【増田俊也 口述クロニクル「茶の間を変えたコメディアン 欽ちゃんのぜ~んぶ話しちゃう!」】#1


 作家・増田俊也氏による連載、各界レジェンドの生涯を聞きながら一代記を紡ぐ口述クロニクル。待望の第2弾は、「視聴率100%男」として昭和のテレビ界を席巻したコメディアンの萩本欽一氏です。


  ◇  ◇  ◇


増田「今回はお忙しいなか時間を取っていただいてありがとうございます。これから何度かに分けて、これまでの人生の来し方、さまざまなことを伺わせてください」


萩本「何日かかるかな。もう、隠すものがなくなるぐらいだね(笑)」


増田「僕は還暦なんですけれども、僕の父母とか親戚、近所の人まで、萩本さんに会いに行くと言っただけで『すごい!』と驚いてました。親の世代、僕の世代、それから今の50代、みんな神のように見てますよ」


萩本「ありがたいですね」


増田「いま現役のコメディアンとか、若手の芸人とかも含め、僕のようにファンだった者にも言葉を残して欲しいんですよね。いろんな経験から培われた言葉を」


萩本「うんうん。なるほど」


増田「2024年末、フジテレビの問題があったときに萩本さん個人でテレビCM*を出していてびっくりしました」


※個人でテレビCM=タレントとフジテレビ社員によるトラブルに端を発した問題によって多くのスポンサーがCM出稿を引き揚げる中、2025年3月30日の同局「早く起きた朝は…」(日曜・午前6時30分)の放送枠で2度、CMに登場。「私はテレビにだまされた。できない司会で番組が当たり、アッと気付いてレギュラー5本! これ、恩人か!?」と語り、続けて「テレビさん、そして見ているあなた、ありがとうございます」と笑顔で話した。「これは萩本企画のCMです」とテロップが入れられ、大きな反響を呼んだ。


萩本「はいはい」


増田「多くのスポンサー企業がCMを停止し、ACジャパンの公共広告ばかりになる事態のときに萩本さんが応援広告。あれはやっぱり恩返しの意味なのかなと」


萩本「自分はテレビに育ててもらったという思いがあるもんですから」


増田「困っているなら応援すると」


萩本「はい」


増田「あれ見てジンときました。多くのスポンサーが逃げるなかでタレントが個人スポンサーになるって聞いたことがない。

萩本さん個人が叩かれるリスクが大きいなかで、これは恩返しなのかなと思いました」



常田久仁子さんが残した番組に…

萩本「うん。だってテレビとかフジテレビには恩があって、で、フジテレビのやったことは×(バツ)ついたけど、恩に×はつけられない。報道でしか知りませんが、酷いことが起きた。フジテレビの対応にも大きな問題があったわけですけど、個人的には恩がある。相当困っていそうだったんで、助けることはできないけど、あなたは恩がある人よっていうのだけは言っとこう、言っておきたいなと思って。だからなるべく目立たないように、朝の番組っていうのと、あの番組は私をフジテレビで面倒を見てくれた常田久仁子さん*っていう女性が残した番組なのね」


※常田久仁子(ときたくにこ):元フジテレビディレクター、後にプロデューサー。退社後もフリーのプロデューサーとして活躍した。主にバラエティー分野で活動してきた人物で、萩本欽一を見いだした人物として知られる。出演者の個性や現場の空気を生かした番組作りに定評がある。


増田「15年くらい前に亡くなられた有名な女性プロデューサーですよね」


萩本「聞いたら、スポンサーが本当にいなくなっちゃった。じゃあ出してあげるっていう」


増田「萩本さんは恩とか義理とかそういうものを重要視すると」


萩本「そうですね」


増田「一気にスポンサーが引いてしまったので、フジテレビは大変だったと思います。そこにやっぱり萩本さんがああいう形のCMを出したことが、気づく人たちはみんな温かい気持ちになったんじゃないかなと」


萩本「僕はただ恩を伝えたかっただけ。

それ以上でも以下でもないんだけど、でも、本当に今、粋な人になかなか会えない」


増田「粋な人──」


萩本「自分が年とると年上が減ってくるでしょう。年とって一番嫌なのは、やっぱり先輩だとか年食った人の粋なセリフとか粋な言葉を聞く機会が減ること。振り返ってみると、その人のために頑張るって言ったときだけ番組は成功してるんですよね。自分の欲のためにやって成功したものってないの」


増田「なるほど」


萩本「だからそういう粋な年上の人に会いたいなと思って。年とるって悲しいね。誰も出てこない」


つづく =火・木曜公開)


▽はぎもと・きんいち 1941年、東京都生まれ。高校卒業後、浅草での修行を経て、66年にコント55号を結成。故・坂上二郎さんとのコンビで一世を風靡した。その後、タレント、司会者としてテレビ界を席巻し、80年代には週3本の冠番組の視聴率がすべて30%を超え、「視聴率100%男」の異名をとった。社会人野球「茨城ゴールデンゴールズ」の初代監督、2015年には73歳で駒澤大学仏教学部に入学するなど挑戦を続け、25年10月にスタートしたBS日テレ「9階のハギモトさん!」は今年4月からSEASON3に突入した。


▽ますだ・としなり 1965年、愛知県生まれ。小説家。

北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。


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