We♡SMAP #6|『SMAP×SMAP』スタート&森且行が脱退 1996年のSMAP
イラスト/おうか

ずっとSMAPが好き♡ SMAP特集

1995年のSMAPは、2月2日「胸さわぎを頼むよ」、5月5日「はだかの王様 〜シブトクつよく〜」、7月15日「青いイナズマ」、11月18日「SHAKE」とシングルCD4作をリリース。さらにアルバムは2作、3月3日に「SMAP 008~TACOMAX」、8月12日に「SMAP 009」を発表した。

【前回レビュー】We♡SMAP #5|SMAP内でUNOが流行 中居は「家に帰ってもSMAPのCDを聴く」(香取)

全国放送の冠番組『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)が4月15日からスタートした。
同日、フジ月9枠では主演:木村拓哉・山口智子の大ヒットドラマ『ロングバケーション』の放送が開始。月9からスマスマを観る、月曜のルーティンが出来上がった人も多いのではないだろうか。

●『Myojo』1995年2月号
メンバーの私物や近況など、私生活が知れる小ネタを散りばめたページが楽しい。

香取慎吾は「今、慎吾のいちばんの目標は、車の免許を取ること!」と胡坐をかいてハンドルを持ったワンショット。車の免許を取りたいという香取がいちばん欲しい車はキャンピングカーのようなスタイルの“アストロ”。また、「いつ出発してもいいってぐらい好きなのがハワイ」と以前の撮影での一コマ。ビーチで水着姿の香取が両手を広げている。急に行きたい病が再発した先は横須賀。ドブ板通りにあるトッピングたっぷりのソフトクリームを買って食べながら歩くのが通なんだとか。

稲垣吾郎は「文豪=吾郎、復活す!深夜のファミレスで新エッセイを執筆中」。この頃から単独でエッセイ連載を持っていた稲垣。メガネ姿で着物を羽織り、ペン先をカメラに向けている。
背景には自筆原稿!

そして、1時間かけて駐車場の掃除をしたとある。「ひとり暮らしは、やったことが全部自分に返ってくるのが面白い。頑張ったらキレイになるしね」。あまりテレビを観ないという稲垣が珍しく観ているというのが大河ドラマの『秀吉』。行きたい場所は地中海。

メンバー内ではお勉強ごっこが流行中。「中学レベルの問題を出し合うの。社会かとか、数学とか。面白いよ」。

続いて草なぎ剛。「96年、剛のファッション・トレンドは刺しゅうモノに決定!」。所ジョージからプレゼントされたという白地に龍の刺しゅうが入ったジャケットを着用。
耳に人差し指を当てて鋭い視線。インナーのシャツにも登り龍。なんともヤンキーっぽいアイテムなのにそうは見えない着こなし。おしゃれさんはこの頃から。スニーカーは黒のエアフォース。当時の靴のサイズは25.5cm。もろキュウにハマっているという。

手帳の一部も公開。「~と言っておこう」「五分五分」「レトロ…古い物などなど」。稲垣の言うお勉強ごっこの名残か? 写ルンですを持ち歩いているのは『笑っていいとも!』の写真日記コーナーのため。ハマっているゲームは「バーチャファイター2」。

木村拓哉は柴犬・チコとの2ショット。
生後9か月のチコの顔をむぎゅっと掴む木村。武田真治の舞台『身毒丸』を観劇。「オヤジ(蜷川幸雄)には、“おまえ、観たらきっと嫉妬するぞ”って言われてたんだけど、やっぱり嫉妬したね。あいつ頑張ってた」。

“存在感バリバリ”としてチェーンウォレットを紹介。念願のGジャン“FIRST”を入手。ロスに行った知り合いに購入してきてもらったという。お値段30万円。

毎夜の楽しみはお風呂。お供は「稲中卓球部。」。いちばん出演したい番組は深夜のテレビショッピング。社会現象を巻き起こすほどの月9俳優の飾らない一面がたっぷり。


森且行「深夜、“球”のあるところに森が出没するってホント?」として、ビリヤードとボウリングにハマっていた。さらにハマっているのは陶芸。自作の器が2点。それから50インチのドデカテレビをもらったと報告。

夜はアイスを食べないと眠れないと森。お好みは「さっぱり&シャリシャリ感があるタイプ」。もしやガリガリ君では? ちなみに、テレビをもらったというパートには香取が描いた挿絵。セクシーな女性の映像を見ている森を描いた。絵の中の森くんは一体何を見ていたんだろう……。



中居正広は「バイクに乗りたい!ファンキー・モンキー中居ちゃんが甦る!?」と題して、バイクにまたがった姿。私物はジャンポール・ゴルチエのミニリュックと財布。「ゴルチエのリュックはかなり前に町田か新宿の丸井で買ったの」。


リュックの中にはドラマ『味いちもんめ』の台本が2冊。買い物には行けないがパチンコには行っていた中居。戦利品としてシャンプー、ビデオテープ、ティッシュをゲット。ライブ中に足が腫れて病院へ行ったらガングリオンだったことが判明。

『SMAP×SMAP』スタート、そして森の脱退

●「僕が考える理想のSMAPコンサートは…」(JUNON/1996年8月号)
中居の単独インタビュー。当時23歳。バラエティやドラマに行けばそれぞれ核となる人がいる、としてタモリや明石家さんまの名前を挙げた。最初は周囲からいいものを吸収しようと必死になっていたが、昨年(1995年)くらいから気持ちに変化があったという。

「自分が勉強させてもらう時期っていうのは、もう終わったんだって思うようになった。そろそろちゃんとした戦力になれなきゃ。もうお飾りじゃいけないんだよ」

同年5月『MUSIC CLAMP』のホスト役を小室哲哉から引き継いだ中居。トークについて「見た目は、普通にしゃべってるけど、頭の中はもう大変よ(笑)」。SMAPについて与えられたものをやっている状況に「正直、くやしいところもあるよね」として、「自分で選曲とかプロデュースとか、あらゆることができる立場になるまで、勉強はしていこうと思っている」と前のめり。


当時からステージの構成や選曲をしていたが、うまくいかないことが多いと吐露。「ホントは1ステージ、3時間くらいやれるといいんだけど。たっぷりしゃべって、たっぷり歌って、たっぷり笑わせて。そういうコンサートが理想だね」

のちに、ここで理想に掲げたコンサートにどんどん近づいていった。それも大きな会場で、たくさんのファンに囲まれて。

「あんなに泣いたのは生まれて初めてかも」

『SMAP×SMAP』で見せた男泣きについて。「絶対、笑って言ってあげたかったんだけどね。“がんばってこいよー”って。でも、ダメだったね。情けないね。あんなに泣いたのは、生まれて初めてかもしれないね」。静かに淡々と語る、と添えられていた。

「20年後、30年後も、ずっと6人でやっていきたいっていう夢があったからね。その夢がなくなっちゃったわけだから」。森には絶対に新しい世界で自分の夢を果たしてもらいたいと、森への応援の言葉に続いて「あいつの夢がかなうっていうのは、俺の夢がかなうことでもあるんだから」。

当時、一緒にやっている仕事の中でいちばん楽しいのは「5人一緒のラジオ」。カットされて放送されないとわかっていても話し続け、10分の放送枠なのに30分、40分と喋り続けているという。当時下ネタをひっぱっていたのは意外にも(!?)木村だった。「いちばんしゃべるのは、やっぱり木村かな。ハジけちゃうと、もう放送関係ないからね、アイツの場合は(笑)」と笑いながら語り、そしてすぐに真顔になったとある。「そういう自由にやれる部分て、グループにとってすごく大切なものなんだ」。

冠番組はここから248カ月続く長寿番組へと成長。大切な仲間との別れも経験したが、その後もコンサートを観に来たこともあったし、もっとずっと後になるけれどサプライズで手紙が届いたり、いい知らせが舞い込んだり。

夏にはコンサートツアーを5人で。全国6か所11公演、35万人を動員した。


●『LEE』1996年10月号
テレビ局の控室で稲垣がアルバムの歌を歌い、その後ろには木村と香取が裸で踊っていたという。「ふたりがくっついて踊りながらどこかへ行っちゃうんだよ!」。中居から見た景色が面白い。つよぽんが登場しないところもじわじわくる。

歌とダンス、芝居に笑いとマルチな活躍を褒められて嬉しい半面、心の中では密かに「?」を抱えていると中居。
「SMAPってどういうグループ?」「何やったらどこでも勝てる?」って聞かれたら答えは「?」だと中居。「でも、思うんだよね。“じゃああなた、やってごらんなさい! こんな素晴らしいメンバー、集めてごらんなさい!”って。どこもにも存在しないじゃないかって」。
(柚月裕実)

※次回の更新は10月18日(月)21時予定! レビューを更新しましたら、エキレビ!のツイッターでお知らせします

Archive



デビュー30周年SMAP特集│We♡SMAP


■We♡SMAP #1|祝・デビュー30周年!「ファンの子の声援が一番のエネルギー」(中居正広)
■We♡SMAP #2|チョコ140トン、『夢がMORI MORI』スタート!1992年のSMAP
■We♡SMAP #3|19歳の森且行がレーサーになる夢を語っていた1993年のSMAP
■We♡SMAP #4|つかこうへい語る「木村拓哉の俳優としての“華”の源・貪欲さの象徴は『目』」

■We♡SMAP #5|SMAP内でUNOが流行 中居は「家に帰ってもSMAPのCDを聴く」(香取)


Writer

柚月裕実


Web編集/ライター。ジャニヲタ。アイドルがサングラスを外しただけでも泣く涙腺ゆるめな30代。主にKAT-TUNとNEWSですが、もはや事務所担。

関連サイト
@hiromin2013
編集部おすすめ