ!
赤鬼はおばさんの目をまっすぐ見て答える。
「飲んでないよ。わし地赤なんだ」
「……いらっしゃい」
なるほど嘘つきの街ね。
最高だぁ。外はまだ明るい。
(イラストと文/岡野陽一 タイトルデザイン/まつもとりえこ)