『エール』第19週「鐘よ響け」 95回〈10月23日(金) 放送 作:嶋田うれ葉・吉田照幸、演出:吉田照幸〉

『エール』裕一の絶望からの再生であり、日本の復興への祈りでもある「長崎の鐘」が鳴り響く
イラスト/おうか

古山裕一の名推理

“落ちろ…落ちろ…どん底まで落ちろ”

【前話レビュー】永田(吉岡秀隆)が裕一(窪田正孝)に向けた「どん底まで落ちろ」の言葉の真意

「その意味あなたにわかりますか」と「長崎の鐘」の著者・永田(吉岡秀隆)に問われた裕一(窪田正孝)は3日間こもって悩む。

見かねた永田の妹・ユリカ(中村ゆり)が裕一を、永田が戦時中、人々を治療していた場所へと連れていき、そのときの凄みを語る。

再び、部屋にこもって考える裕一。
ふと、鐘の音に誘われて外に出る。「鐘はふたつあったんですよね」とユリカに聞く裕一。これが探偵のセリフのよう。

ユリカは鐘を掘り起こしたときの話をする。

「鐘の音が私たちに生きる勇気を与えてくれました」と言うユリカ。
生き残った子供たちが花を植えている姿。
口元にそっと手を当て思考を巡らす裕一。
「そうか、ようやく気づきました」

古山裕一が金田一耕助になった瞬間だったというのは冗談だけれど、永田の謎掛けから裕一の気づきに至る流れは、ミステリードラマの形式である。

「エールを送ってくれんですか」裕一は永田の元に向かい、永田の問いの答えは「希望」だと答える。
正解。

裕一はいつだって、誰かの応援のために曲を作ってきた。永田に「エールを送ってくれんですか」と言われ、これからも、応援していくしかない。
それを悟った裕一は再生し、「長崎の鐘」を作り上げる。歌うのは、山藤(柿澤勇人)。唯一、歌手で南方の最前線まで慰問に行った人物に白羽の矢が当たった。

ドラマでは「長崎の鐘」に曲をつけようと提案したのが池田(北村有起哉)になっているが、史実では「長崎の鐘」に池田のモデル菊田一夫は関与していない。サトウハチローが詞をつけて。精神科医で文学や芸術にも造詣が深い式場隆三郎の強い要請でレコード化が企画されたもので、裕一のモデル・古関裕而は永田と会ってやりとりしていない。

古関はサトウの詞を読んで、“単に長崎だけではなく、この戦災の受難者全体に通じる歌だと感じ、打ちひしがれた人々のために再起を願って、「なぐさめ」の部分から長調に転じて力強く歌い上げた。”(古関裕而『鐘を鳴り響け』より)

山藤に扮した柿澤勇人が厳かに歌う「長崎の鐘」。たしかに「なぐさめ」の転調が印象的だ。それまでの裕一は短調の曲が彼の魅力であると書かれて来た。とりわけ、兵隊を送る曲は、短調にすることでそこはかとない哀しみを込めていたとされる。それが、ここで彼は長調に転じる曲を書く。


最初は青空なのにどこか鬱々とした歌詞ながら、途中からぐっと空を仰ぎ立ち上がることを促すように転調する、この瞬間こそが裕一の絶望からの再生であり、日本の復興への祈りでもある。

心ならずも兵隊を送る哀しみではなく、これからは堂々と希望を歌っていくという決意を歌で示した。そして、最前線を見てきた山藤が歌うからこそ、どん底から転調する(立ち上がる)歌が真実味を帯びる。

この回も主題歌はない。それによって「長崎の鐘」がいっそう生きた。

『エール』裕一の絶望からの再生であり、日本の復興への祈りでもある「長崎の鐘」が鳴り響く
写真提供/NHK

史実とフィクションの掛け合わせの成功

永田のモデルである永井隆は「汝に近きものを己のごとく愛すべし」という意味の如己堂、「どん底に大地あり」という言葉を実際残している人物である。「長崎の鐘」の完成後、古関裕而と手紙のやりとりをしているが、ドラマほど古関のクリエイションにダイレクトに永井が関わってきているわけではない。

だがチョクに会わずとも、永井の著書からサトウハチローが受けたものをさらに古関が受けて曲にする、ものを作る者たちの通じ合う心は強かったであろう。彼らの心の繋がりを、実際に、裕一が現地で実際に出会って言葉を交わして、想いを受け止めるという形に変えて描いた「長崎の鐘」のエピソードは、『エール』のなかで史実とフィクションを掛け合わせることに成功した秀逸な箇所と言っていい。

焦土から鐘が無傷で掘り起こされて、それが鳴る。カーンッと瞬時に空気を裂くように遠くまで伝播する音は、心の曇りを晴らす。それがゼロと化した敗戦国の大地から生き残って出てきたことは格好のシンボルになる。東日本大震災でいえば、津波に耐えて残った「奇跡の一本松」がそれに当たる。


真っ白な清らかな光が、レコードを、それを聞く人々を包む。永田が記した短歌の一節「新しき朝の光の」ように。裕一と音(二階堂ふみ)も浄化されたように白い光の中で微笑む。

困窮したとき、人はなにかの希望のかけらにすがりたくなる。それが物語になる。朝ドラだって「新しき朝の光」であることを改めて感じさせた『エール』95話は、過去の戦争を思い返すだけでなく、いまの時代、コロナ禍に見舞われて疲弊した私たち日本人の心に鐘を鳴らした。

短い出番ながら、吉岡秀隆と中村ゆりの誠実な芝居が心に染みた。
(木俣冬)

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『エール』裕一の絶望からの再生であり、日本の復興への祈りでもある「長崎の鐘」が鳴り響く
写真提供/NHK

番組情報

連続テレビ小説「エール」 
◯NHK総合 月~土 朝8時~、再放送 午後0時45分~
◯BSプレミアム 月~土 あさ7時30分~、再放送 午後11時~
◯土曜は一週間の振り返り

原案:林宏司 ※7週より原案クレジットに
脚本:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
キャスト: 窪田正孝 二階堂ふみ 唐沢寿明 菊池桃子 ほか
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」
制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和

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