
国民的ヒット漫画「鬼滅の刃」をもとに、パワハラ防止法について法律家にお聞きしてく本企画。前編(※関連記事参照)では、主人公・竈門炭治郎および鬼殺隊の宿敵である鬼舞辻無惨が部下である鬼たちを叱責するシーンを法律と照らし合わせて解説してもらった。
今回は、その続きとなるシーンと、鬼舞辻無惨によるそのほかのパワハラについて「どう対応するのが法律的に正解なのか」を、6月から大企業向けに施行された「パワハラ防止法」の雇用管理上必要な措置を講じる義務を踏まえて村田浩一弁護士に解説してもらう。

「お前はいつも」ではなく、注意指導は具体的にタイムリーに
――では「パワハラ会議」のなかで、無惨さんに口答えした下弦の鬼の1人がただただ殺戮されるシーンを見ていきます。

村田浩一弁護士(以下、村田):ここはまさに、パワハラ6類型でいうと1つめの「身体的な攻撃」ですよね。これはもう完全にアウトで、たとえば「殴る」といったことになると、どれだけ教育的な目的があっても基本的にはパワハラとなります。

――無惨さんの場合はパワハラどころの騒ぎではないような気もします。
村田:そうですね。傷害や殺人といった刑法犯の話になっている気はします。パワハラかどうかの問題ではなく、ただの不法行為です。
――今までのシーンでは、損害が起きていないのでパワハラではあっても訴訟は難しいとされていましたが、身体に攻撃があったので、そろそろ下弦の鬼も訴訟ができますよね?
村田:そうですね。損害が発生していますからね!

――ここでついに無惨さんに損害賠償請求……! そして、そのまま別の鬼が無惨さんにやられるシーンを見ていきます。

村田:ここで気になるのは注意指導のやり方です。「お前はいつも鬼狩りの柱に遭遇した場合逃亡しようと思っているな」というセリフがありますが、これだと、いつ・どの行為について注意しているのかわからない。
注意指導は「具体的に」「タイムリーに」行うべきで、ここならたとえば「6月23日にどこで誰と遭遇したときに逃げ出した」「あそこでは逃げ出すのではなく、〇〇という技で闘ってほしかった」といった言い方をすべきです。

――無惨さんをかばうようで申し訳ないんですが、これは部下が1回逃げ出したとき「気にはなったけど言うほどではないな」と思って見逃して、あとから何度も同じことをするのでやっぱり気になって注意した、というときでもパワハラになってしまうんでしょうか?
村田:少なくとも適切ではないと思います。その時に言われなかったら言われる側も「あ、これ問題ないのかな?」と思ってしまうはずなので。
――なるほど……。自分の中にも無惨さんの種は潜んでいるんだと気付けてよかったです。勉強になります。
「お前は死ぬかもしれない」ではなく安全配慮の義務を守って
――では、他の鬼がやられていくところを見て、ほかの鬼が逃げ出すところです。

村田:これは逃げてどうするつもりだったのかわかりませんが、下弦の鬼としては「もう鬼辞めた!」という感じでしょうか?
もし鬼の「退職」という風に捉えるなら、もう注意指導の必要もないし、まして身体的な攻撃をする必要もないので、やっぱりパワハラですね。
――退職した人への嫌がらせもパワハラになるんでしょうか?
村田:パワハラ指針では、同じ会社でなくても、取引先の従業員や個人事業主などに対する言動についても必要な注意を払うよう努めることが望ましいとされています。ただ、退職した人に対する嫌がらせだと、パワハラではなくただの不法行為です。

――そうなんですね。ちなみに、こういう辞めた人(鬼)を攻撃した場合、どの法律にひっかかってくるのでしょうか?
村田:民法709条「不法行為による損害賠償」ですね。違法に他人の権利を侵害したとき、その損害の賠償責任を負うことを定めたもので、交通事故を起こしたときなどと同じです。
そのほかに「あの人は前職でこんなミスをしたんですよ」とか、新しい職場で評価を下げるような発言をしたらそれは名誉毀損になるので、刑法でも民法でも違法と判断されるおそれがあります。
――パワハラって社内だけはなくて、他の会社でも認められるんですね……! では次に、生き残るために無残さんと交渉をした鬼がそのままやられるシーンです。

村田:ここも、部下が「血を分けてくれれば、ちゃんとやります」ということであれば、それを踏まえて指導をするのが適切です。
――このシーンは特に、現実世界でも言われそうなパワハラワードが大量に出てきます。
村田:ここについては、本当に部下に改善をしてもらいたくて「お前はどのような役に立てる?」と言っているのかが疑問です。改善できないことを前提に、責めているように見えますね。だとすると「教育指導の目的」がないので、パワハラということになります。
――やはり教育指導の目的があるかないかは重要になってくるんですね。では最後に、1人だけ気に入られた鬼が見逃されるシーンです。

村田:気分によって「あの人はクビにする、あの人はおとがめなし」というのはダメですね。注意指導は公平に。
あくまで問題行動には、それに合った注意指導をするべきで、気分次第で処分の重さが決まるのはNGです。
――そしてギリギリで助かったこの鬼も、強くするために死ぬかもしれない危険な輸血をされます(※鬼は無惨さんに血を分けてもらうと強くなれるが、順応できないと死んでしまう)。
村田:ここで気になるのは、血を分けられると「死ぬかもしれない」という点ですね。雇用者は従業員の生命や身体を預かっているので、生命身体の「安全配慮に関する義務」を負います。なので、死ぬかもしれないと言う無責任な対応はダメで、生命、身体に危害が及ばないように配慮すべきです。
ここでいうなら、血を分けてあげるにしても、安全配慮義務を守って、ちゃんと生命、身体に危害が及ばない程度の血を分けてあげなさいと思います。

――確かに無惨さんは安全配慮義務をまったく守ってないですね。気分次第ではなく適切に、「死ぬかもしれない」ではなく「死なないように」ということですね。
会議以外での「鬼」に対するパワハラは?
――では、具体的なシーンはここまでにして、下弦の鬼たちが属している組織そのものについてもパワハラ防止法の観点からお聞きしたいです。
村田:パワハラ防止法でいうと、使用者である企業や代表取締役などが、パワハラについて管理上の措置をとる義務を負っています。
今回も、本来は無惨さんがパワハラが起きないように啓発するとか、パワハラが起きた時に相談できる窓口をつくるとか、パワハラが起きた場合の事実確認、注意指導、再発防止策、そういった体制づくりをするべき人なんですが、そういうことはやっていないようですね。

――なるほど。それから無惨さんは(血を通じて)常に鬼の言動を把握していたり、位置を把握していたりするんですけど、これはパワハラにあたるでしょうか?
村田:それは、パワハラ六類型でいう6番「個の侵害」にあたりますね。「従業員に常にスマホのGPSをONにさせる」といったことに近いです。
業務中に必要があればいいんですが、プライベートな時間にまで居場所を把握しているなら「個の侵害」にあたります。
――ということは無惨さんの場合、鬼が鬼殺隊と闘っているときに位置を把握するのはいいけれど、それ以外のプライベートの時間に位置まで監視しているのは、パワハラになるということでしょうか……?

村田:その可能性がありますね。
――組織としてもかなりパワハラの問題を抱えているということがわかりました。無惨さんには、「下弦の鬼」たちだけではなく全体の組織体制を見直してほしいです。
パワハラ防止法が施行されるとどう変わる?
――最後になりますが、今回のパワハラ防止法の雇用管理上必要な措置を講じる義務は6月から施行されたんですよね?
村田:パワハラ自体は、これまでも判例上認められて来ました。ただ、それが法律で明記されて「パワハラ防止のために使用者がするべきこと」が明確となったのが今回です。
それから法律で、大企業は今年の6月から、中小企業は2022年4月から法律上の義務を負うようになりました。
――どういう企業が「大企業」になるのでしょうか? 無惨さんは大企業ですか?
村田:「大企業」か「中小企業」かは、業種によって異なります。中小企業の基準はこれですね。

無惨さんの業種がサービス業かなんなのかわかりませんが……「その他の業種」にあたるなら、資本金の額が3億円以下、鬼の数が300人以下なら中小企業かもしれません。
――鬼の数がわかりませんが、まだ施行されていない可能性もあるんですね。それから、行政指導が入ると無惨さんはどうなるんでしょうか?
村田:パワハラに対して「こういう措置を取ってください」といった指導をされます。たとえばパワハラの相談窓口を設置していなかったら「設置してください」などですね。
それからパワハラの事後の対応も求められます。事実関係の確認をしなかったり、パワハラをした上司と、された部下を切り離さず、ずっと一緒に働かせていたり、再発防止策をとっていなかったりすると指導の対象になり得ます。
――無惨さんに行政指導入れるのは難しいと思うんですけど、現実世界のパワハラにはぜひこういった知識を持って立ち向かってほしいですね。
村田:そうですね。繰り返しになりますが、今回の鬼滅の刃の「パワハラ会議」のシーンは、問題じゃないところがないような状況で、パワハラをしている方にとってはよい反面教師になると思います。これをきっかけに、パワハラに対する正しい知識を持って仕事をして欲しいと思います。
――大変おもしろかったです。どうもありがとうございました!
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■まいしろ
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