『エール』第16週「不協和音」 79回〈10月1日(木) 放送 作・清水友佳子 演出:橋爪紳一朗〉

『エール』79話 音が軍隊のようだと感じた「音楽挺身隊」 「戦時歌謡」の役割とは?
イラスト/おうか

音楽挺身隊とは

音(二階堂ふみ)は少しでも音楽に触れようと音楽挺身隊に参加する。挺身隊の部屋には「勝って兜の緒を締めよ」「燃ゆる感謝は慰問で示せ」「仰げよ武勲 捧げよ感謝」と書いた紙が貼ってある。
音たちの前に立った顧問・神林康子(円成寺あや)は「音楽は戦力増強の糧である」と凛々しく語る。


史実によると、音楽挺身隊とは、国民の慰安と鼓舞激励のため活動した。昭和16年8月、前年に創立された日本演奏家協会の全会員2300人を動員して結成され、その会長だった山田耕筰が隊長をつとめた。山田耕筰は『エール』で志村けんが演じている小山田耕三のモデルとされる人物である。

「からたちの花」「赤とんぼ」など不朽の名曲を多く作る一方で、日中戦争時には、陸軍省情報部嘱託となって国や軍の関わる演奏会に参加、自ら指揮し、軍国歌謡も多く手掛けた(『エール』では「戦時歌謡」を使用しているが、参考にした大阪音楽大学のホームページには「軍国歌謡」とあったのでそのまま記します)。

『エール』でも小山田は音楽挺身隊に関わっていて、裕一の妻の音が参加したことを知る。音は小山田に自分の存在を知られているとは知らない。


音は楽挺身隊で音楽学校時代の同級生・潔子(清水葉月)と再会。音楽学校出身者が多く参加していると聞く。そこは挺身隊というより軍隊のようだと感じた音は緊張する。音楽の話より戦争の話ばかりでついていけるかなあと不安になるが、裕一に励まされ、慰問で明るく歌うようになる。

音を明るく励ます裕一を見ていると、悪気なく、深くものを考えない癖がついているように感じる。深く考えはじめると、今の仕事(戦時歌謡)に疑問が出てきてしまうからではないだろうか。
今、できることを精一杯やることも悪いことではないが、立ち止まって考えることが大事なときもある。

はたして、音は挺身隊の活動について深く考えるようになるだろうか。それとも深く考えずに巻き込まれていくのだろうか。
『エール』は簡単に答えの出ない問題に向き合っている。

本来なら、ここで、戦争を行う国に協力している小山田が、裕一と音に立ちふさがる巨大な問題の擬人化になったのだろう。だが、コロナ禍で志村けんが急逝したことで、それが叶わなくなった。
大変惜しいが、その不在をどう埋めるかも今後の見どころといえるだろう。

『エール』79話 音が軍隊のようだと感じた「音楽挺身隊」 「戦時歌謡」の役割とは?
写真提供/NHK

「好きなことをして何がいかんの」

音は悩みながらも音楽挺身隊活動に追われていく。慰問先で、喜ばれたらやっぱり嬉しい。彼女もまた裕一と似た、いろいろ考えることもあるが、とりあえず今できることをやるという道を歩み始めている。

教え子の弘哉が訪ねてきても、留守がちに。代わりに裕一は弘哉とハーモニカ合奏。ときどき弘哉を見ながら吹く裕一の眼差しは優しい。
音楽は人の心をあたたかくする。

福島の弟・浩二(佐久本 宝)から手紙が来て、母・まさ(菊池桃子)が体調が悪いと書いてあった。そんな母の支えも裕一の音楽である。

吟(松井玲奈)が、国防婦人会の班長からまた参加してほしいという手紙を持ってくるが、音は音楽挺身隊の活動を理由に断る。婦人会の活動より、歌が歌える分、挺身隊のほうが音には向いているだろう。

自分の好きなことばかりして、と不服を言う吟に、音は「好きなことをして何がいかんの」と反発する。

「自分には音楽があるけど、私にはなんもない、そう言いたいわけ?」
いつもの姉妹喧嘩かと思ったら、それはもっと根深くて、吟は好きなことがないことを気に病んでいた。

理屈で考えれば、婦人会でも挺身隊でもお国のために働くことは同じなのだが、吟が音に求めているのは、結局はそういう目的ではなく、自分の頼みを聞いてほしい、自分の立場を考えてほしいという願望であり、そうしてもらえないから苛立つのだ。

その話を聞いた喫茶・竹の恵(仲里依紗)は、音楽や文学の道で活躍している妹たちに対して、自分は何もやってないことを気にする気持ちはわかると言い、保(野間口徹)は「普段は隠していた感情があらわになってしまう。これも戦争か」とつぶやく。

当人、良いこと言ったつもりが、代用デザートと同じで、音は「ん〜〜〜」となんとも言えない顔をする。それっぽい表現でものごとを単純に片付けないようにする配慮は、喫茶・竹の空間だと成立する。


「まちがってますよ、こんな世の中」

五郎(岡部大)を豊橋に無事連れ帰り、再び、結婚に向けて楽しい生活がはじまったと思ったら、お世話になっている出版社の編集者がやって来て、もう原稿は持ち込まないでくれと言う。理由は関内家が宗教上の問題から特高に目をつけられているからだった。ショックな梅。「まちがってますよ、こんな世の中」とやりきれない五郎。

まちがってますよ? と思ってしまうのは、吟と智彦の夫婦関係。智彦がいよいよ前線に出ていくその晩、杯を前に「どうぞご無事で」と頭を下げるが、「軍人の妻は無事など願うな」と智彦は言う。そんな時代なんだなあと切なくなった。

吟の凛と伸びた背筋が美しいと評判で、『あさイチ』にゲスト出演した松井玲奈がその姿勢の良さは、剣道をやっていたから
と答えていた。松井玲奈は首がまっすぐ長くて、本当に美しい。これからは彼女の心の美しさが生きる吟を描いていってほしい。
(木俣冬)

【前回レビュー】『エール』78話 お国のために音楽や文学がコントロールされる時代の表現者たちの苦悩
【レビュー】山崎育三郎 “華がある”存在そのもの 「ミュージカル界の王子」と称される由縁
【レビュー】古川雄大 「エール」で強烈インパクト 絢爛豪華な物語世界に深く誘ってくれるミュージカル俳優

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主な登場人物

古山裕一…幼少期 石田星空/成長後 窪田正孝 主人公。天才的な才能のある作曲家。モデルは古関裕而。
関内音→古山音 …幼少期 清水香帆/成長後 二階堂ふみ 裕一の妻。モデルは小山金子。

古山華…根本真陽 古山家の長女。
関内梅…森七菜 音の妹。文学賞を受賞して作家になり、故郷で創作活動を行うことにする。
田ノ上五郎…岡部大(ハナコ) 裕一の弟子になることを諦めて、梅の婚約者になる。

関内吟…松井玲奈 音の姉。夫の仕事の都合で東京在住。
関内智彦…奥野瑛太 吟の夫。軍人。

廿日市誉…古田新太 コロンブスレコードの音楽ディレクター。
杉山あかね…加弥乃 廿日市の秘書。
小山田耕三…志村けん 日本作曲界の重鎮。モデルは山田耕筰。
木枯正人…野田洋次郎 「影を慕ひて」などのヒット作を持つ人気作曲家。コロンブスから他社に移籍。モデルは古賀政男。

梶取保…野間口徹 喫茶店バンブーのマスター。
梶取恵…仲里依紗 保の妻。謎の過去を持つ。

佐藤久志…山崎育三郎 裕一の幼馴染。議員の息子。東京帝国音楽大学出身。あだ名はプリンス。モデルは伊藤久男。
村野鉄男…中村蒼 裕一の幼馴染。新聞記者を辞めて作詞家を目指しながらおでん屋をやっている。モデルは野村俊夫。

藤丸…井上希美 下駄屋の娘だが、藤丸という芸名で「船頭可愛や」を歌う。

御手洗清太郎…古川雄大 ドイツ留学経験のある、音の歌の先生。 「先生」と呼ばれることを嫌い「ミュージックティチャー」と呼べと言う。それは過去、学校の先生からトランスジェンダーに対する偏見を受けたからだった。

『エール』79話 音が軍隊のようだと感じた「音楽挺身隊」 「戦時歌謡」の役割とは?
写真提供/NHK

番組情報

連続テレビ小説「エール」 
◯NHK総合 月~土 朝8時~、再放送 午後0時45分~
◯BSプレミアム 月~土 あさ7時30分~、再放送 午後11時~
◯土曜は一週間の振り返り

原案:林宏司 ※7週より原案クレジットに
脚本:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
キャスト: 窪田正孝 二階堂ふみ 唐沢寿明 菊池桃子 ほか
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」
制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和