『大豆田とわ子と三人の元夫』幸せになることを諦めない松たか子演じるバツ3女のちょっと笑える日常と心情
イラスト/ゆいざえもん

※本文にはネタバレがあります

メガネの大渋滞『大豆田とわ子と三人の元夫』第1話

『大豆田とわ子と三人の元夫』(カンテレ・フジテレビ系 火曜よる9時〜)は欧米の映画や舞台によく見られるような洒脱なコメディふう。娘・唄(豊嶋花)とふたり暮らしの大豆田とわ子(松たか子)と、題名どおり三人の元夫たち(松田龍平、東京03・角田晃広、岡田将生)の物語は、日本製のベタつきがなく、飄々として人を食った印象がした。

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視聴者に刻んだ魅力を考察


まずはおしゃれな女性ボーカル曲と過剰なナレーション(伊藤沙莉)からはじまった。俳優の演技や演出家の表現によって画を見ればわかることを、気づく人だけ気づいてにやにやするようなところをあえて言葉で語って、一切の見間違いのないようにする。これはまるで先ごろ亡くなった巨匠・橋田壽賀子的アプローチ。もしくは視覚障害者用のナレーションのようだ。そのうえ、最初に第1話の概要も駆け足で説明してくれて、親切丁寧である。ところが、その印象はドラマが進行するにつれ徐々に姿を変えていく。


冒頭数分で大豆田とわ子はおしゃれで裕福だけど(あとでわかるが会社の社長に就任)、とても個性的な人物であることがわかる。さらに、いとこの結婚式に出て、会う人たちに、田中さん、佐藤さん、中村さん、といろいろな苗字で呼ばれることで、「そういう歴史のある方」であることがわかる。

彼女の父・大豆田旺介(岩松了)によって、その歴史――すなわち彼女の結婚は「1回目はサドンリー、2回目はコメディ、3回目にいたってはファンタジー」だったこともわかる。

3番目は理屈っぽい弁護士・中村慎森(岡田将生)、2番目はゆるふわっぽいカメラマン・佐藤鹿太郎(角田晃広)、最初の夫は飄々としたレストラン経営者・田中八作(松田龍平)。全員メガネ!!!

わかりみとわからなみが混ざる

ある日、とわ子は、亡くなった母のパソコンのパスワードを知るために3人の元夫と会わなくてはならなくなる。「はじめて飼ったペットの名前は?」3人の夫たちのはじめて飼ったペットの名前を知る、そのどれかがパスワードである。そんなミステリー仕立てで物語が進行していく。


大豆田とわ子の心情や状況は紛うことなくナレーションで説明されるが、亡くなった母のことは部屋に写真と位牌が飾ってあることとパスワードがわからないことしかわからない(あとで、そろそろ四十九日だとか、24歳でとわ子を生んで離婚したなどがわかる)それと3人の元夫たちとの馴れ初めや別れた理由はわからないし、彼らの内面もわからない。パスワードもわからない。娘・唄の父が3人の誰かも明かされない。説明されるのはとわ子のちょっと笑える日常と心情である。

たまに「愚痴泥棒になる」が「盗んでおいてすぐ飽きる」友人で、よき相談相手・綿来かごめ(市川実和子)に話す「ひとりで生きていけるけど◯◯◯。◯◯◯の中身はわかりません」の◯◯◯もわからない。
このシーンの最後、キッチンの上部の棚をかごめが開けた瞬間の画が最高である。

ナレーションがわかりやすっ!と思って見始めたが、じつはわからないことも多い物語。わかりみとわからなみが混ざることで魅力が深くなっていくのは高等テクである。

例えば、白い服に醤油をかけてしまい、仕事中、そっと落ちない汚れを隠すときのとわ子の心情は説明されないのは、誰もこれを見て独自の想像をしようがないだろうからだと考える。醤油で失敗した気持ちを晴らしに海にとわ子が行くと、いかにも“船長さん”のいでたちの健正という人物(斎藤工)に出会う。

斎藤工は出てきただけでインチキくさい人物を説明要らずで体現してみせてグッジョブであった。
そこまでの登場人物はどこまでも物語の世界に溶け込んでいるのに、彼ひとりだけ“斎藤工”ままのようで異彩を放っている。それによって、この人が重要人物ではないことが香り立つ。実際、その後、とわ子は彼がインチキな人物であることを知る。

レストランのボーイに「あんたで5人目」と教えられ落胆するとわ子。だが、3人の男と結婚している彼女と何が違うのだろうか。いや、もちろん、彼女は詐欺ってはいないが、異性を転々としている点において似ていると言えないこともない。
でもそこではナレーションは決して語らず、視ているほうの想像に委ねられる。いつの間にかドラマの世界の深みにはまりかけている。優れた物語は見たまんまではなく、見えるもの以外の想像が膨らんでくることにあるものなのだ。

「わたし、幸せになることを諦めませんので」

37分後、とわ子は工事現場の穴にハマって泥だらけになる。こんなふうにハマるかというほど見事なハマり方。芸術点、技術点10点満点の10点。

少女時代、母が離婚した理由は「ひとりでも大丈夫」であったことで、とわ子は「ひとりでも大丈夫だけど、誰かに大事にされたい」と思っていた。


泥だらけになったところを助けてくれるのが一番目の夫・八作。彼の家でお風呂に入って、本息でドラゴンボールの歌を歌うとわ子。松たか子は歌手でもあるから、巧いし声はきれいだし、さすが『アナと雪の女王』のエルサ(雪の女王)の貫禄。だが、彼女がこんなに開放的に歌をうたう心境は説明されない。ここからナレーションがいなくなったように静まり返り、別のドラマのような気配になる。どっちかっていうと、ここからが最近の坂元裕二作品という感じである。

柳川風うどんを食べながら毒舌をたたきあうとわ子と八作。「優しいって頭がいいってことでしょう」と八作にとわ子は言う。そのうち甘えた感じになって、膝枕してもらいながら口をつくのはーー。

母親の死についての本音。言葉にしたら言葉が気持ちを上書きしてしまうから「悲しい」と言葉にできないでいたとわ子。そのセリフこそが、このドラマにおける言葉にしていることと、言葉にしないことの基準を物語る。

『大豆田とわ子と三人の元夫』幸せになることを諦めない松たか子演じるバツ3女のちょっと笑える日常と心情
第2話は4月20日放送。画像は番組サイトより

人間はいつでも過剰なわけでなく、いつでも寡黙なわけでもなく、その人によって8:2の人、6:4の人もいて、その割合の違いこそが人の個性であり、その割合に気づいてくれる人とは一緒にいやすい。人間を知ることは、どの瞬間で本音を話すか、その基準を知ることなのではないだろうか。

八作のたわいない物語を聞きながら、仕事の疲れもあってそのまま寝てしまったとわ子。寝ているとわ子に、母から聞いた重要な言葉を明かすが、とわ子は寝ている。そして朝起きて顔に当たった朝日がおとぎ話のお姫様のように美しい。

そこへ2番目の夫・鹿太郎と3番目の夫・慎森が来て、3人の元夫会議がはじまる。どうやら3人はまだとわ子に想いを残しているような……。でも、この雰囲気だと八作がいちばんとわ子に心地よい相手のように見える。八作のキッチンがL形で、とわ子の母が立っていたキッチンもL字形だから、とわ子はなんだか落ち着くんじゃないだろうか。

でも、3人の夫会議の末、とわ子が「わたし、幸せになることを諦めませんので」と、その相手は3人の誰でもないと宣言する。
母の法要に3人の元夫が集まり、そのあと、4人並んで、散る桜のなかでブランコを漕ぐ。画面の上部に桜の枝らしきものをちらりと映しているが、ほんの気持ちであるところに真実味への誠実さとか嘘への羞恥心とかが感じられてほっこりした。演出の中江和仁は映画『嘘を愛する女』や『きのう何食べた?』の映画版およびドラマ(1〜3話、9〜11話)を手掛けている。

最後の場面のロケ地のボーリング場で松たか子が主題歌<STUTS & 松たか子 with 3exes - Presence I(feat. KID FRESINO)>を歌う。この主題歌パートは毎回、違うものが見られるらしい。今回の主題歌パートの監督はYudai Maruyama、Yohei Haga。

音楽との贅沢コラボもあって、昨今少ないちょっと瀟洒な気分になるドラマである。ネットで話題になったのは、東京事変の長岡亮介が、八作のレストランに務める持田潤平役で出ていたこと。彼もまたメガネであった。ネガネの大渋滞。

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※第2話のレビューを更新しましたら、エキレビ!のツイッターにてお知らせします

●第2話あらすじ
ある日、八作(松田龍平)のレストランで慎森(岡田将生)と鹿太郎(角田晃広)が出くわしたところに、さらに偶然とわ子と唄(豊嶋花)もやってくる。いつものように周囲に憎まれ口を叩く慎森だったが、どんなに煙たがられてもめげることなく、とわ子に近づこうとする鹿太郎に、強がった態度とは裏腹に一種のうらやましさを感じていた。そんな自分について慎森は、公園で会った小谷翼(石橋菜津美)に対して「僕には人を幸せにする機能が備わっていない」と弱音をもらす。
一方、鹿太郎は仕事で出会った女優の古木美怜(瀧内公美)から自宅に招かれ、何やらいい雰囲気に!? 八作の店には、親友の出口俊朗(岡田義徳)が恋人の三ツ屋早良(石橋静河)を連れてやってくるが……。
元夫たちに新たな出会いが訪れる中、唄の思いつきにより、元夫たちを招いて5人ですき焼きパーティーを開催することに。こだわりの食材や道具を持ち寄った3人が訪れたとわ子の部屋で、慎森は結婚当時の思い出が詰まったソファーが処分されていることに気づき、内心ショックを受ける。ひょんなことから、とわ子と2人きりになったタイミングで、その理由を問いただす慎森だったが、徐々に胸に秘めていた思いがあふれていき……。
しかし、その晩。どういうわけか、唄や元夫たちの目の前でとわ子はパトカーに乗せられ、警察に連れられていく羽目に……! 突然の出来事にあっけに取られる慎森……。とわ子にいったい何が!?


番組情報

カンテレ・フジテレビ系
『大豆田とわ子と三人の元夫』
毎週火曜よる9時〜

出演:松たか子(プロフィール) 岡田将生(プロフィール)
角田晃広(プロフィール) 松田龍平(プロフィール) 市川実日子(プロフィール)
高橋メアリージュン(プロフィール) 弓削智久(プロフィール) 平埜生成(プロフィール) 穂志もえか(プロフィール) 楽駆(プロフィール) 豊嶋花(プロフィール) 石橋静河(プロフィール) 石橋菜津美(プロフィール) 瀧内公美(プロフィール) 近藤芳正(プロフィール) 岩松了(プロフィール) 伊藤沙莉(プロフィール)

脚本:坂元裕二
音楽:坂東祐大
演出:中江和仁 池田千尋 瀧悠輔
プロデュース:佐野亜裕美

制作協力:カズモ
制作著作:カンテレ

番組サイト:https://www.ktv.jp/mameo/


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami